第51話
「その表情、当たりのようですわね」
青ざめるメレアを見て魔王は不気味に笑う。
「先ほどまではどういう魔法なのか分からなかったので苦戦していましたが、スキルの正体が分かれば話は変わってきますわ。確か……魔法の種類や軌道が狂いまくるスキルでしたわね。前にお会いした『天の邪鬼』はかなり昔ですからね。このスキルを持っている方はとっくにこの世からいなくなっていますし、今となっては文献にも書かれていないと思いますわ」
魔王は再び焦げた匂いが漂う瓦礫だらけの道を歩き始めた。右手に一般人にでもみえるくらいの大量の魔力を宿して。
メレアも後ろに下がろうとするが、瓦礫に足を取られ尻餅をついてしまう。すぐに立ち上がらなければならないのに、恐怖のせいか全身に力が入らないようだ。ゆっくり近づく魔王をただ見ているだけだった。
「『天の邪鬼』のことを誰も知らない。だからいくら魔法を放っても傷一つ付けることの出来ないあなたを人間たちは最強と思い込んだ。その思い込み故にあなたは私との1対1の勝負を自ら進んで引き受けた。実に哀れですわね」
メレアのすぐそばまで来た魔王はその場にしゃがみ込む。そしてメレアの額に手を当てた。
「放った魔法の軌道がずれることは分かりましたわ。ではこの距離ではどうなりますの?」
魔王の質問にメレアは震えることしか出来なかった。開けた場所にもかかわらず、歯がガチガチぶつかり合う音が良く聞こえる。
「おやすみなさいませ。愛おしいほど愚かな人間様」
優しく微笑みながら魔方陣を展開する。次の瞬間、轟音とともに辺りに血が飛び散った。
「へー、そうなりますの」
メレアが元いた場所を見て小さくつぶやく。左手で魔方陣をいくつか展開し、傷ついたところや血の付いたドレスを綺麗にしていく。全て元通りになった魔王は立ち上がりドレスに付いた砂をはらう。
「しかし驚きましたわ」
右手の指にネイルを塗りつつ魔王は語りかける。
「反射魔法ですわね。あなた、普通の魔法も使えますのね」
「……でしょ? あたし意外と努力家なんだよ」
魔王がメレアにゼロ距離で放った魔法。それはメレアに当たることなく、全て魔王に反射した。魔王の右手は吹き飛び、至る所に衝撃による傷が出来た。
「驚いたのはあたしもだよ。結構グロいことなってたけど叫び声上げないなんて。もしかして痛み感じない派?」
「あなたの演技力ほどではありませんわ。それに痛みは感じていますわ。ですが経験している数が違いますから。これくらい喚かなくても回復できますわ」
「へー。見た目はあたしと同じくらいなのに実はババアなのかー」
「そうですわね」
ネイルに集中しているのか、メレアの煽りに淡々と答える魔王。その態度にメレアは嫌な予感がした。
「どうしたの? 急にクールになって。もしかして帰りたくなったとか?」
「そういうわけではありませんわ。ただ、この戦いは私の勝ち、少なくとも負けることはないと分かりましたので少々悲しくなってきたのですわ」
「……どういう意味?」
「そのままの意味ですわ。私は物理的な攻撃を加えることが出来ますし、しばらくすれば魔法攻撃も当てられるようになるはずですわ」
「……」
「それに比べてあなたは『天の邪鬼』。私の経験からするとあなたには決定打がない。あなたが足掻こうとも引き分け以上にはなりませんわ」
「……時間稼ぎが目的かもよ? これだけ騒ぎを起こせば聖騎士団が駆けつける。応援が来るまで耐えたらあたしの勝ちじゃん!」
「有象無象が集まれば私に勝てると本気で考えていらっしゃる愚か者でしたら、とっくに殺していますわ」
そう。メレアは最初からルクス以外の聖騎士団を信用していない。逆に聖騎士団に来てもらっては困るとすら考えている。
メレアがルクスの相談に乗ったのは特殊部隊とルクスが協力関係であることを聖騎士団に知らしめるため。たとえ聖騎士団によって間違った情報が出回ったとしても、一部の人たちが目撃していれば充分だった。
でも状況はメレアが想像していたものより、さらに厳しくなっていた。
サーラとの作戦会議の段階でルクスを超える存在が現われたときについての作戦も考えていた。しかし、その存在が魔王というのは考えもしなかった。
ルクスが取り込まれたことで、ネムたちが帰ってくるまで1人で耐えなければならない。仮に耐えられたとしても、あの回復力を持つ魔王を仕留めることは難しい。魔王の言う通り、足掻いても勝つことは出来ない。
「お喋りもこの辺りにして、そろそろ戦いませんか? 私としては『天の邪鬼』に遠距離魔法をたたき込んで終わりにしたいですわ」
「いいよ。当てれるものなら当ててみなよ」
