第3話

 史上最強の魔女、カルネド。学校の魔法の授業で習ったことがある。誰よりも多くの魔法を使い、誰よりも強い魔力を持ち、時に人を助け、時に厄災をもたらす。

 魔法に携わっているなかで彼女の名前を知らない者はいないし、まだ学校に通ったことのない小さい子でも名前くらいは知っている。私が通っていた学校にも彼女に憧れている人もたくさんいたし、逆に彼女を忌み嫌う人もいた。


 そんな最強の魔女から私の願いを叶えると言ってきた。ならば私の答えはこれしかない。


 「


 「へ?」


 いたずらっ子のような笑みのまま、間抜けな声を発した。私が断ったのがよっぽど意外だったのだろう。動きを止めたまま目をパチパチするだけだった。


 確かにカルネドは有名な魔女だ。しかし、実は誰も彼女の顔を知らない。あまり人と関わることがなく、常にローブを深く被っていて顔を隠していた。それにほとんどの人が遠目で見ただけらしい。

 だから、目の前にいるこの女性はカルネドではなく、ただお腹を空かした女性だってことも十分あり得る。それに彼女が活躍していたのはずいぶん前のこと。実は死んでしまったなんて噂もあるくらいだ。


 「で、でもさ、私カルネドだよ! 自分で言うのもあれだけど結構有名だよ! そんな私が願いを叶えるって言ってるんだよ!」


 「でも、本物か分からないじゃないですか。人と関わることなかったそうですし」


 「……てたから」


 「え?」


 「何度も言わせないでよ! 昔は人と関わらない方が格好いいって思ってたからって言ったの!」


 「はい?」


 「だってそうじゃん! 街を救った次も日に近所の人たちと世間話するなんて格好悪いじゃん! 何というか天才故に孤独というか、1人で自分の世界を生きるというか……そっちの方が格好いいて思ってたんだよ!」


 身振り手振りを交えながら必死に訴えてくる。そこにはお腹減って死にそうだったさっきまでの女性の姿は一切なかった。


 「……でもね、人と関わらなかったら意外とみんな忘れちゃうんだよね。街を救ってしばらくは『カルネド』『カルネド』って言ってたのに、おしゃれな店が出来た途端みんな私を忘れてその店の話ばかりするんだよ! 何?! 私の功績はその店以下なの?! 私がいなかったらその店出来なかったでしょ!」


 「……ええ、まあ」


 本人は真面目に訴えてくるけど、本音を言うと私に言われてもって感じはする。それに多分だけどこの街の話じゃない。


 格好をつけるためにわざと人から距離を置き、自分の人気がおしゃれな店に奪われると怒る。挙げ句の果てにパン屋の前でお腹を空かし、動物の餌にもなるパンの耳を美味しそうに頬張る。……凄い。これまでの私の中のカルネドのイメージ像を粉々にするには十分すぎるエピソードだ。彼女のことを尊敬すると言っていたクラスメイトがこの姿を見たらさぞ悲しむだろうな。どうかこの人が本物のカルネドでありませんように――


 「それで、威厳を取り戻すために活動を再開したってわけ。さあ、早く願いを言ってごらんよ。私が叶えてあげるから」


 「だから、お断りしますってば」


 「何でよ! これで23人目だよ! みんな欲がないの?! 何でも願い叶うんだよ?! ほらもっと正直になって! 本能をむき出して! 欲望のままに願いを言っちゃって!」


 「じゃあ……もうどっか行ってください」


 「そういうのじゃなくて! いい加減人に話しかけるの疲れたんだよ。心なしか警備も強化されているし。昨日だって騎士みたいなのに追いかけられるし」


 そう言えば、昨日ママがローブを着た怪しい人がこの辺りに出たって言ってた気がする。多分、いや絶対この人だ。ってか怪しい人が出たなら娘に1人で留守番させるなよ。だから店の手伝いするの嫌なんだよね。今日だって起こされなかったら、こんな事になってないのに――あっ、そうだ!


 「あのー、願いを叶えてもらうのに何かデメリットってありますか? 寿命が削られるとか身長が縮むとか……」


 「別にないけど、どうし――あ! もしかしてこの流れ来た?! ようやく来た?! ねえ、どうなの? ねえってば!」


 一瞬不思議そうな顔をしたと思ったら目をキラキラ輝かせて距離をつめてきた。これだけ感情が顔に出る人も珍しい。ちょっとウザいけど悪い人じゃないんだろう。

 私の中では疑いは完全には晴れてないけど、これで満足してどこかに行ってくれるなら十分だ。


 「私の願いは――」

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