第52話
「ようやく当たりましたわ」
うずくまるメレアの顔を横から覗き込むように見る魔王。痛みで顔を歪ませるメレアと違って表情が生き生きしていた。
「さすがに肩に穴が空いた状態では演技できませんわね」
「……やるじゃん。どうやって当てたの?」
左手で止血しながらも精一杯、余裕の表情で魔王を見る。すると魔王は覗き込むのをやめ、周囲を歩き始めた。
「魔法を当てるだけなら色々方法はありましたわ。目を瞑って狙いを定めず広範囲を撃つとか、あなたではなくその直線上にある物に狙いを定めるとか。要はあなたに対して狙いを定めなければいいのですわ。そうすれば『天の邪鬼』の発動条件は満たさない」
「ふっ……頭良すぎでしょ」
「あなたに対して放ったツタの攻撃が答えを教えてくれたのですわ。あなたの後ろの物体めがけて伸ばしたものや、何の狙いも定めずに伸ばしたツタが、軌道を変えることなく1番あなたに近づくことが出来ましたわ。だからあなたもツタを金属にしたのでしょう? これ以上ヒントを与えないように」
「……正解」
「ある程度攻略法が分かったので火球とともに私の身代わりを作り出し、身を隠しましたわ。私としても答え合わせをしたいと思いましたので。こんな風に」
自分の取った行動を自慢するかのように、丁寧に教える魔王は歩くのをやめて、じっとメレアを見つめた。
そして手を横に突き出し、メレアのいる方向とは全く別の方向に魔法陣を展開する。そのまま放たれた水の弾丸は魔法陣の展開された方向に真っ直ぐ進む。しかし急に進路を変え、メレアのいる方向に勢いよく向かってくる。
「と、こんな感じですわね」
メレアに当たる直前で魔王は魔法陣を消す。すると水の弾丸はメレアの体を貫くことなく、メレアにかかるだけだった。
「凄いですわよね。あなたを見るだけで適当に放った魔法が当たるのですから。言ってしまえば、あなたを目視出来る条件と魔法を放てる条件さえあれば絶対に当たるのですから」
「……」
かけられた水が頬をつたい地面に落ちる。得意げに話す魔王に対してメレアは何も言うことが出来ず、唇を噛み締めるだけだった。
全部バレた。あたしのスキルも攻撃の当て方も。油断はしていなかった。そんなの出来るわけがなかった。ほんの短い時間の中であたしの積み上げてきたものを凌駕した。
スキルがバレないように魔法陣を使わず魔王の攻撃を避け続ける。ネムたちが来るまでそれで耐えるつもりだった。それなのに
「にしても、よく考えましたわね。私に常に挑発するような言動をしたのも、スキルによる回避を行いやすくするためですわよね。煽ってくる相手に、あえて狙いを外して魔法を放つなんてこと普通やりませんからね」
「……そこまで分かってるなら殺してくれないかな? もういいでしょ、あたしの負けだよ」
「それは出来ませんわ」
諦めたように笑い、死を望むメレアを魔王は断る。顔を上げると魔王はメレアに手を差し出していた。笑顔のまま微動だにしない魔王。さすがに警戒をせざるを得なかった。
「何の真似?」
「握手ですわ。
意外な発言にメレアはさらに警戒心を高める。魔王の表情からは悪意は感じられない。だからこそ怖かった。
「さっきまで戦っていた相手に何言ってるの?」
「最初に友達になりたいと言ったのはあなたですわ。それが煽るためだったとしてもその事実は変わりませんわ。それに敵同士だった相手が戦いを経て親友となる。よくある物語では? それでも信用できないというのであれば――」
魔王は差し伸べた手を上に向け魔法陣を展開する。痛みで動けないというのもあったが、展開された魔法陣に恐怖を覚え動けなかった。
魔法陣が発動されると肩に空いた穴がみるみるうちに塞がっていく。傷が塞がって楽になったはずなのに立ち上がることが出来ない。
「……その魔法って」
「ええ、あなた専用の回復魔法ですわ」
魔王が展開した魔法陣は『火』と『水』と『土』の3つの魔法陣を組み合わせたもの。魔王に蹴り飛ばされた際にメレアが展開した回復用の魔法陣だ。
何で? あたし1回しか見せてないのに……ルクスの目があるとしても短時間で再現出来るほどあの魔法は簡単じゃない。あたしが何度も失敗してようやく出来るようになったあたしだけの回復魔法。それなのに
