第50話
『天の邪鬼』。魔法に関する効果が本来とは違った効果になるスキル。あたしが発動する魔法は思い通りに発動できないし、他の人に効果のある魔法はあたしには何の効果ももたらさない。
あたしがこの忌まわしいスキルを持っていると自覚したのは10歳の時だった。
幼い頃から結界内でも意図せず魔法が使えていたらしい。そのせいか国の上層部から警戒とともに過度な期待をされていた。国からの命令というのもあり、物心つく頃には騎士団の監視の下、国に仕える実力者や知識人の家を転々としていた。
結界内でも簡単に魔法が使えるほどの魔力量とセンス。その持ち主に力と知識を詰め込めば最強の兵器となる。今にして思えば何と安直な考えなんだろうと思う。でも幼いあたしには言われるとおりにしか出来なかった。いや、理由は分からないけれど期待に応えなければならない。そう思い込んでいた。
女性らしい長い髪に上品な振る舞い。聡明で謙虚でいつも笑顔。その全てが苦痛にならなくなるまで自身にすり込んだ。
「あなたなら出来る」「大丈夫、自分を信じて」「1000年に1人の天才だ。誇っていい」「何度くじけたって諦めなければいつか成功する」「自分に負けるな」「ひたすら頑張れ」「我慢の先に光はある」
何のために頑張っているか分からない。それでも体を壊し、ボロボロになりながらも周りの人間の言葉を信じ努力した。教えてくれる人たちに恩返しをする。そのために頑張って努力をしているんだ。そう思ってしまうほど、あたしは狂ってしまっていた。ただ金と名誉のために教えている奴らとも知らず。
騎士団に入団できるほどの武術、魔術に関する知識に加え一般教養を叩き込まれた。あたしは練習という名目で国王の前で魔法を披露することになった。
勝手な都合であらゆる知識だけを叩き込まれた少女が国王の前で魔法を披露する。今まで誰に何度言っても実際に魔法を使わせてもらうことは出来なかった。全員「危ないから」の一点張りであたしの言葉を聞いてくれなかった。夜にこっそり抜け出して魔法を使おうとしたこともあったが、見張りの騎士にいつも妨害されていた。
暴走してしまった時のことを心配しているのか、あたしにそれほどの才能がないと分かるのが怖いのか知らない。
ただ実力者という名の腰抜けどもの自己防衛のせいで事態は起こってしまった。
ある日あたしは騎士に連れられ闘技場へと向かった。バカみたいに大きな闘技場の中に用意されたバカみたいに大きな水桶。その周りを取り巻く大量の魔道士。観客には国王と上層部の人たち。それを守るように配置された騎士団の姿があった。
今回実践するように言われた魔法は『水鉄砲』。空気中、もしくは近くにある水を空気中で一点に集め、それを発射する。超が付くほどの初級魔法で子供たちが水辺で遊ぶときに使ったり、飲み水が欲しいときに使ったりする。そんな簡単で安心な魔法にも関わらず、その場にいる人の空気はひりついていた。
「では始めてください」
近くにいた騎士団の1人がそっと私に伝える。あたしはゆっくり周りを見渡してから、静かに右手を前に出した。魔力を手に込め昨日から何度も確認した魔方陣を展開する。我ながら完璧に出来たと思った。
しかし発動されたのは水による攻撃ではなく、あたしの左斜め前から出現した謎の石柱だった。
闘技場内が静寂に満たされ、その後少しずつ、ざわめき声が聞こえ始めた。
「おかしいぞ。闘技場を水で貫くはずじゃなかったか?」
「バカ。きっと何かの手違いだ。水の塊すら出来ていないだろ」
「それより、あの石は何だ?」
「多分緊張で魔方陣を間違えたんだろう。まだ10歳だ。無理もない」
「そうか。でも俺の見たところ魔方陣は間違ってなかったような」
実際の声はもっと小さかったかも知れない。それでも10歳のあたしの心を不安にするには充分だった。
目が潤み、呼吸が速くなる。さっきまで普通だった大人が大きく感じる。自分の体が恐怖に飲み込まれそうな感覚になる。
「大丈夫。きっと魔力が足りなかっただけですから。今度はもっと魔力を貯めてから発動してください。そうすれば皆さん凄く驚くと思いますよ」
「は、はい」
あたしに開始の合図を送ってくれた騎士の言葉に慌てて返事をする。そして雑音が入らないように耳を塞ぎ、目を閉じた。
大丈夫、自分を信じればいい。諦めなければ成功する。さっきは魔力が足りなかっただけ。今度はギリギリまで貯めて驚かせる。
自分の中で魔力を1点に集めるイメージをする。それを少しずつ右手に移動させる。魔力が移動するたび手のひらがズキズキと痛む。すぐにでも魔方陣を展開して楽になりたい。
自分に負けるな。ひたすら頑張れ。
私の頭の中にすり込まれたが楽になりたい私を妨害する。目がかすみ、前がしっかり見えない。手のひらは熱いのに体は凍りそうなほど冷たい。それでも、あたしは魔力を右手に集めるのを止めなかった。
無理を重ね全ての魔力を右手に集めたあたしは最後の気力を振り絞って魔方陣を展開した。あたしの記憶はそこで途切れていた。
気が付いたと時には辺りは水浸しになり、瓦礫で溢れかえっていた。知らない間に出来ていた大量の石柱。その一部は天井を貫き破壊された屋根が瓦礫となって取り囲んでいた騎士を押しつぶしていた。闘技場の中央に置いてあったバカみたいに大きい桶も石柱に持ち上げられていて、破損されながらも斜めになった状態で停止していた。
ふと足元を見るとあたしを励ましてくれた騎士が倒れている。背中には焦げた跡や突き刺さった氷の塊、鋭利な刃で甲冑ごと斬ったあともあった。
これ全部魔法攻撃だよね。何でこの人が攻撃を受けているの?
