第53話

 「遅くなりました。メレアさん」


 クルクルの緑色の髪の毛をなびかせた長身の少女が魔方陣から現われた。手には大きな旅行カバンを持っている。


 「大変です! メレアさん血が! 凄く出血しています! い、今すぐに止血を!」


 「待って。大丈夫だから。傷は塞がってるし」


 コートに出来た穴と血を見て荷物を放りだして駆け寄るサーラ。そんなサーラをメレアはなだめる。


 「……本当に塞がってる。あ、でも無理はしないで下さい。何かあればすぐに言ってください。……それで話は変わりますが、私の攻撃上手くいきましたか?」


 「うん! いいのが魔王に入ったよー」


 サーラには転移魔法は使えない。だから、あらかじめ武器を置いていた位置に転移魔法の魔方陣を展開していた。武器を手にしたサーラが合図を受けて魔方陣の中に入ると発動し、メレアの近くに転移する。サーラが突如現われたのはそう言う理由だ。

 あえて傷を回復しなかったり、自決でナイフを使ったりしたのは魔王に魔法を使った攻撃はないと錯覚させるため。念のために用意してあった魔法が、魔王の実力と頭脳を上回った。


 メレアはコートの中から紺色の液体が入ったガラス瓶を取り出す。メレアが用意出来た魔力ポーションは2本だけ。これで倒せなければ……瓶を見つめるメレアの頭にそんな思考が流れる。


 しかし、そんな不安をかき消すように一気に体の中に流し込んだ。


 「サーラ。敵はバカみたいに強いし、頭もいい。多分怪我しても治している暇はないと思う。ひとまず魔王を倒すことより負けないことを目標にして」


 「分かりました」


 「作戦会議は終わりましたの?」


 突然上から声がした。2人が見上げると殴り飛ばしたはずの魔王が見下ろすように浮いていた。サーラは魔王に警戒しつつも放り出した旅行カバンを拾い上げた。


 「なるほどですわ。あなたが私に一撃与えた方ですわね。不意打ちとは言えさすがですわね。しかし私が会いたいのは太った女なのですが。あの女は今どちらにいますの?」


 「さあ? どこにいると思う?」


 「まあ、いいですわ。どうやら城の方から有象無象が来ていますし。残念ですが、この辺りが引き際ですわね」


 城の方を確認し残念そうにため息をつく魔王。強者の余裕なのか完全に隙だらけで、メレアたちを敵と認識しているようには見えない。

 その様子を見て攻撃を仕掛けようとするサーラの腕をメレアは掴む。そして静かに首を横に振った。


 たとえ魔王が何の策略もなく警戒心を解いていたとしても、傷を負うのは魔王じゃない。実際に本気で戦ったメレアだからこそ分かる。


 「わたくしとしてはルクス様とお話をしたかっただけなのですが、取り込んだ瞬間、気を失ってしまいましたわ。何も言わず、ずっと私のお話を聞いて下さるのも素敵ですが、それはルクス様が死んでしまってからでも出来ますわ。あの女のせいで目立った行動を取ってしまいましたし、あの女は殺しておくべきなのですが時間的にも厳しいですわね。となると……」


 城の方を見ながら独り言をつぶやいていた魔王は急にメレアの方を見た。そして不気味な笑みを浮かべ空中に巨大な魔方陣を展開した。


 「今からあなたを全力で取り込んで見せますわ。それが短時間で出来る1番楽しいこと。興味はありませんが緑髪のあなたも一緒に取り込んであげますわね。有象無象が駆けつけるまでの短い間。せいぜい私を本気で楽しませて下さいまし!」


 空中に展開された魔方陣から火球が空に向けて放たれた。しかし『天の邪鬼』のせいで火球は軌道を変え真っ直ぐメレアの方に向かってくる。


 あの火球は地面をえぐり取ったものと同じ魔法。中途半端な防御魔法を展開しても意味はない。だったら――


 「サーラ!」


 「はい!」


 向かってくる火球の前にサーラは勢いよく飛び出した。

 ここしばらくメレアはサーラの特訓に付き合った。サーラは魔力量が一般よりも少ない。それほど魔力を使わない魔法と彼女の怪力を組み合わせることも考えたが、それも強敵の前では効果が薄い。だったら全ての魔法を防ぎ、彼女が全力で攻撃出来る環境を作ればいい。

 そう。特殊部隊にはどんな攻撃でも防ぐ最強の盾がいるのだから。


 「ネムさん!」


 そう叫びながらサーラはカバンで火球を殴る。すると地面に巨大な魔方陣が展開され、火球はかき消された

 突如消えた火球に困惑する魔王。その隙を見て空に向かって跳んだサーラがカバンで一撃を加えた。











 「着きました」


 遡ること少し前。サーラにお姫様抱っこされた私はとある場所に連れてこられた。戦いの音が聞こえなくなるほど遠くにある廃墟。そこに着いた私はサーラから下ろしてもらい中に入る。空いた酒瓶や壊れた木箱が散らばる床に真新しい旅行カバンが置かれていた。


