第4話

 「ってことがあってさー」


 カウンターに肘をつき、午前中にあったことをそのまま伝える。

 この店は午後になるとお客さんがほぼいなくなる。そのことを知ってか私の友達、メレアは店を訪れる。


 整った可愛い顔に特徴的な丸眼鏡。それほど長くない灰色の髪を後ろでくくり、ヨレヨレのコートを羽織ってやってくる。手足も細く綺麗なのに、服のせいで台無しになっている気がする。

 メレアとは学生時代からの友達で、その時からほぼ毎日同じ服を着ていた。本人に服を買いに行こうと言っても「たかが布でしょ? 服なんて捕まらなければ何でもいいじゃん」と私の誘いを断る。

 自分のやりたいことに忠実でよく振り回された。それに意味もなく私をからかって遊んでくる。でも、困った時には力になるってくれるし、実は結構いい子だ。


 椅子に座りながらどうでもいいことを話す私とカウンターにもたれかかってそれを聞くメレア。このパン屋ではお馴染みの光景だ。


 「で、自称魔女さんに何て頼んだの?」


 「えーっと、何だっけ? とにかく帰ってもらいたかったから適当に言った気がする」


 「ダメじゃん。せっかく叶えてくれるならもっと、しっかりとした願い言わないと!」


 「例えば?」


 「例えば、痩せ……じゃなくて、贅肉を……じゃなくて体重が……体型を……ふぅ、何でもない」


 「『ふぅ』じゃないよ! ねえ! わざとじゃん! そこまで言ったならはっきり言ってよ!」


 「いやー、流石に傷つくかなーって」


 「変な優しさいらないよ! むしろその優しさが傷つくよ!」


 「ほらほら、あんまり怒んないの。ネム、パン屋の看板娘でしょ?」


 「誰のせいだよ!」


 私のツッコミが店内に響く。この時間にお客さんがいなくてよかった。本当に彼女の自由っぷりには困らされてばかりだ。


 「まあ、それはそれで……今おじさんとおばさんいる?」


 急にトーンを変えて私に尋ねる。


 「いないけど。どうして?」


 「私って体質の関係でよく騎士の人に補導されるでしょ? 今日もここにくる途中で補導されて。その時聞いたんだよね」


 「何を?」



 「



 5年前、この国を襲った最悪最恐の魔王。その言葉を聞いただけで背筋が寒くなる。


 返り血で染まったような赤い髪。獣のような鋭い目。一見無垢な少女に見えるが、彼女の怒りに触れた者は跡形なく消され、辺り一帯が吹き飛ぶ。


 「で、でもさ、この国って上級魔道士が魔法使いにくくする結界張ってなかった?」


 「一応張ってるけど、前来た時も張ってたらしいよ」


 「嘘……」


 「あ、これは噂なんだけど、今張ってる結界は魔王が上級魔道士に教えた新しいタイプの結界らしいよ」


 「え、どういうこと?」


 「前に攻めてきた時にあまりにも古い結界張ってたから新たに教えたらしいよ」


 「魔王なのに?」


 「うん、でも魔道士たちの実力的に無理だったらしくて、怒った魔王は街を破壊して帰って行ったとか」


 「……それ絶対誰かの作り話でしょ」


 「その時の怪我人は1人もいなかったんだよね。街のあちこち破壊されたけど、全員安全な所に避難してたんだよね。すごい変でしょ? まるで、魔王が住民を避難させたかのような」


 「だとしたら魔王何やりたいの?」


 「知らない。すごい暇だったんじゃない?」


 「……暇って」


 でも、確かに被害が出る前に全員避難したって話は知っている。少し不思議だなとは思っていたけど魔王レベルの存在がそれをしたというなら納得はできる。でも、彼女の行動の意味は分からない。


 「考えても無駄でしょ。どうせ相手は魔王なんだし」


 「確かにそうだね。でさ、話変わるけど何で私の目の前にずっとメロンパン置いてるの?」


 このパンはメレアが店に来た時に買ったパンだ。せっかく紙袋に入れて渡したのに、話の途中でパンを出し紙袋の上に置いた。

 お昼ご飯用のパンの耳を自称魔女に全部あげてしまったのもあり、いつもより嗅覚が冴えている。私の視界の中ギリギリ入る位置からずっと美味しそうな匂いを出している。魔王の話をしている間もずっとメロンパンの存在が気になって仕方なかった。


 「いやー、お昼食べてないって言ってたから」


 「もしかしてくれるの⁈」


 「まさか。目の前に置いていたらどんな反応するかなーって」


 「……で、どうだった?」


 「最高! 話の途中からずっとパンばっか見てたよ。パンに向かって友達に話す練習をしてる人だった。ほんと、可哀想で涙出そうだった」


 そう言いながらケタケタ笑うメレア。本当に昔から変わらない。どこまでも好奇心に忠実だ。


 「まあいいや。それあげる」


 「いいの?」


 「パンに話しかけるネムを十分見れたし」


 嬉しそうに手を伸ばすが、その一言で動きが止まる。

 どうしよう。このまま手を伸ばせばメロンパンは食べれる。でも、私のプライドが……食欲ごときに負けたくない。


 数秒迷った結果。メロンパンを手に取った。すごく屈辱的だけど食欲には勝てなかった。こんなのだからママに言われるのかな?


 「……ねえ、私ってそんなに太ってる?」


 「いきなりどうしたの?」


 「ママにも、最近太ってるって言われてさ。自分ではそんなにだと思ってるけど」


 「ネム丸顔だからじゃない? 気にするほどじゃないと思うけど。あ、でもたまに坂の上から転がしたらどこまで転がるかなって思う時はある」


 「そんなこと思ってたの⁈」


 「たまにだよ、たまに。1日5回あるかないか」


 「結構あるじゃん!」


 「それだけ元気だったら心配する必要ないね。それじゃ私帰るから。さっき言ったことおばさん達に伝えておいてね」


 「分かった。気をつけてね!」


 「はーい!」


 カウンターにもたれるのをやめドアへと歩いていくメレア。肘をつくのをやめ、手を振って彼女を送り出す。


 カランコロンとドアに付いているベルが鳴り、その後静けさがやってくる。いつもは何とも思わないのにメレアが帰る時だけこの音が少し寂しく聞こえる。


 「……さてと、寝るか」


 ママが帰ってくるには時間がある。お客さんが来たらベルの音で気づくだろう。それまで何もすることがない。

 そう考えた私はカウンターに突っ伏し、静かに目を閉じた。

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