第38話

 「あーあ、やっぱりこうなったか。じゃあ、あたしが転移魔法を発動するねー」


 うずくまるギラルさんを横目にメレアはやれやれとため息をつきながら言った。


 へー、メレアって転移魔法使えるんだ。メレアと結構長い間一緒にいるけど、未だに何の魔法が使えるか知らない。転移魔法みたいな上級者向けの魔法は使えるのに、意外と学校とかで習う初心者向けの魔法を使えなかったりする。


 「……待って。じゃあ何でギラルさんの所に来たの? 私の部屋で魔法を使えばよかったじゃん」


 「そうだね。正直あたしギー君が転移魔法使えるか知らないし」


 「ギラルさんの所行こうって提案したのメレアだよね?」


 「うん。前に馬車とか大きな剣とか地面から出していたから大丈夫かなって。ん? あれは空間魔法だっけ? あの魔法じゃ移動には使えない? 応用すれば使えそうな気もするけどなー。ギー君どう思う?」


 「……早く行きなよ」


 ダルがらみするメレアに蚊の鳴くような声で文句を言うギラルさん。最初の方は面白かったけど、いい加減かわいそうになってきた。


 「とりあえず、行こうよ。もう朝日も昇ってくる時間帯だし。どうせ、今日も聖騎士団は訓練だろうし」


 「しょうがないな-」


 軽くため息をついたメレアは右手を前に出した。すると次の瞬間、床に大小様々な大きさの魔方陣が展開された。

 私はこの光景を見慣れてるからそんなに驚かないけど、サーラはそうじゃないみたい。目を大きく見開いてキョロキョロと床を見渡す。何だか懐かしい気持ちになる。私も最初見たときは信じられなかったし。


 「とりあえず2人だけ、目撃情報があった場所に飛ばすねー。あ、噂によると結構凄い所らしいよ。何かヤバいことが起こってたら良い感じに対処しておいて」


 「待って! 後半ふわっとしすぎ! そんなにヤバい所なの?! 良い感じって何?!」


 「あ、質問は一切受け付けないのでー、じゃあね」


 慌てて立ち上がるも、すでに遅かった。メレアが手を振った直後目の前の景色がガラッと変わった。


 白い霧が立ちこめる草原。時間的には朝日が周囲を照らしていてもおかしくないのに、上空に広がる厚い雲のせいで日の光を感じることはない。薄暗さと視界の悪さが不安をかきたてる。

 周囲に警戒しながらも、近くにいるサーラと無意識のうちに肩を寄せてしまう。怖いのは私だけじゃないみたいで、サーラの手も小刻みに震えていた。


 「と、と、とりあえず、手繋ごっか」


 「そ、そうですね」


 震えながら差し出された手を強引に繋ぐ。緊張しているせいか私の手を握るサーラの力はちょっと強かったけど、気を紛らわすにはちょうどよかった。手のひらから伝わるサーラの体温がほんの少しだけ私の不安を和らげる。


 「あ、あの、何か話しませんか?」


 「そ、そうだね。えっと……あ、メレア遅いね」


 「そうですね。何をなさっているんでしょう」


 「本当だよ。このままだと私たちどうな――」


 ガサガサガサッ!


 突如どこからか大きな音がした。びっくりした私はその場にしゃがみ込んでしまった。


 「な、何?!」


 「風ですよ! 風! 木の葉が揺れたんだと思います」


 「この辺、木ないじゃん!」


 「ありますよ! 霧ではっきり見えないですけど、あちらに森があるじゃないですか!」


 「……あ、ほんとだ。ごめん、怖くてあんまり見てなかった」


 「いえ、私も一瞬何が起こったか分かりませんでしたから」


 「でも、何であんな所に森があるの?」


 「……それは森に文句を言ってください」


 「だね。ごめん」


 サーラに引っ張ってもらいながら再びゆっくり立ち上がる。

 にしても、本当に視界が悪すぎる。こんな状況で本当に魔物の討伐なんて出来るのかな?


