第57話
「ま、待ってください!」
今まで大人しく聞いていたギラルが慌てて立ち上がる。レート以外の3人がゆっくりとギラルの方を見る。
見つめられた。ただそれだけの行動にギラルは体の芯まで凍り付くような感覚に陥る。
「……」
立ち上がったものの言葉が出てこない。少しでも言葉を間違えば命に関わる。ギラルの全細胞がそう呼びかける。
「ギラル副隊長。何もないなら話を遮らないでいただけますか?」
名前を呼ばれナリの方を見る。声のトーンも明るく、顔も笑顔だ。だが目が笑っていない。
「あ……その」
「はっ、マジでビビって喋れてないじゃん。分かるよー。いつも怒ってばっかりだしさー。こいつの相手するより魔物を倒した方が楽だもん」
「お兄ちゃん、マジでうるさい。喋んないで」
「ほらなー」
机に顎をつけたまま妹をからかうダリ。その隣でやる気なしの兄に辛辣な言葉を投げ続けるナリ。
そんな兄妹のやりとりを見たからだろうか。ギラルの心に少しだけ余裕が生まれる。
「……すみません。先ほどの話ですが、ナリ副隊長は今回の大規模な住宅破壊はネム隊長の魔法が原因だとおっしゃいましたよね。ですが私の知る限りネム隊長はほとんど魔法を使えません。冷静に考えて魔王による攻撃だと考えるのが普通ではありませんか?」
「確かにそのように考えることも可能ですね。ですが魔王は人通りの多い場所や目立つ場所て破壊活動を行います。それが今回は人が少ない場所で行われた。これは一種の模倣犯だと判断しました」
「……」
「加えて今回も発見時ルクス隊長は気絶していました。過去にネム隊長はルクス隊長を気絶させたという事実があります。よって我々は『魔王の仕業に見せかけて街を破壊し、ルクスを暗殺する予定だった』という結論を出しました」
「はっ、あいつまた気絶したのか。俺が思うにあいつをクビにしてギラルが隊長やった方がいいだろ。魔力の少ねえ努力だけのやつに任せたところで弱かったら誰も守れねえし」
「ジェドさん。今はネム隊長の処分についてです。それにルクス隊長は弱いですけど、人気だけはあります。聖騎士団長もそこを評価して隊長を任せているのですから」
「はっ、雑魚でも人気があれば国を守れるのか。面白ぇな、第3部隊は」
ナリの言葉を鼻で笑うジェド。そんなジェドに反論する者は誰もいなかった。『ルクスは弱い』それがギラル以外のここにいる全員の共通認識なんだろう。
今回の会議にルクスが呼ばれていない理由が分かった。
「話を戻しましょう。ネム隊長の存在は聖騎士団にとってもこの国にとっても危険である。だから排除すべき対象として認識する。これは前回の代表者会議で決まったことです」
「……」
「それにあなたは反論しなかった。実際今回の事件の後もネム隊長を空間魔法で確保しようとしていましたよね? 私たちのプレッシャーに負け、私たちに協力することを選んだ。それなのに、まだ不満があるのですか?」
唇を強く噛み締めるギラルをナリは問い詰める。
「……ネム隊長はルクス隊長を吹き飛ばしたことはあります。ですが今回もそうだとは限りません。魔王だってそうです。過去2回の襲撃が人通りの多い場所だったからといって今回も人通りの多い場所でやるとは限らない。それに――」
「ねえ、いつまで話すのさ」
早口で必死に話すギラルを怠そうな声が遮った。声をする方を見るとダリが机に顎をつけたまま、前髪を三つ編みにして遊んでいる。
「ギラルも気付いてるでしょ? これは命令なんだよ。ネムって子を殺して、あの子が勝手に作った特殊部隊とやらを解散させる。そのための理由作りをしてるってことを」
少し前から違和感があった。シン隊員のクーデターの時にネムさんの周りに隊員を配置しなかったこと。結成したばかりの部隊にフォーチュンフィッシュの討伐をさせたこと。ネムさんの部屋で魔法を感知しても行かなくていいと命令されたこと。
そして一昨日の夜、代表者会議の場でネムさんを排除する対象として認識し、メレちゃんから遠ざけることを命令された。
この人たちはネムさんを殺そうとしているかも知れない。その可能性は脳裏には何度もよぎった。でも気づかないフリをしていた。
「国王はメレアが兵器としてこの国を守ることを条件にこの国で匿うことを了承された。最初は誰も信用してなかった。でも、復讐の力で化けるかもってなってさ。だから君の家に親戚として迎え入れられたんだよ。いざとなれば空間魔法で閉じ込めれば何とかなるって事で」
「知ってます。でも、それとネムさんを殺す話には繋がらないじゃないですか!」
「得体の知れない存在に得体の知れない存在がくっついて大きくなったら嫌じゃん。上は感情とかどうでもいいみたいだし」
「お兄ちゃん。話進める役奪っておいて飽きないでもらえる? 省きすぎて伝わってないよ」
