第54話

 ごく一般的な部屋の中に黒い球が現われる。球は次第に大きくなり人が入れるくらいの大きさになると、表面が砂のようになり崩れ始めた。ある程度崩れると中から黒いドレスを着た赤髪の少女が出てくる。少女は大きく伸びをして幸せそうな表情で大きく息を吐いた。


 「ルクス様、今日もかっこよかったですわ。あの女のせいで少し私らしい戦いが出来なかったかも知れませんわね。次はもっと愛し合うような戦い方をしませんと。あとメレア様も素晴らしかったですわ。あの女がいるのは気に食わないですが、機会があればあの方々対私で戦ってみたいですわね。あ、忘れる所でしたわ。そろそろ着替えませんと」


 頬に両手を当てて幸せそうに話す魔王。突如何かを思い出したかのように黒い魔力の塊を全身に纏う。すると返り血を浴びたかのような真っ赤な髪は黒色に変わり、獣のような鋭い目は前髪に隠れてしまった。服装も派手なドレスから田舎の娘のような地味な格好に早変わりした。


 「最後に――」


 右手で髪を整えながら左手で魔方陣を展開する。そして黒い空間を創り出した魔法は、

そこから少し色の落ちたエプロンを取り出した。全ての支度を終えた魔王は階段を降り、何食わぬ顔で扉を開けた。


 「ただいま戻りましたわ」


 小麦の優しい匂いが漂う日当たりのいい店内に入り、店主にパンの配達を終えたことを伝える。いつもは買い物に来る客がいるのにもかかわらず、今日は珍しく誰もいない。


 「アルンちゃん、大丈夫だった?」


 太った女性がカウンターから身を乗り出し、アルンと呼んだ魔王を心配する。


 「何かありましたの?」


 「知らないの? 急に聖騎士団の人たちがこの店の前ぶわーって走っていってさ。噂ではここから結構遠い地区で魔王が大暴れしたらしいよ。それまでは結構忙しかったのに急にお客さん全員帰っちゃってさ。まあ、魔王が出たなら立ち話してるわけにはいかないもんね」


 「そうですの。知りませんでしたわ」


 白々しい嘘をつく魔王。しかし見た目しか魔王の特徴を知らない人にとって、目の前の黒髪の少女が魔王であるということに、誰も気づけないだろう。


 「あ、そうだ。お昼ご飯まだでしょ? 好きなパン選んで裏で食べていいよ」


 「本当ですの?!」


 「うん。ここ私の店だし、それに多分もうお客さんあんまり来ないと思うから。捨てるのももったいないし」


 「そういうことでしたら喜んで選ばせていただきますわ」


 「どうぞどうぞ、遠慮なく。こ・う・い・う・時・に・娘・が・い・た・ら・ね・。・あ・の・子・動・か・な・い・く・せ・に・食・べ・る・量・は・人・よ・り・多・い・か・ら・さ・」


 太った女性の話がBGMのように流れる店内で魔王はご機嫌にパンを選んだ。











 「へっくしょん!」


 魔王を倒した後しばらく地面に放置されていたせいか、急に背筋が寒くなる。カバンの中であちこちぶつけたせいか全身が痛い。


 「ネム、風邪? ダメだよ。ちゃんとした場所で温かくして寝ないと。そもそも何でカバンの中で寝るの? 頭おかしいでしょ」


 「うん。私もそう思うよ。どこかのメレアさんが作戦だからって言うからさ。それにピンチかも知れないって思ったら、考えてる暇なんてなかったし。でも魔王が早めに帰ってくれてよかったよ」


 魔王が帰った後、私は幽体離脱した体で睡眠解除の魔法をかけた。しかし、まだ練習段階というのもあり、城に飛ばされた聖騎士が再び来るまでずっと頑張っていた。


 「サーラの特訓をしている間に、幽体離脱をした状態で魔法を使えるようにしておいて」といきなりメレアに言われ、1人でずっと練習していた。

 さすがの私でも2人が頑張って特訓しているときに自分だけ何もしないのは心苦しかった。正直、メレアに練習のこと言われたときは嬉しかったけど、嬉しいのは一瞬だった。


 私は幽体離脱のことを全然知らない。爆弾少年の時にカルネドから付与してもらった魔法だけど付与してもらってからの日数が浅すぎる。結界内では睡眠魔法しか使えない私がよく分からない状況で睡眠魔法から1番遠い魔法を発動する。普通に新しい魔法を覚えるのよりも大変だった。

 

 「にしてもさ、このカバン何とかならない? 寝心地は我慢するけど中からも開けられるようにしてほしいんだけど」


 「あー、確かにそうだね。いざという時に1人だけ逃げられなかったらダメだし。ネムがカバンの中に入ったまま放置して誰かに見つかる可能性もあるし。あたし的にはこの戦い方をバレないようにするためにも開けやすくするのはアリだね」


 「でも、その場合私が振り回している間に運悪く開いてしまう可能性があるのでは? その場合ネムさんの身の安全が保証できません」


 「あははっ! いいじゃん。ネムは寝ている間は最強だし。それに敵もカバンの中から人出てきたら動き固まるでしょ。『こいつ何?』って」


 「笑い事じゃないよ! それに防げる攻撃は魔法攻撃だけ! 物理攻撃は無理だよ!」


 「え?」


 怒る私に対して、2人は不思議そうな顔をして私を見つめる。


 え? 何この反応? 私、変な事言った? 