そう思いながら倒れいる騎士に近づくと周りから殺気を感じた。辺りを見渡すと生き残った騎士団が息を荒くしながら、あたしに手のひらを向けていた。すぐに10歳のあたしでも、これがどういう状況か理解できた。
「ち、違います!」
必死に叫ぶも、誰も何も言わない。状況は何一つ変わっていない。
「信じてください! あたしは水鉄砲の魔方陣を展開しました! この中にいる人なら分かるでしょ? 魔方陣は間違っていなかったって」
「……人殺し」
「え?」
「人殺しだ! 悪魔だ!」
「違います! 信じてくだ――」
「全員魔法を展開しろ! あのガキぶっ殺せ!」
「良くもやってくれたな! 反逆しようとしたこと後悔させてやる!」
一斉に浴びせられる罵詈雑言。どうしようもない現実を目の前にして膝をついてしまう。
誰もあたしの話を聞かない。誰もあたしを信じてくれない……そっか。あたしの信じてきた人たちって、こんな人たちなんだ。
あたしの力を頼りにして価値がないと分かったら切り捨てる。本当のことを知っていても都合の悪いことは知らないふりをする。1人の意見を数で圧倒して黙らせる。あたしは最初からこんな奴らの道具になるために頑張ってきたのか。
安い応援も、根拠のない励ましも、つまらない思想を信じたあたしがバカだった。
……でも今さら後悔しても遅いか。どうせあたしは殺される。理由はどうあれ殺してしまったのは事実なんだから。
大きく息を吐き穴の開いた天井を見上げる。全てに絶望したあたしの視界に無数の攻撃が降り注ぐ。その光景を目に焼き付けながら、あたしはゆっくりと目を閉じた。不思議と恐怖は感じなかった。
魔法が当たり左側から何かが壊れる音がした。目を開け何気なく音のした方を見ると、闘技場の壁にあたしに向けて放たれたと思われる魔法の痕跡があった。思わず、自身の体を確認しても傷は一切なかった。
どうして? ちょっとしか見えなかったけど攻撃は確実にあたし目がけて飛んできた。それが直前で曲がった? それも1つじゃなく、全部の魔法が。そういえば……
脳裏にとある情報がよぎる。
いろんな家を転々としていたときに古い文献を大量に読まされたことがあった。その中に魔法に関する効果が本来と違った効果になるっていうスキル。確か名前は……
「……天の邪鬼」
あたしの魔方陣は間違ってなかった。それなのに出現したのは2回とも石柱だった。この魔法攻撃も軌道が変わったのはあたしに当たる直前だった。
この状況で言えることは2つ。
1つ、あたしが発動した魔法は違う魔法となって発動される。2つ、あたしを狙って発動された魔法は直前で軌道がずれる。
絶対そうと言いきれるほど自信があるわけじゃない。でもこの仮説が正しければここから逃げ切ることだって出来る。
両手を後ろに回し、腰まであった髪の毛を1つにまとめる。それを左手でまとめたまま、倒れている騎士の腰に付いた短剣を抜いた。そして躊躇することなく束ねた髪を切り、前に投げる。
パラパラと灰色の髪が水浸しの地面に落ちる。今まで体に染みついていた呪いが解けるようですっきりした。
短剣を放り投げ1歩前に出る。そして、あたしを睨み付ける臆病者たちを見上げた。正直状況は何も変わっていない。数は圧倒的に不利だし、あたしには魔力がほとんど残っていない。それでもあたしは笑みを浮かべ、口を開いた。
「ねえ! みんなに『仲間を思う気持ち』はあるの? あたしはここだよ! しっかり狙ってごらんよ、ほら!」
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