魔力、体術、知識、センス。どれをとっても努力を積み重ねただけでは魔王を上回ることは出来ない。悔しいけどこれが現実だ。
「これで少しは信用していただけましたか?……と聞こうと思ったのですが、どうやら更に怯えさせてしまったようですわね。なかなか友情を育むのも難しいですわ。……仕方ありませんわね。『天の邪鬼』について教えて頂きましたし、あなたのことをルクス様と同じくらい愛していますわ。ですから私の魔法についても教えて差し上げますわ」
そう言って魔王はくるりと回り、メレアに背中を向ける。
黒いドレスの裾がふわりと揺れ甘ったるい匂いが広がる。
大きく背中の開いたデザインのドレス。そこから見えるきめ細やかな白い肌に突如縦に1本の黒い線が入った。
その線は徐々に広がり、先の見えない黒い空間が魔王の背中に現われる。人間が1人通れる大きさまでに広がったところで中からルクスが出てきた。空間から出てきたルクスの体は力なく地面に落ちる。寝ているのか死んでいるのか全く動く気配はない。
「安心して下さいまし。お休みになっているだけですわ」
ルクスを凝視するメレアに魔王は後ろを向いたまま声をかける。その背中に出来た空間は少しずつ狭まっていき、最終的に黒い線も消え、きめ細かい肌に戻った。
「いかがですか?
振り返りメレアの反応を見ながら楽しそうに話す。もう自分には攻撃を仕掛けてこない。そんな余裕が感じられた。
「あ、少し話が逸れてしまいましたわね。最後にもう1つだけ、魅力的な効果がありますわ。それは相手と感覚を共有できますの」
攻撃の機会を窺っていたメレアは魔王の含みのある言い方に違和感を覚え思考を巡らす。そしてあることに気付いたメレアは、すぐにコートの内ポケットからナイフを取り出し自身の喉を掻ききるようにナイフを振った。
しかし、刃が喉を当たる直前でメレアの腕は動きを止めた。正しくは止められたのだ。足元から生える大量のツタ。それがメレアの腕や首に巻き付き自決を阻止した。
「さすが私の愛する友人ですわ。あなたを取り込み、感覚を共有した状態であの太った女を殺す。その作戦を阻止するために迷いなく自決を選ぶ行為は素晴らしいですわ。しかし私の前で簡単に死ねるとお考えならば認識を改めて頂きたいですわ」
魔王はメレアを見たまま魔方陣を展開していた。もちろんメレアとは全く違う方向に向けて。
「先に
「……どうして魔力が尽きていると思うの?」
「それは
「効果的ってのは?」
「
不気味な笑みを浮かべながら魔王はゆっくりメレアに近づく。
「それに
「あはははっ!」
魔王の言葉を遮るように笑うメレア。魔王は一瞬怪訝な顔をするが、すぐに笑顔に戻った。
「さすが
「あー違う違う。話がどんどん進んじゃうから、つい笑うの我慢出来なくなってきて。勝手に決めつけて話しすぎでしょ。それに知ってる? 奇数って結構面倒なんだよ。でも友達いないみたいだし、そういう経験がないなら仕方ないかー」
「……口には気を付けた方がいいですわ。この状況分かってますの?」
「ごめんごめん。1つだけ忠告しておこうって思っただけだから」
「何ですの?」
「決めつけは良くないよって話。あたしのこと親友にしたり、ルクスと勝手に結婚したり、あたしのスキル攻略した気になったり」
「何を今さら――」
「右側にご注意」
メレアがそう言うと魔王は右を向く。しかし、そこには何もなかった。
「何もないではありませんの……え?」
再びメレアの方を見ると、ツタで動きを封じていたはずのメレアがいなくなっていた。
「どうしてですの?!」
「当たり前だよ。『天の邪鬼』はあたしに対する魔法の効果が変わる魔法だよ。狙いも目線もあたしから外れたら意味なくなるに決まってんじゃん。それに右って言うのはあたしから見て右ね」
再びメレアを捕まえようと魔方陣を展開する。しかしツタがメレアを捕まえるより先に魔王は吹き飛ばされた。
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