第58話

 特徴的な丸眼鏡。それほど長くない灰色のポニーテール。そして何年も着てヨレヨレになったコート。これまでずっと見てきたギラルの想い人、メレアだ。肘掛けに手を置き堂々と座るメレアはゆっくりとその場にいる人間の顔を見た。


 全員が静かに様子をうかがうなか、メレアは口を開いた。


 「Ladies & Gentlemen! あたしが特殊部隊副隊長メレアだよー! ほとんどが初めましてだね」


 地下の会議室に似合わない、明るく元気な声で挨拶するメレア。


 なぜ彼女がここにいる? それにこの場所をどうやって知った? まだ裏切り者がいるのか?


 様々な疑問がそれぞれの頭の中に浮かび、全員が警戒態勢を取る。


 「メレア副隊長。少しいいですか?」


 ひりついた静寂を破ったのは第1部隊副隊長のナリだった。メレアを視界に入れつつゆっくり自分の席へと向かう。そして席に戻ると腰を下ろして話を続けた。


 「まず、あなたはこれが何の集まりかご存じですか?」


 「ううん、知らない。でも見た感じ全員隊長か副隊長だなって思った」


 「そうですか。では次に、この場所をどのようにして知ったのですか?」


 「少し前かな。ギー君が夜に1人で聖堂に行ってるって噂聞いたことがあってさ。そういえば靴下大量に作ってあげたなーって思い出して。それで靴下辿ってみた」


 「……靴下を辿る? どういうことですか?」


 「うん。あたしが手作りした物には特殊な効果があって、そこにいなくても周りの景色や音を感じることが出来るんだよねー。まさか聖堂の地下にこんな施設があるなんて考えもしなかったよ」


 「なるほど。ということは先ほどの話も聞いていたと言うことですね」


 「あー、ネムを殺すとかの話でしょ? 聞いてたよ。にしても最近ネム人気凄いよねー。今日だってさ魔王と――」


 「質問は以上です。謎も解決しましたし、私たちもそれなりの対応をさせてもらいます」


 メレアの話を遮ったナリは立ち上がる。そしてメレアに向けて魔方陣を展開する。それに続くように3人も立ち上がり同じように魔方陣を展開した。危機的状況にもかかわらずメレアは座ったまま笑顔で4人を見つめる。


 「ま、そうなるよねー。だから、あたしも頑張ったんだよ」


 メレアがそう言った瞬間天井に大きな穴が開いた。道具を使ってくり抜いたような綺麗な丸い穴。それは地下室の天井を貫き、聖堂の天井すらも貫いていた。衝撃波で地下室を灯していたランプが割れ、部屋の中が闇で満たされる。


 「


 正八角形の机の上に降り立った少女は暗闇の中で魔方陣を展開する。すると地下室の壁に火の灯った大量のろうそくが現われた。

 暗かった部屋が光で満たされる。それと同時に隊長たちの顔が凍り付く。


 返り血で染まったような赤い髪の毛に獣のような鋭い目。大人っぽい顔立ちに子供らしさを感じる黒いリボン。ろうそくの炎に照らされる黒いドレスはいつもより一層不気味さを感じる。


 メレアに向けられた魔方陣は魔王に向けられ発動された。多様な攻撃が魔王を襲う。しかし魔王に当たる直前で魔法は軌道を変え、前に突き出した人差し指へと集まっていく。全ての魔法が1つに凝縮され小さな光の球に変化してしまった。


 「うーん……ルクス様と同じかそれ以上の人間がいるかも知れないと言われてきたのですが、正直がっかりですわ。全員が全員、牽制程度の魔法をわたくしに放つとは。『もともと別の人に放つ魔法だったから』とか『地下室だから』とか言い訳はあると思いますが、やはり可哀想ですわ。強者なら強者らしく自由に感情のままに戦っていただきたいですわね」


 小さな光の球に自身の魔力を加え大きくしつつ、残念そうに話す魔王。かなり期待して来たのだろう。理想と現実の差に失望するのを隠せないでいた。


 「とりあえず、これはお返しいたしますわ」


 握りこぶし程度まで大きくした光の球を4つに分割する。それを4人に向けて放った。放たれた魔法は命中し地下室に轟音が響き、砂埃が舞う。爆風の影響で一瞬部屋は暗闇に満たされたが、すぐに魔王の力で再びろうそくに火が灯される。

 砂埃が少しずつ収まっていき、徐々に壊れた正八角形の机やヒビの入った壁があらわになってくる。そんな状況でも4人は立っていた。


 「なるほど、4人とも全く違う方法で止めましたわね。黒いキノコの人は魔法を魔剣に変換して、隣の野蛮な方は生身で受け止めた用ですわね。本当に見た目通りの防ぎ方ですわ。女性の方は空間ごと魔法を削り取ったように見えましたわ。そして青髪の方はわたくしにカウンターを仕掛けましたわ」


 不気味な笑みを浮かべながら魔王は4人の魔法を解説する。その胸の辺りに黒い魔力の塊が彼女を守るように広がっていた。よく見ると魔力の塊に黒い針のような物が刺さっていた。しばらくすると針は形を保てなくなったのか、煙のように消えてしまった。