「この体勢で話すのキツくてさ。あとはよろー」
「だったら黙っててよ。ワガママというか自分勝手というか。一言でいうとクズだよ」
「クズではないような……」
「うるさい。黙って」
体を起こして顎をさするダリ。そんなダリに呆れたようにため息をつく。
「このクズ兄が言いたいのは、あの子の仲間が人質にとられた場合や仲間意識のせいで無謀なことをしてしまう可能性がある。そして1番厄介なのが組織化して勢力を増していったら制御できなくなるかも知れないってことです。だからあの子には孤独でいてほしいのです」
「だからって――」
「しつけぇぞギラル! お前は命令する前から気付いていたのに何もしなかった。場合によればネムがとっくに死んでいる未来だってあったろ。何もしていなかってから自分は安全な立場にいると思うなよ。何もしなかった時点でお前はずっとこっち側だ。今さら善人ヅラすんな」
ジェドの言葉に何も言えなくなる。
その通りだ。違和感には気付いていたのに周りに合わせることを優先した。副隊長という立場があったからなんて言い訳だ。僕は自分自身の意志で思考を停止させたんだ。
見ないフリをしていた罪悪感が全身を蝕んでいくような感覚になる。
しばらく立ち尽くすギラルだったが、途中で力なく椅子に座った。
「ようやく分かったみてぇだな。にしてもコイツどうすんだ? 途中で裏切る可能性はまだあるぞ」
「その点については問題はありません。上も裏切る可能性があるのはギラル副隊長たど判断していたようですし。私が聞いた話ではネム隊長を暗殺する計画はギラル副隊長が中心となって行うようですから」
これには全員が反応した。
「くっ、ははは! 性格悪りぃな。でも、よかったじゃねえか。リベンジ出来るぜ」
「ふーん。ま、予想通りか。僕としてはギラルくんには死んで欲しくないけどねー。どっちにしても1人は死ぬって作戦か」
「一応言っとくけどお兄ちゃんには伝えてるからね。ちなみに建前としては『ギラル副隊長はネム隊長と面識があり、気を許す可能性が高い』だって」
腹を抱えて笑うジェドに少し顔を上げるレート。そして他人事のように話すダリとナリ。この場にはギラルの見方をしてくれる人間はいなかった。
ヤバい。何とかしてこの事を同じ部隊の人に伝えて……伝えてどうする? 他の人を巻き込んでしまえば、その人も一緒に消されてしまう。こうなったらネムさんにテレパシーで伝えて――
バレないように魔力を込め机の下で魔法陣を展開する。しかし展開した直後、魔法陣にヒビが入り割れてしまった。もう一度繰り返すが結果は同じだった。
どうして? 魔法陣は間違っていない。発動に必要な魔力も充分なはず。そもそも魔法陣が割れる現象なんて聞いたこともない。
「ギラル副隊長。一応伝えておきますが、この部屋の中ではあなたの魔法は使えません。私たちが転移した際にそのような魔法を発動しておきました。ところで、先ほどから焦った表情をしていますが、どうかいたしましたか?」
ギラルを見つめ、思い出したかのように伝えるナリ。その言葉に反応してギラルの頬に汗がつたう。
完全に詰んだ。もうこの計画を引き受けるしかないんだ。
「もう諦めてくれましたか?」
うなだれるギラルを見てナリは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。
「勘違いして欲しくはないのですが、私たちは彼女が嫌いだからこの計画を行うのではありません。全てはこの国に住む全員が安心して暮らせる日々のため。そのために狂い始めた歯車を修理するだけです。それに――」
ギラルのすぐ横まで来たナリはギラルの耳元に顔を寄せた。
「邪魔者を消せば、あの子を独り占め出来るかもしれませんよ」
その言葉にギラルは顔を上げ、ナリの方を見る。その反応を見たナリは優しい口調で話を続ける。
「家族の一員としていつも近くで見てきた。だからこそ想いを伝えることが出来なかった。その気持ち、痛いほど分かりますよ。ですが遷座一隅のチャンスが訪れました。兵器として一段と強くすることができ、孤独になった彼女に寄り添うことが出来る。そして、それら全てを命令という言葉のせいに出来る。ギラル副隊長は今まで自分を押し殺して周りを優先させてきた。少しくらいワガママになってもいいと私は思いますよ」
本来ならばこの甘い言葉を否定しなければならなかった。しかし、否定できなかったのはナリの言葉が全て核心をついていたからだろう。どうすることも出来ず、震える口をゆっくり開く。
その時だった。
ギラルの右隣の席に複数の魔法陣が展開された。
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