第39話
「私がやるの?」
「うん。ネムとサーラの2人でね。眠ったネムをサーラが振り回すって感じかな」
は? 私の聞き間違い? うん。多分そうだよね。まだ朝も早いし、ギラルさんの所ではしゃいでいるみんなを見てちょっと疲れたし。それにさっきまで怖すぎて訳わかんないことなっていたし。きっとまだ頭が正常に動いていないんだろう。
「ごめん。今何て言った?」
「だから、眠ったネムをサーラが振り回すんだよ。2回も同じこと言わせないでよ」
やっぱり、聞き間違いじゃなかった。それに何か怒られたし……1回で理解できないような常識外れのことを言う人に怒られたくない。
いや、ここで言い争っても何も解決はしない。そうだよ。メレアはかなり魔力を使ってしまった。だから脳が正常に動いていないんだろう。普段のメレアならそんなこと絶対に言わない……こともないけど。多分言わない。
どうせ疲れた頭で思いつきで話しているだけなんだろう。
「メレア、一旦落ち着こっか。まだ魔物の姿は見えないし、きっと少し休めば他の作戦思いつくよ。今は焦らず真剣な作戦を考えよ?」
「ん? 今のが真剣な作戦だよ。あたしは最初っからこの作戦を実行するためにサーラに声をかけたんだから」
「え?」
「眠ったネムはどんな攻撃も防ぐ盾。だったらその盾を持ち運べるだけの力がある人が必要でしょ? そこで選ばれたのがサーラ」
「私ですか? ですが、私には人を盾にするなんてとても……」
「サーラ、聞いて」
メレアはサーラに1歩近づき、両肩に手をかけじっと見つめる。そして優しく語りかけるように話し始めた。
「サーラの力があればネムを運べる。そうすればネムを守ることだって出来るし、盾にすればどんな攻撃からもみんなを守ることだって出来る」
「ねえ、盾になることが前提で話進んでいるんですけど。私の意思がどこにもないんですけど」
「今までその力のせいでたくさん困ってきたと思う。自分自身を恨んだと思う。でもこの作戦はそんなサーラにしか出来ないんだよ。他でもない、あたしの目の前にいるあなたにしか」
「……メレアさん」
目に涙をためるサーラをメレアは優しく抱きしめる。肩をふるわせながら泣くサーラの背中をメレアはポンポンと軽く叩いた。そこには温かい世界が広がっていた。
「え? 待って、おかしいって。何でそんな感動的な流れになっているの? このままだと私振り回されるんだよ。しかも物理的に」
雰囲気に飲まれそうになっていたところを間一髪で耐える。ここで意見を言っておかないと、私はこれから盾として扱われることになる。それだけは阻止しないと。
「他にだって戦い方あるじゃん。近距離はサーラがやってそれを遠距離からメレアがサポートする。私はメレアの近くで寝ていれば完璧じゃん」
「今回はあたし参加しないって言ったじゃん。それにサーラの守りはどうするの?」
「そ、そーだ。そーだ」
2人は抱き合ったまま私に文句を言う。ほんの数十秒前まで泣いていたはずのサーラの目には、もう涙はなかった。
もしかして、嘘泣き? 私を困らせるためにわざとやってない? どうしよ、この一瞬で変な絆が出来ちゃった。ただでさえメレアの相手で疲れているのに、サーラまでそっちに行ったら私はどうしようもなくなる。
「ほら、早く寝なよー。ネムのために女の子にしてあげたんだから」
「え?」
「男の人に体掴まれて振り回されるの嫌でしょ? だからギー君を選ばなかったんだよ」
「あ、うん……ありがと」
そう言う気遣いは出来るのに何で根本的なところが間違えるんだろう。
「よし、じゃあネムも同意したということで」
「あ、ちょっと! 今のはそういう意味じゃ――」
慌てて否定しようとした瞬間、近くの地面に魔方陣が展開された。私たちは顔を見合わせすぐに魔方陣から距離を取った。
ここはいつもいる街の中じゃない。魔法を使いづらくする結界も張っていないし、助けを呼んでも誰かが駆けつけてくれるわけじゃない。魔物だってうじゃうじゃいるし、それを討伐する冒険者を狙う奴らだっている。
敵か味方か分からない場合は一旦距離を取るのが鉄則って学校で教えてもらった。