 「そのまま反射するのではなく、わたくしの魔力を使って色や形、速度を変えて攻撃する。面白いですわね。あなたには私の男友達になっていただきたいですわ」


 「あー、気持ちは嬉しいんだけどさ。君って明らかに面倒くさいじゃん。これ以上面倒くさい女の子が増えるのはちょっと……」


 「お兄ちゃん。もしかして私のこと言ってない?」


 「ほら、すぐそうやって怒る」


 本人に分かるように悪口を言うダリ。そんなダリを強く睨むナリ。

 ダリの作戦ではあえて魔王を煽って意識を自身に向ける。そのための言動だった。しかし、それが物事を悪い方に進めるトリガーになるとは思わなかった。


 ダリがふと魔王を見る。すると魔王は目を輝かせながら兄妹を見ていた。ダリの視線に魔王が気付くと恥ずかしそうな表情をする。


 「失礼。これはお恥ずかしいところを見せてしまいましたわ。そうですの。お二人は血の繋がった兄妹なのですわね。仲もよくて本当に羨ましいですわ。兄妹……本当にいいものですわね。わたくしは気がついたときには一人ぼっちだったので憧れますわ。上に兄がいると困ったことがあっても助けになってくれそうですし、下に妹がいると一緒にお買い物とか出来そうですわね」


 両手を頬に当てながら体をくねらせる魔王。きっと兄妹が出来たときのことを考えているんだろう。だか何かに気付いたのか、途中で動きを止めた。


 「そうですわ! どちらかを殺してわたくしが代わりになればいいのですわ!」


 目を見開き、不気味に笑う魔王。次の瞬間、兄妹に向かって突進していた。魔王の空気に飲まれたせいか、全員魔方陣を展開するのが遅れる。そんな状況で1人の男が兄妹の前に割って入った。


 「あなたには用はないのですが。これ以上私わたくしの邪魔をするのであれば弱者でも容赦は致しませんわ」


 突進してきた魔王の腕を腕を掴みながらジェドは言う。それに魔王はイラついた表情で見上げた。


 「はっ、この俺が弱者か。よかったら理由を教えてくれよ」


 「わたくしより弱いから弱者なのですわ」


 「そうかよ。俺は隊員を見捨てねぇ。それがお前の言う弱者だったとしてもな」


 「誰もそんなこと聞いていませんわ。暑苦しいので少し黙って――」


 「今だ、レート!」


 ジェドのかけ声に合わせて部屋の隅で立っていたレートが魔方陣を展開した。魔方陣の光が消える頃にはジェドの姿は小さな人形に変わり果てていた。


 「なるほど。何をするかと思えば古典的な方法ですわね。そして後方から来る斬撃も」


 人形化しない魔王を背後から魔剣で斬りかかるレート。それを見切っていた魔王は華麗に避け、蹴りを入れる。油断していたのか蹴られたレートはそのまま飛ばされ、入り口付近の壁に叩きつけられた。カランと気を失ったレートの手から魔剣が滑り落ちる。ジェドも人形になったまま動かなくなってしまった。


 「もう終わりですの? 先ほども言いましたがメレア様にルクス様と同じかそれ以上の人間がいると聞いて参りましたのですわ。ご兄妹は魅力的に感じましたが、他の2人は話になりませんわ。あれで部隊のトップが務まるなんて、よほど隊員に恵まれているのですわね。弱者を殺すのはわたくしの信念とは異なりますが、今回ばかりは自身の無力さを味わせてやいたいですわ」


 「まあまあ、その辺にしときなよー。この人たちだってきっと『夜遅いから』とか『場所が狭いから』とか、いろいろ言い訳があるんでしょ」


 「確かにそうですわね。なら1度出直した方がいいのかも知れませんわね。弱者にとっての理想的な時間に理想的な場所で、理想的なコンディションで叩きのめすのが1番ですわ。そうですわ! この弱者が見捨てないと言っていた隊員を目の前で殺して魅せるのはいかがでしょうか? そうすれば、次はこう言い訳してくれるのでしょう? 『隊員を守ろうとして本気を出せなかった』って」


 「あのさ。2人で盛り上がっているところ申し訳ないけど。俺たちのこと忘れてない?」


 2人の楽しそうな会話にダリが割って入る。2人がダリを見ると地下室の壁や床、くり抜かれた穴の壁面までに1000を超える小さな魔方陣が展開されていた。


 「あんまり本気は出したくないんだけどさ。目の前で逃げられましたなんて報告できないんだよね」


 「あいにくわたくしは好きな物は最後に食べる主義なのですわ。それにあなたも本気で私と戦う気はないのでしょう?」


 「あ、バレた?」


 「当たり前ですわ。ちなみに妹様がわたくし以外の全員に防御魔法を発動しているのも気付いていますわ」


 魔王はそう言って不気味な笑顔を浮かべながらナリを見つめる。魔王の言ったことが当たっていたのか、ナリは気まずそうに魔王から目をそらした。


 「おそらく爆発魔法ですわね。とりあえずわたくしたちは退散させていただきますわ。では、お休みなさいませ」


 「じゃあね」


 兄妹に対して手を振りながらそれぞれが転移魔法を発動させる。ダメ元でダリは魔方陣を発動させるが、天井が崩れ落ちる前に2人の姿は消えてしまっていた。

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