 「あの、ずっと気になっていたのですが、質問良いですか?」


 繋いでいない方の手を遠慮がちに挙げながら質問をするサーラ。


 「うん、何?」


 「今日討伐する魔物とはどのような魔物でしょうか?」


 「あ、てっきりメレアから聞いてると思ってた。『フォーチュンフィッシュ』っていう魚型の魔物だよ。魚って言ってもあいつらが泳ぐのは空中だけどね」


 「空中を泳ぐ魚……フォーチュンということは占いに関係しているのですか?」


 「それは――」


 「ババーン!」


 説明を遮るように大声と紫色の煙が周囲を包んだ。多分この煙は煙球だ。もともと霧が濃いのに、煙球なんか使われると完全に何も見えなくなってしまう。風で木の葉が揺れた直後に、こんなことされたら泣いていたかも知れない。でも、サーラの質問のおかげで少し落ち着きを取り戻した私はこの派手な登場が誰のものであるかすぐに分かった。


 「メレア、これ何も見えないんだけど」


 「あ、ごめん。魔物に使う用のやつ使っちゃった。今見えるようにするからね」


 すると足下にぼんやり魔方陣が展開されるのが見えた。

 しばらくすると、上空から光が差し込み、メレアが間違って発動した煙球も、私たちを怖がらせた濃い霧もメレアを中心に消えていった。夜露の付いた足下の草は光を受けながらキラキラ輝いている。空を見上げると、くり抜いたかのように厚い雲に大きな穴が開いていた。さっきと同じ場所とは思えない幻想的な光景に思わず見とれてしまう。


 「どう? 凄いっしょ」


 日の光を浴びながら得意げに笑うメレア。でも、その表情からはわずかに疲れを感じた。全員の転移と周囲の霧をはらい、空を覆う雲に穴を開ける。しかもメレアの場合、同時にいくつもの魔方陣を展開するから魔力の消費も激しいんだろう。メレアには返りの分の転移魔法もやってもらわないといけない。魔物の討伐は私たちだけでやってメレアには休んでもらおう。しばらく休んでいれば魔力も回復するだろうし。


 あれ? だったら魔物はどうやって倒すの?


 フォーチュンフィッシュは物理攻撃じゃ倒すのが難しいって聞いたことがある。私もサーラも魔法はあんまり使えない。私は寝れば最強になれるけど、それは防御だけ。寝た私には攻撃技はない。サーラは力強いけど敵がフォーチュンフィッシュなら相性は悪い。


 「……メレア。もしかして私たち詰んでる?」


 「ううん、全然。言い忘れてたけど今回はあたし見てるだけだから。2人で頑張ってねー」


 「フォーチュンフィッシュは魔法じゃないと攻撃できないじゃん! 私とサーラだけじゃ無理だって!」


 「それがそうでもないんだよねー」


 「何度もすみません。そのフォーチュンフィッシュとはどのような魔物なのでしょうか?」


 隣を見ると、再び申し訳なさそうに手を挙げるサーラがいた。


 「あ、ごめん。説明途中だったよね。フォーチュンフィッシュは全身に中が空洞の厚みのある鱗を纏っていて、それが割れるとランダムでトラップ魔法が発動するんだ」


 「そうそう。その鱗も結構簡単に抜けてすぐ生えてくるから、その場に漂ってるだけで辺り一面トラップ地獄になるんだよねー。近づくの自体難しいのに物理攻撃をした瞬間覆われている鱗が割れてアウト。しかもフォーチュンフィッシュには自分のトラップ魔法効かないし、確か魔法も属性によっては効かないらしいよ」


 「それじゃ、私たちに討伐は不可能なのでは?」


 「しかーし、この部隊にはトラップ魔法を無効化出来る人物がいる。今回はその人に頑張ってもらおうかな。


 嬉しそうな顔をしながらメレアは私の肩をポンポンと叩いた。

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