第56話

 寝静まりかえったなか、ギラルは寮を抜け出し聖堂へと向かう。

 ギラルは眠れない時によく1人で聖堂に行く。その事を同じ部隊の人はもちろん他の部隊の人たちも知っている。だからだろうか、満月が照らす夜道を歩くギラルの姿を見ても、誰1人として不審に思うことはなかった。

 聖堂に着いたギラルは堂々と重い扉を開け、中に入る。いつもやっている行動だが、今日に限っては扉の蝶つがいの音がいつもより大きいようにギラルは感じた。外の様子を確認してから慎重に扉を閉める。扉が閉まる音が聖堂の中に響く。


 大きく息を吐いたギラルは気を引き締めて振り返った。月明かりが差し込む聖堂の中は、普段よりも幻想的で美しく見える。しかし、その美しさがギラルには恐ろしく感じられた。


 右側の壁に並ぶ柱の奥から3番目。その柱を目指してゆっくり歩き始めた。いくら慎重に歩いても聖堂内に響く足音。1歩進むたびに緊張感が高まる。生唾を飲み込む音ですらうるさく思えてきた。時間をかけて柱のもとにたどり着いたギラルは柱に掘られた模様を指でなぞる。すると柱にゆっくりと穴が開いた。中には下に繋がるはしごも見える。


 再度周囲を確認したギラルは穴に入り、はしごを下りていった。誰かが後から掘ったようではなく、あらかじめ設計されて作られていたようだ。はしごの周りの壁も柱と同じ材料で作られているようで、滑らかで美しい壁だった。それに人が近づくたびに光が灯る特殊な魔方陣も描かれている。

 ギラルはここを数回通ったことがあるが、いつも感心してしまう。


 長いはしごを下り、地下に作られた廊下を真っ直ぐ進む。そして重苦しい鉄の扉の前で足を止めた。扉越しにでも感じる強者のオーラ。願わくば誰かに自分の役目を押しつけて逃げ出したい。いつもそんな弱気な姿勢になってしまう。しばらく扉を見つめ深呼吸を繰り返した。


 「……よし」


 決心がついたギラルは鉄の扉を開けた。聖堂の雰囲気とは全く違う。

 暗い青色を主とした部屋。その中央に正八角形の机が置かれその一辺ごとに椅子が1つずつ置かれている。ギラルが部屋入ったのは会議が始まる少し前。その時にすでに2つの椅子が埋っていた。


 「おっ、ギラルじゃねえか。久しぶりだな。相変わらず転移魔法は使えねえのか?」


 髪を白と紫で左右別の色で染めた髪をオールバックにした男がギラルに声をかける。口調もそうだが、机の上に足を上げてふんぞり返る姿は強者そのもので、圧倒的な自信に満ちあふれていた。


 「……ジェドさんもお久しぶりです」


 ジェド。第2部隊の隊長で、他の隊に比べ圧倒的に多い人数にもかかわらず、それをまとめ上げるカリスマの持ち主。噂でしか聞いたことないが、訓練で副隊長を除く第2部隊全員とジェドで模擬戦を行ったらしい。もちろん結果はジェドの圧勝。ジェドは無傷で隊員にも前致命傷を与えず勝利を収めたらしい。


 そしてジェドの隣に座る男が第2部隊副隊長のレートだ。黒髪のマッシュルームヘアでメガネをかけている。ギラルの入室にも一切の反応をすることなく、ただ一点をじっと見つめている。彼に関する噂はあまり聞いたことはないが、ジェドに負けず劣らずの実力を持っているらしい。


 2人に軽く会釈したギラルはレートの2つ隣の扉から1番近い席に座った。その直後、部屋に魔方陣が展開される。何事かと思い身構えるとそこから男女が現われた。1人はギラルと同い年くらいの女性だ。オレンジ色の髪の毛で前髪を大きなピンで留めている。目力が強く、仕事ができる女性といった風に見える。もう1人は青髪長髪の男性。ギラルより年上でかなりガリガリだ。肌も白く目を隠すほど長い前髪はボサボサだ。そして何より心配なのは現在進行形で座りながら駄々をこねていることだ。