 「それが武器です」


 私の後から入ってきたサーラがカバンをじっくり見る私に声をかける。


 「そっか。じゃあこれ持って早く戻らないと」


 カバンを持ち上げようとするが、意外に軽くてびっくりしてしまった。気になって中を開けてみると中は空だった。


 嘘、何も入ってないじゃん。もしかして中身盗まれた? どうしよう。これじゃメレアのことを助けられない。


 「安心して下さい。最初から中には何も入ってません」


 「そうなの? じゃあこれは何用なの? 何も入ってないって考えると、このカバン結構重たいよ」


 「攻撃の際に壊れないように中に鉄板が入れてあります。普通のカバンでは強度が心配だったので特注で作ったようです」


 「……もしかして、これで戦うの?」


 「はい。それを振り回して戦います」


 「……勝てるわけないじゃん」


 「このカバンで魔王と対等に戦うには、ネムさんに少しお願いがあるのですが」


 さっきまで淡々と私の質問に答えていたサーラが急に申し訳なさそうに話し始めた。どんなお願いか知らないけど、今私たちが優先しなければいけないことは早く戦場に戻ること。そのためなら何だってする。


 「いいよ。少しでも早く戻って、少しでもメレアの力になりたい」


 「分かりました。では中で寝て下さい」


 「……え?」


 まさかのお願いに一瞬固まる。


 フォーチュンフィッシュとの戦いでメレアは反省したらしい。私の能力を発揮しつつ、盾として扱いやすい形はないかと。その結果がこのカバンらしい。これなら持ち運びはしやすいし、振り回しやすくて盾としても攻撃としても使えそうだ。でも、もうちょっとやり方ってものがあると思う。


 口から出そうになった文句の数々を押さえ、私は大人しくカバンの中に入った。


 「ナイス! ようやく特殊部隊としてのチームプレーが出来たね。これぞ、あたしの求めたもの!」


 着地したサーラの後ろで跳ねながら喜ぶメレア。さっきまで怖いメレアだったけど、この一瞬でもとのメレアに戻った。


 「にしても、よく入ってくれたね。あたし的にはそこが1番時間掛かると思ってた」


 「凄く大人しく入ってくれましたよ。ただ葛藤があったのか凄く難しそうな顔をしていました」


 「そっかー。でも本当に凄いよね。そんな狭いところでも寝れるなんて。だったらもっと予算少なくてもよかったんじゃない?」


 「ダ、ダメですよ! ただでさえ予算削って中の衝撃を吸収する布を無くしたんですから。多分、普通の人が入ったら痣だらけになりますよ」


 「でも余ったお金は2人で分けたじゃん。浮いたお金増えたら、そのお金も増えたでしょ?」


 「……確かにそうですけど」


 こいつら、私が寝てるからっていろんな事言いやがって。しかも何?! 予算を削った? 余ったお金は2人で分けた? 普通にやっちゃいけないことしてるじゃん! これは後で本気で怒らないといけないやつだ。


 「なるほどですわ」


 吹き飛ばしたはずの魔王が再び私たち上空に現われる。私たちが見ていない間に回復したのか、どこも負傷しているようには見えなかった。


 「さっきの魔方陣。あれは前に私とルクス様が作り出した魔法をかき消したものと同じですわね。素晴らしいですわ。私が探していた2人の人物が同じ人だったなんて」


 サーラの持つカバンを見つめ不気味に笑う。


 「どういうわけか、その女は私の魔法を消してしまった。魔法自体を消したのか、空間を消したのか。考えられる可能性は山のようにありますわ。検証しがいがありますが、私の愛するメレア様がそれを見逃すとは思えません。かといって動きを封じようとしても、その怪力女と太った女の能力で止められてしまう。ここに時間制限を加えるととても今からでは無理ですわね」


 「魔力を感知した地区の上空に魔王発見。全員一斉攻撃!」


 ようやく駆けつけた聖騎士団の人たちが一斉に魔法を展開する。しかし、黒い魔力の塊で聖騎士団の攻撃を全て防いでしまった。


 「やはり単調な魔法ですわ。だからわたくしは弱者を相手にしませんの」


 防がれてもなお同じ魔法を放ち続ける聖騎士団に呆れた顔をした魔王は、聖騎士団の1人1人の足元に転移魔法を展開する。魔王の反撃に慌てる聖騎士団。しかし何もすることなく全員どこかに消えてしまった。


 「わたくしは常に対等な存在を求めていますわ。私の恐怖に屈せず、私と正面からぶつかり合える。そんな存在になって欲しいと心から願いますわ」


 静かにそう告げた魔王は背を向けた。すると黒い塊が魔王の周りに広がり、球状になる。完全に魔王を覆った球体は小さくなり空気中で爆ぜた。黒い煙が当たりに広がる。風が吹き煙が流されて消えたときには、そこに魔王の姿はなかった。

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