第41話

 「よし、上手く出来たかな」


 睡眠魔法を発動させた私は、自分の体から抜け出し少し上空から辺りを見渡す。


 前回の爆弾少年の事件でカルネドが私に追加してくれた能力、幽体離脱だ。睡眠魔法を使って寝た場合のみ発動する魔法。距離に制限はあるし、本当に見るだけしか出来ない。何かに気付いたとしても私の体は動かせない。でも、何も知らずに全てが終わってしまうよりいいと思った。

 

 変わり果てた草原の上空に体をくねらせながら漂うフォーチュンフィッシュ。その目線の先に私たちがいる。地上からだと分かりにくかったけど、こうして見ると結構広範囲に鱗が散らばっている。これじゃ無事倒せたとしても、帰りにうっかり踏んでトラップ魔法を発動させてしまうってこともありそうだ。


 このことに気付いたとしても私には伝えるすべはない。ただ信じて見守るしか……ううん。下の2人は私より不安なはず。サーラは初めて魔物と戦うし、メレアだって私たちが不安にならないように明るく振る舞っていた。でも、即興で編成した部隊での初めての討伐。しかも作戦を全て自分1人で考えたんだ。そのプレッシャーもあるはず。

 2人とも不安で自信がないんだ。なら、私が信じなくてどうする。見守ることしか出来ないからこそ、誰よりも信じて託さないといけないんだ。


 ふと、下を見ると2人で何か話し合っている姿が見えた。真剣に話すメレアに対し、サーラは背中にいる私を時折心配そうな目で見ながら話を聞いていた。


 どうしたんだろう? 何か作戦変更でもするのかな?


 気になって2人に近づくと、何やら作戦について話しているようだった。


 「本当にその作戦でいくのですか?」


 「もちろん。だってあいつを倒すにはこれしかないじゃん」


 「ですが……」


 「ネムもあたしたちを信じて託してくれたんだから。ネムの信頼を無駄にしちゃダメでしょ?」


 「……」


 メレアの言葉にサーラは何も言うことなくうつむく。


 ここにきて私を盾として使うことに抵抗を感じ始めたのかな? 確かに私も作戦を聞いた時は嫌だった。いくら無敵って言われても攻撃を自分から当たりに行くのは怖い。

 けど気持ちが変わった。あいつに一泡吹かせることが出来るなら何だってやってやる。


 私を気遣ってくれることは嬉しい。でも、今は優しさなんていらない。ただこの討伐を成功させたい。


 「じゃあ、ネムを下ろして」


 「……はい」


 ようやく納得したのか、メレアの言葉にしぶしぶ従うサーラ。ゆっくりと私を草原に下ろし2、3歩下がる。それを確認したメレアは私に向かって右手を出した。すると寝転がる地面に3つの魔方陣が展開された。

 寝ている私には魔法は効かないはず。それなのに魔方陣は私の考えを無視するかのように白く光った。


 「オッケー! まずは石化魔法成功! 次は……」


 今度は魔方陣を1つだけ展開する。これもさっきと同じように白く光った。


 「こっちも成功!」


 「ネムさんは寝ている間は全ての魔法が無効化出来るのでは?」


 「あー、それはネムの睡眠を妨げる魔法だけ。攻撃魔法とか魔方陣が組み込まれている魔道具とかだね」


 「それらは無効化出来ると」


 「うん。逆に動きを封じるだけの石化魔法や今やった軽量化魔法は効くんだよ」


 ……うん。私も知ってた。カルネドに教えてもらってから時間も経ってるし、あの時は寝起きだったから……でも、全部知っていたし。今、全部思い出した。

 それにメレアが『最強』『最強』って言うから勘違いしてた。言われてみれば爆弾少年の時も石化魔法にはかかってたし。にしても、凄いな。メレア私より私の能力について知ってるじゃん。


 「よし。じゃあ作戦通り縄を巻いていくよ」


 「はい」


 魔方陣を展開し空間から縄を取り出したメレア。それを2人で協力して、寝ている私の体に巻いていく。石化魔法で体を固め、軽量化魔法で軽くなったおかげで、作業は簡単そうだった。


 ……あれ? こんな作戦あったかな? もしかしてメレアの思いつき? 作戦を変更するのはいいけど、事前に知らせて欲しい。


 「あの……メレアさん」


 「何?」


 「さっきの作戦なのですが。私、身長の関係で手を使うと時間がかかってしまいます。そこで……足でやってもいいですか?」


 「あはははっ! それ、あたしに聞くんだー。でも、いいよ。あたしが許可する」


 「ありがとうございます」


 本当に何の話? 身長の関係? 手を使うと時間がかかる? 一体今から何が始まるの?


