第60話

 「……ケホッ」


 目を覚ますと部屋の中は薄暗かった。まだ朝じゃないことに気付いた私は寝返りを打ち、枕に顔をうずめる。ベッドが傷んできているのか姿勢を変えるたびにギシギシと変な音を立てる。


 珍しいな。私が太陽が昇る前に起きるなんて。そういえば昨日はいろいろあったな。ルクスの後を付けている女性を探していたらその正体が魔王だったり、聖騎士団が到着する前に戦闘が始まったり。結局、魔王とはメレアが主に戦ってくれて、私たちが駆けつけた少し後くらいに魔王の方が逃げたんだっけ? その後はお菓子買ったり、聖騎士団長に怒られたり、最後はお酒飲んで大騒ぎした気がする。


 「ゴホッ! ゴホッ!」


 何だろう。今日はよく咳が出る。ちょっと埃っぽいのかな? いや、そんなわけはない。部屋の掃除は使用人さんたちが私たちのいない時にやってくれている。城に仕える使用人さんたちが掃除した部屋が埃っぽいなんてあり得ない。どうせ、昨日酔って変な所で寝たんだろう。


 「ゴホッゴホッ! ゴホッ!」


 ダメだ。うがいしよう。これじゃ気持ちよく二度寝出来ない。


 喉に限界を感じた私は諦めてベッドから起き上がる。しかしベッドから降りることはなく膝立ちの状態で固まってしまった。

 もう慣れたはずの大きなベッド。明らかに高級そうな寝具一式。そして不安になるほど広い部屋。その全てが変わり果てていた。


 動くたびにギシギシと鳴る古いベッド。部屋の大きさも実家の私の部屋くらいの大きさしかない。部屋の片隅にある小さな机と椅子は誇りを被っていて、遠目で見ても少し斜めっているのが分かる。窓はついているけど、生い茂る木のせいであまり日光が入らない。それが原因で床も壁の色も全部落ち込んだように見える。


 「……」


 ここは城じゃない。実家の私の部屋でもない。それは分かる。じゃあ、ここはどこなの?


 コンコンコン


 現状が理解できていない私にノックの音が追い打ちをかける。すぐに武器になりそうな物を探すけど、物も少ないし知らない部屋だから何があるかも分からない。どうすることも出来ない私は咄嗟に布団をたぐり寄せ、即興の盾を作る。


 「失礼します」


 聞き覚えのある声とともに扉が音を立てながら少しずつ開いていく。


 「あれ? サーラじゃん」


 「おはようございます。起きていらしたんですね」


 扉の間から顔を見せたのは髪をポニーテールにし口元に布を巻いたサーラだった。手にはバケツと箒を持っていて、服装もいつもの使用人の服ではなく地味な長袖と長ズボンだった。

 状況が分からなくて固まる私と違って、サーラは何か覚悟をしたような顔だった。


 「サ、サーラ?」


 「ネムさん。申し訳ありませんが、すぐに起きて布団ごと外に出ていただけませんか? 思っていたよりも手強そうで、下手すると今日中に終わらない気がしてて。正直なところこのやりとりをしている時間も惜しいです」


 「う、うん。分かった。すぐに出るね」


 サーラの気迫に押された私は、すぐにベッドから降り、布団を担いで外に出た。あまりにも布団を運ぶのに苦労する私を心配してくれたのか、見ててイライラしたのかサーラも手伝ってくれた。

 外に出ると手作り感満載の物干し竿にいろいろ干すメレアの姿があった。


 「おはよー、起きたんだ」


 「う、うん」


 私に声をかけるメレア。その表情は明らかに疲れていた。


 凄い。あのメレアですらサーラの言うことに従っている。もしかして私が寝ている間に上下関係が変わったのかな。


 そんなことを考えながら3人で協力して布団や服などを干していった。サーラは作業が終わるとすぐに家の中に戻っていったけど、私とメレアはそこら中にある切り株に腰をかけた。

 真新しい断面と1カ所に固められた切り倒された木たち。そしてその近くに大量のツタや瓦礫が集められている。多分これ私が寝ている間にやったんだと思う。かろうじて日当たりのいい場所は作れたかも知れない。でも、問題はまだたくさんある。中は埃だらけだし、外観だってお化け屋敷感が残っている。雨漏りもしているだろうし、床が抜けるのだって時間の問題だろう。


 「何でこんな所に――」


 ずっと疑問に思っていたことを口に出す。しかし、その答えを知っていそうなメレアは切り株に座ったまま眠ってしまっていた。起こそうと近寄ったけど、すぐに向きを変えて私物が山積みされている場所に足を進めた。


 メレアはすぐ無理をする。無理して笑うし、無理してふざけるし、無理して頑張る。きっと今回だって私たちの知らないところで、たくさん無理したんだろう。私はメレアみたいに頭がよくないから事前に防ぐなんてことは出来ない。だから、せめてメレアが弱った時くらいは私が力になりたい。


 「えっと確かこの本の……あった! それで、こうして……ここがこうで……」


 学校で使っていた初級魔法の教科書を開き、慣れない手つきで結界魔法を展開していく。


 メレアには魔法が効かない。だからメレアを守る時はメレアじゃなく、この場所に結界魔法を張らないといけない。メレアにこっそり教えてもらった秘密と二度と使わないと思っていた教科書を開き魔法を発動した。