 「ネム、物理攻撃も効かないよ」


 「だって、あたし洋服イモムシの時に試したし。魔道具投げたり、小石ぶつけてみたり。イモムシ見て気を失ってるネムにいろいろ試した」


 ……こいつ、マジか。気を失ってる私に何てことを。言われてみれば、起きたら何かの残骸みたいなのがいっぱい落ちてた気がする。私に能力があったからよかったものの。なかったら大変なことになってたじゃん。


 「実は私もメレアさんに『ネムは寝ていれば何をしても大丈夫だから。何も気にせずカバンで攻撃していいよ』って言われました」


 「……サーラも知ってたんだ」


 私の能力なのに私が知らないなんて……そもそも何でカルネドはあの時に全部教えてくれなかったの? 知ってたら私だって……いや、知ったところで何も変わらなかったかな。とにかく私が知らないことを、みんなが知っていることにイライラする。


 「そうだ。この際だから聞いておこう。私メレアに寝ているときに幽体離脱みたいなこと出来るって言った?」


 「ううん。直接は聞いてない」


 「だったら何で私に幽体離脱をした状態で魔法を使えるようにしておいてって言えたの? カルネドの会話知らないはずじゃん」


 「あー、それはネムの記憶を覗いたからだよ」


 「え? 記憶?」


 「うん。爆弾少年の事件の次の日。あたし、ネムの上で正座してたでしょ? あの時」


 これも言われれば、それとなく思い出せる。目が覚めたらメレアが私の上に座っていたから凄くびっくりした。でも、これって全部本当のことなのかな? 裏でメレアとカルネドが協力して私を騙そうとしているようにも思える。容姿は全然違うけど、2人とも思考回路バグってるし。実は血縁関係でしたって言われた方が納得する。



 「……メレアって本当に何でも出来るね」


 そこまで言ったところで、丸坊主の大柄の男性がこっちに向かってきた。全身筋肉で出来た第3部隊の副隊長ギラルさんだ。ギラルさんとは私がルクスの代役を務めた時にたくさんお世話になったけど、ぬいぐるみの件やお姫様抱っこの件でお互いに恥ずかしい思いをした仲だ。そういうことがあったせいか、私はギラルさんのことを聖騎士団の中で1番信用している。


 「いやー、ごめんね。しばらく放置しちゃって。思ってたより怪我人の捜索とか聞き込みに時間が掛かってさ。それじゃあ早速、今回のことについて聞いていこうか!」


 いつもより早口で話を進めるギラルさん。きっと、ぬいぐるみのことを思い出して恥ずかしくなってきたんだろう。耳が赤くなっているのがその証拠だ。本人も赤くなっていることに気付いているのか、「暑い暑い」と誤魔化しながら手で自分の顔を扇いでいた。

心の中でそんなギラルさんを可愛いと思いながら話を聞く。


 「えっと……近隣の人からの話だと『石が出てきたり、火が出てきたりで大変だった』……だって。本当なの?」


 「何そのバカな質問にバカな話の進め方。もっと整理して話せばいいのに。そもそも、それってこんな場所で立ってやるものなの?」


 「メレちゃん今日当たり強くない? でも確かにメレちゃんの言うとおりだった。話は城で聞く予定で4人を城に呼んでくるんだった。……そ、そうだ! 僕の空間魔法の中入る? そうすれば、歩かなくてすむけど……」


 ギラルさん大丈夫かな? メレアの言い方はヒドいけど、間違ったことは言ってない。目に会ったときはもっとしっかりしていたはずなのに。今日はずっとオドオドしている。


 「いや、あたしたちは歩きで行く。お疲れ様パーティーのお菓子も買わないといけないし。あ、ルクスだけはお願いね」


 「え? 私たち歩きで行くの? せっかくギラルさんが送ってくれるって言ってるじゃん。甘えようよ-」


 「今のギー君、魔法失敗する気がしてきた。ネムも死にたくないなら気を付けた方がいいよ」


 そう言いつつ歩き始めるメレア。その背中は何だか起こっているようにも見えた。


 あの2人ってそんなに仲悪かったっけ? 前はもうちょっと楽しそうに話をしていた気がするけど。


 そんなことを思いながら、ギラルさんにお辞儀をした私はメレアの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る