 そんな疑問を抱えているうちに、私の体は縄でぐるぐる巻きにされてしまった。結び目も何重にもしてあって、ほどける心配はなさそうだ。結んだ縄の長い方はサーラの右手にぐるぐる巻かれている。その様子はまるで飼育されている魔物に繋がれているリードのようだった。

 どうせメレアが考えた作戦だろうし、こんなことで私は怒らない。でも、私に対する尊敬は皆無というのはしっかり伝わった。


 「では、改めて作戦開始―」


 メレアが笑顔でそう言った瞬間、私の体は前に飛び出した。


 寝ている私は少しも動くことは出来ない。ましてや石化魔法をかけられ縄でぐるぐる巻きにされていては、動けるはずがない。それなのに私の体は丸太のようにゴロゴロ草原を転がる。


 もしかしてメレアが? そう思いメレアを見るも、メレアはお腹を抱えて笑っているだけだった。嫌な予感が頭をよぎり、私は慌ててもう1人の仲間を探した。


 「……嘘でしょ」


 衝撃的な光景にその場で固まってしまう。フォーチュンフィッシュに向かって転がる私。その体を足・で・蹴・り・な・が・ら・走・る・仲間の姿があった。


 最初は見間違いかと思った。もしくはメレアが私を驚かすために幻覚かと思った。でも、メレアは私の幽体離脱のことを知らないはず。この光景を見てるか見ていないか分からない私のためだけに、残り少ない魔力を使うのはもったいない。


 何度見ても、サーラは私の体を蹴って前に進んでいる。もしかしてサーラが言っていた『手を使うと時間がかかって……』って言うのはこのこと?

 確かに背が高いサーラが寝転がった私を転がそうとすると、ずっと腰を屈めて進まないといけない。姿勢的にもきついし時間がかかる。効率だけを考えるなら足でやった方が早い。


 でも、それってメレアに聞くことじゃなくない?! それにメレアも何で勝手に許可してんの!


 「もう!」


 すぐに前歩を走るサーラの元へ飛んでいく。


 「いい加減に――」


 この体では何も出来ないことを忘れ、サーラを叱ろうとする。でも、ボロボロ涙を流しながら走る姿を見ると怒るに怒れなかった。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 謝りながら、それでも私を力強く蹴り走るサーラ。どんな表情をすればいいのか分からないまま、併走する。


 サーラの前を転がる私が鱗を踏むたび、魔方陣が展開されトラップ魔法が無効化される。その安全になった道をサーラは走る。道徳を無視するならメレアの考えた作戦はこれ以上ないほどに完璧だった。


 トラップ魔法に一切かかることなく真っ直ぐこっちに向かってくるサーラに危機感を覚えたのか、フォーチュンフィッシュは少し高度を上げた。そして全身の鱗を逆立てる。


 ヤバい、何か来る!


 そう思った時には遅かった。フォーチュンフィッシュの鱗が雨のように降り注ぎ、次から次へとトラップ魔法が発動していく。今までは踏まないと発動しなかったのに、今回は地面に付いた瞬間に割れて、発動している。

 周囲が爆音に満たされ、熱風とともに氷の欠片や砂利が飛んでくる。あっという間に砂埃が立ちこめ、何も見えなくなってしまった。


 「サーラ! サーラ!」


 声が届かないことは分かっていた。それでも大声を出して砂埃の中を探す。でも、あまりの視界の悪さに見つけることが出来ない。

 私にはカルネドからもらった能力がある。でも、サーラはちょっと力が強いだけの女の子だ。なんとか無事でいて欲しい。


 必死に探すも埒が明かず、ひとまず砂埃の薄い上空を目指した。すると敵の鱗が再生し始めているのが見えた。フォーチュンフィッシュは砂埃で見えなくなってしまったサーラの姿を探しつつ、生えてきた鱗を逆立て攻撃の準備をする。


 大量のトラップ魔法で簡単に近づくことは出来ない。近づけたとしても今の攻撃で一網打尽にされる。もともと厄介な体質なのに、こんな戦い方をされたらどうしようもない。


 ただ鱗が再生していくところを見ている私の目の前に何かが現われた。それは砂埃で覆われた地面から飛んできた物だった。どこかで見たことのある小さな球状の人工物。私もフォーチュンフィッシュもその物体に釘付けになる。


 その物体の正体に気付いた時、辺りは光と轟音で満たされた。


 閃光弾。爆発時に強烈な光と音を生み出す魔道具。砂埃の中にいるサーラを探すために神経を使っていた最中に来た音と光による奇襲。それには流石のフォーチュンフィッシュも対処できなかったようで、白目を剥きながら地面に落ちていく。


 「サーラ!」


 後方からメレアの声がした。すると少し晴れた砂埃の中でサーラが、先端に私が巻かれた縄をハンマー投げのようにぐるぐる振り回していた。


 「……まさか」


 嫌な予感は的中し、遠心力で速度の上がった私はタイミングよく空へ投げられる。見事フォーチュンフィッシュに激突した私は鱗を割りながら魔方陣を展開する。


 私の能力は2つある。1つは遠距離の能力。遠距離は相手が遠くで魔法を発動した場合、その魔法を発動させなくする。そしてもう1つは――


 意識を失ったまま落下するフォーチュンフィッシュは空中で起動を変え、勢いよく飛ばされてしまった。地面に向かって真っ直ぐ落下する私をサーラが受け止めた直後、遠くの方で何かが爆発する音がした。


 いろいろ問題はあったけれど、こうして私たちの初めての討伐任務は無事成功した。

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