第59話

 「いやー、今日はありがとねー。お陰であいつらの作戦阻止できそうだよー」


 転移魔法で国の外に転移した2人。月の光が草原を静かに照らす。

 メレアの魔力が感知されて、魔王が住んでいる場所がバレないようにするために選んだ場所だ。しかし2人の間に妙な緊張感が流れる。


 「いえ。どのような罠が仕掛けられているかと楽しみにしていたのですが、まさかただ呼び出されただけとは思いませんでしたわ。ですが、あの兄妹とも巡り会うことが出来ましたから良しとしますわ。にしても、どうして私のいる場所が分かったのですか? 最初から知っていたようには見えませんでしたし」


 「それは『これ』のお陰だよ」


 メレアはコートのポケットから聖騎士団の紋章が入ったバッチをいくつか取り出した。


 「何ですの? 一見普通のバッチに見えますわ」


 「うん。これをいろんなお店とか道に置いて帰ったんだよ。誰にも気づかれずに入国する方法はあるらしいし、ルクスを付け回すなら毎回外から来るより、国の中にいた方が楽かなって。バッチには効果があって、そこにいなくても近くの景色や音を感じられるんだ」


 「なるほどですわ。ばら撒いたバッチを付けた人間がメレア様の目となり耳となり情報を集めたのですわね。素晴らしいですわ。わたくしとの戦いで疲れ切っているにもかかわらず、街中にある目と耳に意識を注ぎ、いるかどうか分からない私を全力で探した。その熱意は素敵ですし私も嬉しいのですが、少々やり過ぎですわ。偶然バッチを拾った人間が偶然あの店に入る。私のせいで人通りが少なくなったのもあり、確率としてはかなり低かったはずですわ。それでも辿り着いたということは、かなりの数をばら撒き、それら全てに意識を注いでいたことになりますわね」


 「運良く話を聞き流すイベントと周りの知能が低くなるイベントがあってさー。正直助かったよー」


 ヘラヘラ笑いながら魔王に種明かしをするメレア。月明かりに照らされたその顔には隠しきれない疲れが表れていた。


 「わたくしにはメレア様がそこまでする理由が分かりませんわ。私はあなたの絶望した顔見たさで、あの太った女を殺したいと言いましたが今は少し違います。私以外が原因でそんな顔をするのが許せませんわ。強者の犠牲のもとで生きる弱者は排除されて当然ですわ。一刻も早く愚かな弱者から解放してあげたい気持ちでウズウズしてしまいますわね」


 「まあまあ。焦ってもいいことないよー。それにネムを殺すことは出来ないよ。だって、あの子にはカルネドが関わってるし」


 「……カルネド」


 「あれ? もしかして知らない?」


 「知ってるに決まっていますわ。と言うより、忘れたくても忘れられませんわ」


 メレアの問いかけに魔王は怒りと悲しみが混ざり合った複雑な笑みを浮かべる。目を見るメレアに対して、魔王はどこか遠くを見ながら話を続けた。


 「関わってるとは具体的にどのようにですの?」


 「本人の欲を素直に言ったんだよ。そしたら物事が一変しちゃって。あたしもネムを疑っていたわけじゃないけど、気づいた時にはもう遅くて。結局あんな感じに喧嘩売ることしか出来なくて……」


 「そうですわね。日の出ている間はわたくしたち本気で敵として戦っていましたのに。今ではこっち側の人間となり、コートを血で染めた相手に弱音を吐いている。まったく不思議な状況ですわね……例えばですが、


 その言葉に反応して慌てて魔王から距離を取るメレア。すぐに脳内で作戦を考えるが、魔王と戦うどころか無傷で逃げ切ることすら難しい。せめてメレアの魔力が少しでも回復していたならば状況は違っていた。

 魔王の次の行動を予測するメレアの頬に汗がつたう。こうなる可能性を考えていなかった訳ではない。それでも、あの隊長たちからネムを守るには魔王の存在を利用するしかない。そう考えたときには転移魔法を発動していた。


 今日、魔王が現われたその時から全て咄嗟の判断に任せている。自分の中では最善の策を選んできたつもりだ。それでも、その咄嗟の判断によるしわ寄せが現状を作りだしている。


 「ふっ……あははっ!」


 じっと睨むメレアを魔王は笑う。そのまま睨んでいると魔王は首を横に振りながら話を始めた。


 「これほどまでに弱ったメレア様を攻撃するわけがありませんわ。私は対等な関係になれる相手を探していますの。今のメレア様のように疲れきって、判断能力も落ちた人間は相手にしませんの。そもそも殺すことだけが目的ならば、とっくに殺ってますわ」


 「だったら何で今そんなこと言ったの?」


 「いえ、あまりに哀れでしたので。それにメレア様が自信を持って育てているあの3人の陣形。わたくしとしてはあの陣形の完成形を見るまでは皆様には生きていただきたいのですわ。そして完成された陣形を完膚なきまでに潰して魅せる。そうすることがメレア様にとって1番絶望する結果になる。そう思ったのですわ。ですから、私はしばらくの間3人の味方になりますわね」

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