第26話
壁がなくなっていた。
そんな非日常の光景に気がついたのは、朝起きてベッドから降りようとした時だった。
思い返してみれば起きるちょっと前から外がいつもより騒がしいとか、部屋の空気が埃っぽくないとか、違和感は色々あった。でも、まさか部屋の壁に穴が開き、その奥の廊下の壁にまで穴が開いているとは思いもしなかった。
いつもと反対側から見える景色をしばらく呆然と眺める。そして何もなかったかのようにもう一度ベッドに横になる。
……うん。これは何かの見間違いだ。ここ最近ルクスの代役をしてたから疲れて幻覚でも見えてるんだろう。一度寝て起きたらきっと穴なんて塞がっているはず。
そんなことを考えながら私は布団を深く被った。
「あのー、二度寝をするのは止めて頂きたいのですが」
そもそもこの部屋は客間だ。城を訪ねてくるほどの階級の人が寝泊まりする部屋の壁がそんな簡単に壊れるはずがない。仮にあるとすれば、巨人みたいな人が来てこの建物をパンチしたとかだけど。そもそも巨人って存在するのかな? でも存在するなら会ってみたいかも! それで出来たら身長をちょっとだけ分けてもらって、今まで見下してきた人を見下し返して……
「いい加減起きてください!」
「うるさいな! 今真剣な考え事してるの! 邪魔しな――」
ガバッと体を起こし声の主をにらみつける。せっかくいい感じに現実と夢の狭間でまどろんでいたのに。それを邪魔する者は誰であっても許すことは出来ない。そう思ってにらみつけたのに穴の近くに立つ人を見て声が出なくなってしまった。
「ルクス……さん?」
木漏れ日のように美しく輝く金髪に陶器のように白い肌。ずっと見ていたくなるような緑色の瞳はエメラルドを想像させる。高身長で清潔感があって国の人々から圧倒的な人気がある聖騎士、ルクスだ。
思わず布団でパジャマ姿を隠し、さりげなく手ぐしで髪を整える。
「おはようございます。ネムさん」
「……お、おはようございます。もう体は治ったのですか?」
「ええ、おかげさまで。今日から通常の業務に戻ります」
「それはよかったです! 私にはルクスさんの代役は荷が重くて……本当によかったです」
「そうですか? 私を吹き飛ばすほどの魔力があるなら余裕でこなせると思っていましたよ」
「あはは……」
引きつった笑顔のまま乾いた笑い声を出す。
こいつまだ根に持ってる。あれは事故というか悪気があってやったことじゃないし。そもそも、その時の記憶無いって言ってるのに。ルクスは格好いいとは思うけど、こういう性格が無理だ。本っ当に無理だ。
「ところで今日はどうしてここに?」
「私が復帰するのでその報告と、もうすぐ私の隊員が壁の修理に来るのでそれまでに部屋を出て頂きたいと思いまして。そのことを伝えに参りました」
「修理? あー、その穴ですね。これって何があったんですか?」
「……知らないのですか?」
「はい。昨日の夜はぐっすり寝てました。最近疲れ溜まってたし」
「本当気楽でいいですね」
こいつ、私をイラつかせるような言葉をわざと使っている。相手にしちゃダメだって分かっていてもイライラする。落ち着け、私。相手は聖騎士団でもないパン屋の娘に吹き飛ばされるような雑魚。そんな相手の言葉なんて無視すればいい。
そう自分に言い聞かせて深呼吸を繰り返す。……よし落ち着いた。
「それでは昨日の夜にあった事を教えてください」
「仕方ないですね。ただ私も昨日の夜は寝ていたので、聖騎士長から聞いたお話をそのままお話しします」
「……自分も寝てたくせに偉そうにしないでよ」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
私の呟きに反応するルクスに笑顔で返す。つい今までの嫌味のお返しをしてしまったけど、ルクスは気にすることなく話を始めた。今思えばここでルクスの機嫌を損ねさせて部屋を出て行ってもらった方がよっぽどマシだった。
ルクスの長い長い話を簡単にまとめると昨夜スパイのシンさんによる『ネム暗殺計画』が決行されていたみたいだ。ルクスが負傷している間に私を暗殺し、この国の戦力を大幅に削る。そして弱ったところに攻め込みこの国を滅ぼすという計画だった。しかし私を暗殺しようとした際に反撃をくらい計画は失敗。壁の穴もその時に出来たらしい。
にしてもシンさんがスパイだったのか。全然分かんなかった。そう言えば、あの人にお菓子持ってきてもらったことあったな。あれ普通に食べたけど大丈夫だったのかな?……ダメだ。考えれば考えるほど怖くなってきた。
「……と言った具合で街の修復も着々と進んでいます。城の修復も行い1日でも早くもとの生活を取り戻すべく――」
「後ろに誰か来てますよ」
ルクスの話を遮り彼の後ろを指さす。ルクスが振り返ると隊員らしき人たちが申し訳なさそうに会釈した。ルクスが話し終わるまで待っていようかとも考えたけど、これ以上面白くない話を聞き続けるのは私には無理だった。
「そうか。もう来たか。では今から修復作業を開始する」
「ちょ、ちょっと! 修復作業は私が部屋を出て行ってからではないのですか?! 私まだパジャマですよ! 着替えくらいさせてください!」
「分かりました。では全員その場で待機。着替えが終わり次第作業を再開する。ではネムさんどうぞ」
「どうぞって?」
「着替えですよ。早くしてください」
「……」
さっきまでのやりとりのせいで、わざと言っていると思ってしまう。でも、多分これは本気で言っていると思う。彼の「早くしろ」と言わんばかりの表情や態度からそう思えて仕方ない。私は今、寝起きだ。もちろん人に見せるような服装じゃないし顔も寝癖も酷いと思う。そんな状態で長い話を聞かされ、他の騎士の人たちにこんな姿を見られ。挙げ句の果てには男の人たちの前で着替えろなんて。流石にもう無理だ。
「……今すぐこの階からいなくなってください」
「え? どうしてそんな――」
「10秒以内に消えなければこの城を吹き飛ばします!」
右手を前に出し、全員をにらみつけそう告げる。すると一瞬のうちにみんなどこかに行ってしまった。
実際に城を吹き飛ばすことなんて出来ない。でも私を『国を守った英雄』と信じ込んでいる彼らには効果的だったみたいだ。これから面倒な事があったらこの脅しを使っていこう。
そんな悪いことを考えながら私は着替えを持って隣の客間に向かった。
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