 「いいじゃん! 帰ろうよー! 報告なら手紙とかでやればよかったじゃん!」


 「字書くの面倒って言ったのお兄ちゃんでしょ?! ほら、みんな来てるんだし、早く始めるよ」


 「じゃあ、ナリだけでやって。俺は帰るから。だいたい各部隊の代表同士でやればいいじゃん。何で2人もいるの?」


 「それもお兄ちゃんが決めたんでしょ?! ルクス以外の隊長副隊長でするって! この話だってもう何回もしてるじゃん! 早く座って! ほら!」


 妹のナリが兄のダリをジェドの2つ右の席に無理矢理座らせる。そしてその右隣にナリが座る。


 ダリとナリはこの国で1番強い兄妹で、兄のダリは第1部隊の隊長を妹のナリが副隊長をしている。しかし、基本的には副隊長のナリが第1部隊の指揮をとる。ダリは1番後ろで休んでいたり、酷い場合は戦いに参加しないこともあったりするらしい。


 聖騎士団の中でも優秀な者が集まる第1部隊。そんな中、何もしないのにもかかわらず隊長の座を奪われないのはダリに絶対的な強さがあるからだろう。


 「さて、今から代表者会議を始めます」


 全員が席に着いたことを確認してから、ナリは静かに話し始めた。


 「まずは、うちのクソ兄の無様な姿をお見せしたことを謝罪いたします」


 「はっ、さすがにもう慣れた。しかし、慣れたと言ってももう少しどうにかならねえか? 仮にもお前こいつの兄ちゃんだろ?」


 「んぁ? もしかして今俺に言った?」


 ジェドの言葉に突っ伏していたダリが眠そうに顔を上げた。その態度を見てジェドの額に薄く血管が浮き上がる。


 「……お前しかいねえだろ。ぶっ飛ばすぞ」


 「へー、俺に喧嘩売るんだ」


 静かに怒るジェドに対し、体を起こしたダリは頬杖をつきながらニヤニヤする。次の瞬間部屋の中に風が吹いた。


 2人が座っていた椅子は後ろに倒れ、そこにさっきまで座っていた2人の姿はなかった。だが、剣が火花を散らすわけでも魔法がぶつかり合うわけでもない。それどころか部屋の中に2人の姿はなかった。ただ、机の上にビー玉が2つ転がるだけだった。


 「ありがとうございます。レートさん」


 ナリがレートに軽くお辞儀をする。しかしレートは何も言うことはなく、ずっと机の一点をじっと見つめている。


 「おい、レート! 誰に向かってこんなことしやがる!」


 「ナリ、見てー。これで俺隊長やらなくていいよね? ほらビー玉だよ。ビー玉」


 白と紫のマーブル模様のビー玉からジェドの怒る声がする。一方青色のビー玉からは脳天気なダリの声がした。

 十中八九レートが発動した魔法だ。しかし、ギラルには何も見えなかった。魔方陣を発動したタイミングも2人がビー玉になった瞬間も。緊張していたのはある。だが気を抜いていたわけではなかった。それなのに目の前の現象が理解できない。


 「とりあえずジェドさんは怒りを抑えてください。悪いのは全部クソ兄です。後で好きなだけ殴ってください。積極的に殴ってください。もういいかなって思ってから追加で30発殴ってください」


 「ちょっとナリ? お兄ちゃん泣いちゃうよ?」


 「黙れクソ兄。レートさん、そろそろ会議を再開したいのでジェドさんの魔法を解除してください。クソ兄はどっちでもいいです」


 そう言うとビー玉2つに割れ、中から人が現われた。机の上に立つ2人。お互いじっと見たが何もすることなくもとの席に戻る。ギラルにはナリの舌打ちが聞こえたが何も言うことなくじっとしていた。


 「では、改めて会議を始めます。今回の議題は魔王の襲撃及び今後の対策です」


 よし、ようやく始まった。いきなりバチバチした空気になったからどうしようと思ったけど、もう安心だ。後は場の空気を乱さないようにしておけば無事終わる。


 一刻も早くこの場から逃げ出したいギラルはそんなことを考えながら会議に臨んだ。


 「今回、魔王が現われた場所で感知された魔力は魔王、第3部隊隊長ルクス、特殊部隊隊長ネム、特殊部隊副隊長メレア、以上の4人です。第1部隊の隊員の証言によりますと駆けつけたときには地面はえぐれており魔王は追い詰められていたとのことです。現場でルクスが気を失っていたことも考慮した結果、第1部隊はとある仮説を導きました」


 そこまで言うとナリは一呼吸置いた。そして全員が耳を傾ける中、信じられない仮説を唱え始めた。


 「それはネムが勝手な判断で発動した魔法が魔王を追い詰めた。しかし代償として1区画を吹き飛ばし、ルクスという優秀な聖騎士をも死の間際まで追いやった。つまり今回の事件の被害は、長い歴史を持つ聖騎士団の中に突如出来た部隊の青二才が起こしてしまった失態であり、と私たちは考えます」

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