くるくると髪を指に巻き付ける魔王。かなり焦りを感じていたメレアにとって、その余裕ぶった態度は腹立たしかった。
コートのポケットからガラス瓶を取り出し紺色の液体を飲み干す。メレアのスキルの性質上普通のポーションでは魔力は回復しない。だからこそ自分で作らなければならない。
「あまり見ない色ですわね。手作りですの?」
「だったら何? それよりお喋りは終わりにするんじゃなかった?」
「あらあら、そうでしたわね。では遠慮なく」
前方に立っていたはずの魔王が一瞬にして消える。メレアはすぐに後ろを向き魔王の蹴りを防いだ。完璧に防いだにもかかわらず、痺れるような痛みが腕に駆け巡る。
今のいい感じに防いだんだけどな。これ絶対さっきより強くなってる。まあいいや。せっかく触れてるし、今なら攻撃入りそう。
魔王の足元に複数の魔方陣が展開されるが、発動される前に魔王はメレアから距離を取るため後ろに飛んだ。魔王が着地した瞬間、メレアの周囲に電気が流れる。もちろんその電気は魔王には届かない。
「素晴らしいですわ。複数の魔方陣を同時に展開することで狙った魔法も使えますのね。てっきり治癒魔法だけ自身で作り出したと思っておりましたが、どうやら普通の魔法も使えるようですわね。それに蹴りの防ぎ方も良かったですわ。1度見た攻撃を防げない奴に興味はないので殺す気でやりましたのに」
「言ったでしょ。あたし意外と努力家なんだよ。普通の魔法も使えるように練習してるに決まってるじゃん」
「そうですの。
「出来ないことは言わない方がいいんじゃない? 先に倒される人がどうやってあたしを倒すの?」
両者、笑顔で見つめ合う。しかし2人とも瞳孔が開いていた。
先に動いたのはメレアだった。右手で複数の魔方陣を展開しながら魔王に向かって走り出す。それを見て魔王はメレアを捕獲しようと地面にツタを生やした。様々な方向からメレアを捕獲しようと伸びるツタ。それをメレアは左手で魔方陣を展開し、伸びてくるツタを金属に変えてしまった。そのまま右手の魔方陣で金属になったツタに触れ魔方陣を発動させる。
ルクスを取り込んだ魔王の目にはメレアの魔力の動きが見える。右手に展開している魔方陣は大部分が雷の魔方陣で使われた魔力も『雷』の属性だった。電気系の魔法が来ると予測した魔王は空高くに飛び上がる。だが魔方陣を発動したメレアは地面の中へと消えるように姿を消してしまった。
相手が普通の人間なら魔王の取った行動は正解だった。しかし今相手にしているのは『天の邪鬼』のスキルを持ったメレアだ。ルクスのスキルで魔力の属性が分かったとしても、発動される魔法の属性が同じだとは限らない。
まして属性が読めない状態で、金属に変えてしまったツタに触れるという行為を見てしまえば次に来る攻撃は雷だと決めつけてしまうのも無理はない。
戦いを有利に進めるために取り込んだルクスのスキルが裏目に出てしまっている。
「イライラさせますわね」
空中での不安定な姿勢のまま、魔王は巨大な魔方陣を展開する。
「全部まとめて吹き飛んで下さいまし!」
火球を出現させた魔王は地面目がけて放った。火球は真っ直ぐ落下した後、巨大化し大地を削り衝撃波を生んだ。黒い魔力の塊に乗り、削れた大地を見下ろす魔王。その顔は喜びに満ちていた。
「地面に隠れて攻撃しようとお考えでしょうが、そうはいきませんわ。宣言通り遠距離魔法で終わらせて頂きますわ」
「へー、誰を?」
空中に漂う魔王のさらに上から声がした。見上げると右手を大きな氷柱で覆ったメレアがいた。慌てて魔王は魔方陣を展開する。しかしメレアの方が早かった。躊躇なく魔王の心臓を貫く。
「い、つの間に……ですの?」
「火球で視界が遮られた時だよ。その時に転移魔法で上空に飛んだ」
「地面に潜っていらしたのに、良くタイミングが分かりましたわね」
「あれ外見えるんだよねー」
メレアと魔王を乗せた魔力の塊は徐々に高度を下げ、火球で削られなかった地面へ着地した。
さすがの魔王も心臓を貫かれては回復できないようだ。黒い魔力の塊も消えてしまい魔王も嬉しそうな顔をして動かなくなってしまった。
大きな氷柱を壊し右手を引き抜く。そして疲労困憊の体に鞭を打ちネムたちが向かった方へ歩み出した。
その時だった。何もしていないのに右肩が大きく前に出る。直後、血とともに声にならない痛みが走りその場にうずくまる。止まらない血が地面を赤く染める。
「私、言いましたわよね。宣言通り遠距離魔法で終わらせて頂きますわって」
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