第37話
「Ladies & Gentlemen! 本日はこのような場に参加して頂き誠にありがとうございます!」
「メレちゃん、うるさいって! この寮壁薄いんだから静かにして!」
まだ、朝日も差し込んでいない建物の中にメレアの元気な声が響く。それを慌ててギラルさんが小声で注意するもメレアには逆効果だ。むしろ楽しそうに部屋の物を漁りだした。
魔物の討伐当日、私たちはギラルさんの部屋にいた。ギラルさんが暮らす寮は城の敷地内にひっそりある。城の敷地内というのもあって外装は綺麗だ。城の雰囲気を壊さない程度に豪華すぎることもなくシンプルすぎることもない建物だった。しかし内装は窮屈で、しかも壁や廊下の至る所に傷や汚れがあり歴史を感じる。今いるギラルさんの部屋だって壁に謎のくぼみがある。過去にこの部屋で誰か喧嘩したのかな? そんなことを考えてしまう。でも、それより気になったのは。
「ギー君相部屋なんだねー」
そう。部屋に入った時からずっと思っていた。部屋はそんなに広くないのに、机も椅子もベッドも2つずつある。ギラルさんのルームメイトは布団を頭まで被っているから顔は見えないけど、結構小柄な人みたいだ。考えてみればギラルさんは高身長で全身が筋肉で出来ている感じの人だ。そんなルームメイトが同じ体格だったら不便すぎる。そういうのを考えてルームメイトを決めているのかな?
「ギー君は副隊長じゃなかった?」
「副隊長でもいろいろあるの! 第2部隊なんて隊長も副隊長も相部屋だし」
「でも、ルクス君は1人部屋だよ。しかも寮じゃなくて城の空き部屋に」
「知ってる。聖騎士団長も城に住んでるし、第1部隊も……あ、あそこは城で相部屋か」
「やっぱり強さが関係しているのかな? あたしが小さい頃に作ってあげたぬいぐるみと一緒に寝てる間は強くなれないよ」
「そ、それは」
ウサギのぬいぐるみを片手に嫌な笑みを浮かべるメレア。衝撃の事実に思わず、ギラルさんの顔を見る。するとギラルさんは顔を真っ赤にしながら「違うから!」と私たちに訴えかける。
「はーい。では今から多数決を取ります。ぬいぐるみみたい人―!」
手を上げようとした瞬間、隣から風を切る音がした。何かと思い隣を見てみると、正座をしたサーラが手を真っ直ぐ上に挙げていた。しかも、ギラルさんを凝視して全力で『見たいアピール』をしていた。これにはギラルさんも予測していなかったようで、分かりやすく困惑する。
意外だ。こういうノリにはサーラは参加しないと思い込んでいた。
「メレちゃん、この人誰?」
「初めまして。特殊部隊に所属しています、サーラと申します。よろしくお願いします。」
「あー、君が噂の3人目の! こちらこそよろしく……ところで、どこかで会ったことない?」
「え……ギー君、ナンパ?」
「ち、違うって! 本当にどこかで会った気がするだけだから!」
「恐らく城の中でだと思います。私前は使用人として働いていまして」
「あ、思い出した。前に城ですごく怒られていた……って、ごめん。今のは失礼だったよね」
「いいえ。大丈夫です。それより早くぬいぐるみを」
ギラルさんの質問に淡々と答えながら、それでもぬいぐるみへ視線を送り続けるサーラ。よっぽど興味があるんだろう。
「ギー君。もう良いでしょ。ほらサーラ」
「待ってメレちゃん。まだ多数決は終わってないよ。だってネムさんは手を挙げていなかったから」
「ネムは手を挙げていたよ。ねー?」
「あ、うん」
本当はサーラに気を取られて挙げるの忘れてたけど。でも、この状況でどうあがこうとギラルさんには勝ち目はない。一応心の中で謝っておこう。ギラルさんごめんなさい。
「ほら。もう決まったから反対派の票数えなくて良いでしょ?」
「いや、僕は両手両足挙げるから! これで4票だよ!」
「ピ―! 今、反対派から不正を発見しました。よって反対派の票は全て無効となり、ぬいぐるみを見せることになりました」
「そんな―!」
ぬいぐるみをサーラに渡すメレア。その光景を見て頭を抱えるギラルさん。目を輝かせながらぬいぐるみを凝視するサーラ。
一応予定では今から特殊な魔物の討伐に行くはずなんだけどな。こんなテンションで大丈夫かな? それに今回の標的の生息地はここから結構距離がある。魔物と遭遇するまでは出来るだけ体力を温存しておきたいって話になった。それで転移魔法が使えて、頼みやすそうなギラルさんの部屋に来たのに……みんな謎にはしゃぎまくっているし、全然出発する気配はない。体力を温存するって話はどこに行ったんだろう?
「あのー、いつになったら出発するの? 今日は魔物を倒しに行くんじゃなかった?」
「おっしゃるとおりです。ですが、これを見てください!」
軌道修正をしようとする私の目に前に、手のひらにギリギリ乗るくらいのぬいぐるみが現われた。
「な、何?」
「このウサギさんですが、本来は真っ白だったのでしょう。ですが、長い年月をかけて少しずつ色が変わってきました。それは単なる汚れではなく、それだけギラルさんが長い間大切にしてきた証拠です!」
「う、うん。そうだね。でもサーラ今は――」
「さらにここを見てください! この目のボタンを留めている糸ですが左右で色が違います。そしてこの側面部ですが、他の部分に比べて糸も新しく、縫い目もあまり綺麗ではありません。これがどういう事か分かりますか?」
「えっと……ギラルさんが自分で直しているってことだよね」
「そうですよ! こんな大男が毎日ウサギさんのぬいぐるみと一緒に寝て、破れてしまったところは自分で直しているんですよ! 想像してください! みんなが寝静まった後で、間違って自分の指に何度も針を刺しながら一生懸命直している姿を!」
「……ちょっと可愛いかも」
「でしょ!」
ぬいぐるみを抱えるように持ち、熱心に語るサーラ。興奮しているせいか妙に鼻息が荒かった。にしても、本人を目の前にして『大男』って。この子、暴走すると結構危ないかも知れない。
「で、でも。それはそれとして! 今日は討伐でしょ!」
興奮気味に詰め寄るサーラの圧に負けそうになった私だがギリギリで本来の目的を思い出す。
危ない、本当に飲まれるところだった。私まであっち側にいてしまったら、単にギラルさんの部屋に遊びに来た人たちになってしまう。
「特殊部隊の初仕事なんだから。それにギラルさんにこれ以上迷惑をかけるのはダメじゃん」
「そのギラルさんですがもう手遅れかと……」
サーラに言われ振り返ってベッドの上を見る。すると三角座りをして膝に顔を埋めるギラルさんの姿があった。顔は見えないけど、真っ赤になった耳から感情は読み取れる。何かをブツブツ言っているけど私たちには聞こえない。
「何て言ってるの?」
「んーとね。二度と部屋に入れてあげないってさ。って言いながらも、あたしが昔作った靴下履いてくれてるんだよねー。そういうところが本当好き」
ギラルさんに聞き耳をたて嬉しそうに報告するメレア。あんなに大きくて筋肉ムキムキなギラルさんなのに、うずくまる姿は小さく見えた。
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