 「いやー、お疲れさまー。とりあえず住める状況にはなったね」


 日が暮れて食堂らしき場所に集められた私たち。私とサーラの正面に座るメレアの顔色は日中と比べて良くなっていた。

 眠ったメレアを守る結界を張った後、私はサーラを手伝いに行った。幸い昨日から同じ服を着ていたから汚れるのを気にせず作業に取り組めた。ルクスに嫌がらせをするために着た食べこぼしの汚れの付いたトレーナーと穴の開いたズボンだったけど、まさかこんな風に役に立つとは思ってもいなかった。


 覚悟を決めてサーラの手伝いをしに行ったけど、中は埃が凄いだけで意外と普通だった。私が寝ていたベッドやいくつかの家具は傷んでいて捨てた方が良さそうな物だった。でも、今座っている椅子やテーブルは埃を拭き取ってしまえば新品とあまり大差は無かった。外観だってボロボロで明らかに傾いているのに、中に入ると平坦で隙間風1つない。誰が建てたかは知らないけど、建物自体に凄い魔法が施されているんだろう。そして、この技術の結晶を放置出来るという度胸。絶対私たちと同じレベルの人間じゃない。


 「あ、そうだ。2人とも気付いていると思うけど、明日からあたしたちこの家に住むから」


 「それは気付いていたけど……で、何日くらい住むの? 私としては出来るだけ早く城に戻りたいんだけど」


 「城に戻れるのはずっと先だよ。しばらくは国にも戻れない」


 「え、どうして?!」


 衝撃の事実に思わず身を乗り出してしまう。


 てっきり特殊部隊に新たな依頼が来て、そのための仮拠点だと思っていた。それなのに、しばらく戻れないなんて。私は掃除の途中にメレアの様子を確認しつつ、少しだけ散歩した。辺り一帯、少なくとも私の結界の範囲内は木と虫しかいなかった。近くには川はあったけど他には何もない。私が今までいた環境から1番真逆の環境だ。こんな所で生活していく自信なんてない。


 「超簡単に言うとねー。今回の魔王との戦いで家凄く壊したじゃん。その責任があたしたち特殊部隊にあるみたいな話になっててさー。罰じゃないけど、しばらく国から追い出されることになりました的な?」


 「は? 私たち何もしてないじゃん! むしろ魔王の攻撃を防いで最終的に追い返したじゃん! 自分たちが何も出来なかったからって私たちの責任にするのは間違ってる! ちょっと私、文句言ってくる」


 「落ち着きなよ。もう外暗いし、それに距離凄いよ。辿り着く頃には5回は夜が来るし。仮に辿り着いたとしても、追い出された人間が乗り込んできたら正式に防衛として攻撃されるよ」


 「でも違うことは違うって言わないと! それに変な噂が流れたら店が潰れるかも知れない。いわれのない嘘でパパとママに迷惑かけたくない」


 「大丈夫。それについては作戦を打ってあるから」


 「へ?」


 今にも泣きそうな私にメレアはゆっくり話しかける。その声が私の高ぶった感情を落ち着かせた。


 「国の外に逃げるってなった時、力を貸してくれる人がいてさ。ネムたちをこの場所に転移してもらった際に、ついでに頼んでおいたんだよ。『特殊部隊の隊員には家族はいない』って国民にすり込ませてって」


 「ほんと?」


 「ほんと。それに、その人ネムの家で働いているから何かあっても守ってくれるよ」


 「用意周到ですね」


 「違うよ。全然予定とは違う。気付いた時には手遅れで……それしか選択肢がなかっただけだよ」


 そこまで言ってメレアは少しだけ悲しそうな顔をした。あれだけボロボロになって頑張っても、メレアの求めていた未来には遠く及ばないんだろう。


 私は『史上最強の眠り姫』だ。でも起きている間は普通の人より弱いし、寝ると攻撃を防ぐこと以外何も出来ない。もともと疲れるのは嫌だし体を動かすのも嫌だ。根性もないし、弱気だし、頭だって悪い。

 カルネドから能力をもらっても、それは変わらなかった。考えることを放棄しているくせにメレアには文句を言う。その結果が親友を悲しませている。今の私にメレアを心配する資格はない。あるのはメレアに全てを背負わせていることへの罪悪感と、メレアの望む未来に近づけなければならないという使命だ。


 「メレア――」


 静寂に包まれた部屋で私は言葉を発した。でも、その後が続かない。「ありがとう」「今までごめん」「メレアのやりたいことを言って」頭に浮かんだ言葉が全て間違いのような気がしてきた。


 正解の言葉は何? ううん。もしかしたら言葉をかけること自体間違っているかも知れない。今まで数々の困難を乗り越えてきたはずなのに、親友にかける言葉すら分からないなんて。何が『史上最強の眠り姫』だ。こんなのただの臆病な愚か者だ。メレアが望む未来の前に私はメレアに並ぶ必要がある。いつも私を守るために前を全力で走ってくれるメレアの隣に。


 「私なるから。『史上最強の眠り姫』に」


 真っ直ぐメレアの目を見つめて、そう言った。少し驚いたような顔をしたけど、すぐに笑顔で私を見つめ返した。それは無理のない、とても自然な笑顔だった。


 「うん。待ってる」

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史上最強の眠り姫 栗尾りお @kuriorio

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