サーラを守るような陣形を取りつつ、戦闘態勢に入る。何が繰り出されるんだろうと軽快しながら待っていると、魔方陣から人が現われた。
白くて綺麗な肌に気品のある金色の髪。目はエメラルドのように鮮やかな緑色。まるでおとぎ話の中の王子様のような男性。間違いない。あいつ《ルクス》だ。
「はぁ。また、あなたたちですか」
私たちを見つけため息をつくルクス。その言動に少しだけイラッとする。
「ルクスさん、今日はどうしたんですか? 今日は特訓するなんて聞いてませんよ」
「ええ、私も忙しいですから。そんな暇ありませんよ」
聞いてもいないのに忙しいアピールをするルクス。多分他の人ならこんなにムカつかないと思うけど、こいつの前では私の性格は悪くなる。
「じゃあ、用件を早く言ってください」
「……聖騎士団の寮内で何者かが転移魔法を使用したと感知部隊から報告がありました。そこで聖騎士団長が私に犯人を追いかけるよう命令されたので抗して追いかけてきました。確認ですが、敷地内で許可なく魔法を使うことは禁止されているのをご存じですよね」
ルクスは淡々と説明をする。でも、その説明は私を凝視しながらだった。
「あの。私はやっていません。まず転移魔法なんて上級者向けの魔法私に使えるわけないでしょ。そのくらいご存じですよね」
「もちろんです。しかし、その場にいて止めなかったのであれば、あなたも同罪です」
「私魔法使ってないのに、どうして私ばっかり怒られるんですか!」
「失礼。そう聞こえてしまったなら謝ります」
そう言って頭だけで謝る。しかも頭下げたのも一瞬だったし、本気で会釈かと思ってしまった。どう見ても反省しているようには全く見えない。本当こいつ私を怒らせるためにわざとやっている。
「あのー、1つ良いですか?」
隣にいるメレアが軽く手を挙げながら敬語で質問する。誰に対してもタメ口なメレアが敬語を使うなんて珍しい。それに気のせいかも知れないけど声がいつもより可愛い子ぶってる気がする。きっとルクスの見た目に惑わされているんだ。
「何でしょう」
「4日前はどこにいましたか?」
「4日前ですか……確か朝から国周辺の調査をしていました」
「そうですかー。ありがとうございます」
そんなこと聞いてどうするんだろう? 4日前ってメレアが特殊部隊を作るとか言っていた日だった気がする。
あの時にはすでに私を盾にする作戦を思いついていたのかな。にしてもこんな狂った作戦を思いつくなんて。やっぱりメレアは天才だ。普通、私の能力を聞いただけで……あれ? 私能力の事いつ言ったっけ?
私が能力について知ったのは爆弾少年の後。それからメレアに能力の事話す機会はなかったような
「では、他に何も用がなければ私はこれで失礼します」
「用なんてないので早く帰ってください」
「転移魔法」
私がそう言うとルクスは私たちに背を向け、すぐに地面に転移魔法を展開した。1人用というのもあってメレアの使う魔方陣より小さくシンプルだった。
「あ、思い出しました」
光る魔方陣の上でルクスは何かを思い出したかのように振り返ってこっちを見た。
「今回の討伐の準備としてフォーチュンフィッシュについて調べたと思いますが、城に置いてある本はかなり昔の物も多くあります」
「だから何ですか?」
「フォーチュンフィッシュは環境の変化によって個体が減ってしまいました。その代わり今では強く賢い個体しかいませんよ。昔は小隊でも倒せましたが現在では討伐は数十人の部隊で行うのが一般的ですよ」
「え?」
「倒せるといいですね」
そう言ってルクスはにやりと笑った。次の瞬間、転移魔法が発動して魔方陣の光が消える頃にはそこには誰もいなかった。
「あー! ムカつく!」
私の声が静かな草原に響く。いつ魔物が出るか分からない場所で大声を出すのは本当はダメなんだけど、声を出さずにはいられなかった。最後の笑み、あれは完全に私たちをバカにしていた。こうなったら意地でも勝ってやる。そしてバカにしたことを後悔させてやる。
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