第27話

 着替えが終わり、とりあえず城を出る。多分壁の修理でしばらくはあの部屋には戻れないだろう。


 ようやくルクスの代役からも解放されたことだし、今日はゴロゴロしようと思ってたけど仕方ない。今日は久しぶりにいろんなお店に行ってみよう。


 「あ、そういえば騎士の人たちに『着替え終わった』って伝えてないや」


 一瞬城に戻ろうかと足を止める。しかし振り返ることなく再び足を進めた。


 ルクスやその周りの騎士なら私が部屋を出たか出ていないかぐらい気配で分かるはず。わざわざ報告する方が失礼だろう。うん、きっとそうだ。


 もう一度部屋に戻るのが面倒な私は、そう決めつけ鼻歌まじりに街へ向かった。


 街の様子はいつもとそれほど変わりはなかった。一応街で事件があったせいか気持ち人が少ないようにも思えたけど、言われなければ分からない。

 不思議なことに、こうして街を歩いているだけでパン屋で働いていた時の事が懐かしく思えてくる。まだ聖騎士団に入団してから数日しか経ってないのに変な感じだ。


 今はまだ聖騎士団らしい事は何もしていないけど、これからはもっと忙しくなるのかな。そうなったら、こんな風に街を散歩することも無くなるのかな? こうなるって分かってたら、もっと色々遊んでいたのにな。


 そんな事を考えながら、いくつかお店をまわる。気になる物はあったけど持ってるお金があまりなかった。

 城ではご飯は使用人さんが作ってくれるし、騎士の装備や必要な物は聖騎士団の人たちが用意してくれる。ここしばらくお金を使う機会もなかったから残金もいくらあるかなんて分からなかった。こうなるんだったらルクスとかに頼んでお金貰ってこればよかった。


 「……こうなったら、あそこでお金貰うか」

 










 「いらっしゃ……ってネム?」


 見慣れたドアを開けるとカランコロンと懐かしいベルの音が鳴った。今日は珍しく店の中には他のお客さんはおらず、カウンターで何かの計算をしているママの姿があった。


 「た、ただいま」


 自分の実家なのに緊張した声になってしまう。ママはすぐに計算する手を止めてカウンターから出てきた。そして私に近づき優しく抱きしめる。小麦の香りが染みついたエプロンの奥からママの温もりを感じる。

 途中で恥ずかしくなって抱きしめるママから離れる。全然そんなつもりはなかったけど、この雰囲気に飲まれたままだと泣いてしまいそうだ。早く手伝いをしてお金もらおう。


 「どうしたの?」


 「部屋の壁壊れたからしばらく外にいてくれって言われた」


 「そう。てっきりクビになったと思った」


 「なる訳ないじゃん」


 「別にいつでも帰ってきていいからね。あれ? また太った?」


 「変わってないよ!」


 「しっかりご飯食べてる? 好き嫌いとかしてない?」


 「全部食べてるよ。それでねママ――」


 「お友達できた? みんなとうまくやってる?」


 「……普通かな。そんなに人と関わらないし」


 「彼氏できた? 孫の顔早く見せてね」


 「はいはい、そのうちね。それで――」


 「ルクスくんと会った? やっぱり近くで見た方がかっこいい?」


 「あー、もう! 何で質問ばっかりなの⁈ 私にも喋らせてよ!」


 質問の嵐を止め、本題に入る。他のお店とかも色々見てまわりたいから出来るだけ早く店の手伝いをしてお金をもらいたかった。


 「だったら今日の分の配達残ってるから、それお願い。エプロンは……今はないか。服はそのままでいいよ」


 「私のエプロンないの? 何で?」


 「新しく人雇ったからね」


 「そうなの?」


 「意外と人手が足りなくて困っていて。そしたら偶然働きたいって子が来てさ。最近こっちに越してきたらしくて働く場所を探してるって」


 「男の人?」


 「いや、女の子。年はネムと一緒ぐらいじゃない? 本人は忘れたって言ってたけど」


 私と同い年ぐらいなのに何歳か忘れたって。結構個性的な子だ。いつ会えるかわからないけれど、今度会ったとき話しかけてみよう。


 「じゃあ、配達するパンは厨房のほうに置いてあるから頼んだよ」


 「はーい。終わったら、すぐ出て行くから。お金準備しててね」






 「ふー、終わった」


 あの後、厨房に入った私は泣き付くパパをなんとか引き離し、配達を始めた。久しぶりだからちょっと違和感はあったけれど、無事配達を終えた。

 店に戻ると、約束したお金とお昼ご飯の特製サンドが準備してあった。


 朝ごはんを食べずに城を出たのもあるけど、城で食べているご飯よりこっちの方が美味しく感じる。働くのはあまり好きじゃないけれどこうしてパンが食べられるならたまに手伝うのもありかもしれない。


 「さてと、どうしようかな」


 公園のベンチで特製サンドを食べ終わった私は、空を見上げ1人つぶやく。

 そんな時だった。


 「ばぁ!」


 大声とともに私の視界の中に1人の女性が現れた。


 「うわぁぁ!」


 突然の出来事に驚いてしまい、ベンチから転げ落ちる。頭をさすりながらベンチの方を見る。すると長身の女性が笑顔でピースしていた。

 病気かと思うぐらい痩せこけた頬に白い肌。悲しくなるような深く暗い青色の髪。前と同じ死神のような黒い服を身にまとっていた。


 間違いない。自分のことをあの伝説の魔女『カルネド』とか言っている女の人だ。


 「偶然だねー。いつぶりー?」


 「なんですかいきなり?」


 「いやぁー、人探してたらたまたまネムがくつろいでたから。どう? びっくりした?」


 公園でリラックスしているときに、いきなり目の前に幽霊みたいな女の人が現れたら誰だってびっくりするに違いない。というか、この人何で私の名前知ってるの? 私話したっけ?


 「ところでどう? 魔法は絶好調?」


 「……何の話ですか?」


 「え? 私が何でも願いを叶えるって言ったやつだよ! 忘れたの⁈」


 「そう言われればそんなことあったよな……」


 と言いつつ全然心当たりがない。見た目のインパクトとめんどくさい絡まれ方をされたことだけしか覚えていない。あ、でも「お金持ちになりたい」とかじゃなかった気がする。もっとふわっとした内容だったような……


 「ネムは私に『誰にも邪魔されずに寝ていたい』って言ったんだよ」


 「そうなんですか?」


 「本当に言っているの?  私あの時いろんな人に願いを叶えてあげるって言って、それでも誰も信じてくれなくて、唯一ネムだけを信じてくれて、本当に嬉しかったの! それなのに……それなのに……」


 「あー! 今思い出した! はい言いましたね! 私言いました! だからもう泣かないでください!」


 「本当に思い出した?」


 「はい、もちろん!」


 そういうとカルネドは目を赤くしてもらった。もちろん覚えているはずもないけれど、口でも言わないともっとめんどくさくなる。そう私の考えていた。


 今思えば、この時点で話を切り上げどこかに行くべきだった。そうすれば、私はこの先の面倒ごとに巻き込まれずにすんだのだから。

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