第42話
「ごめんなさい」
部屋に広がる優しい匂い。目の前のテーブルには様々なお菓子やパンと紅茶が並んでいる。
今日は初任務の打ち上げだ。
昨日、任務完了を報告した後何気なく呟いた一言にサーラが目を輝かせながら反応した。それからはサーラの勢いに飲まれる形で準備が進む。
紅茶はもちろん、お菓子もサーラが準備してくれた。さっきちらっとお菓子が入っていた袋を見たけど、あれは超有名店のやつだ。
それに比べて私は実家からパンをもらってきただけ。しかも、全部昨日の売れ残りだなんて絶対に知られるわけにはいかない。
準備の段階から楽しさが込み上げていたし、この光景を目の前にしてはしゃぐなと言う方が無理がある。
そんな喜びに満ち溢れた空間をメレアの言葉が塗り替えた。
耳にかけた灰色の髪がだらりと垂れる。見慣れたはずのヨレヨレのコートが今日は哀愁を感じさせる。
すぐにサーラの顔を見る。しかしサーラも困惑の表情を浮かべるだけだった。
静まり返った空間の中で時計の針の音が無機質に鳴り続ける。
「……メレア? どうしたの? らしくないよ」
「作戦急に変えたでしょ? あと酷い扱いをしてしまったことも。やっぱり謝らないとって思って」
今までメレアが私に謝ったことは数えられるほどだけど、あるにはある。でも、その全てが雑、もしくは仕方なくといった感じだった。こんなに真剣に謝られたのは初めてだ。
メレアが謝った? しかも、自分から? いつもなら、違う話を持ち出して私の気をそらすとか、暴論を持ち出して逆に私に謝らせようとしてくるのに。もしかして悪い物でも食べた? あまりにもいつもと違いすぎる。人が変わったみたいだ。
「っ!」
頭の中にとある可能性がよぎる。
「サーラ逃げて!」
椅子から立ち上がり距離を取りつつサーラに指示する。本当は扉の方向に逃げたかったけど、私が座っていたのは扉から1番遠い席。諦めて窓際に逃げる。サーラも私の様子を見て隣に駆け寄った。
「あ、あの。急にどうしたのですか?」
「サーラ、隙を見てあの扉から逃げて。それで聖騎士団の人呼んできて」
「どうしてですか?」
「あのメレア偽者かも知れない」
私を殺しに来たシンさん。そして街を爆破しようとした弟。この2人は私の手によって捕まえられた。そんなルクスの次に脅威になるであろう私を殺すために、どこかの国が送り込んできたんだろう。
正直見た目は完璧にメレアだったから全然気がつかなかった。でも、メレアの異常さまでは真似できなかったみたいだ。
「あー……だいたいネムの考えていること分かった。あたしが素直に謝ったから、どこかの国のスパイだと思ってるんでしょ?」
「そう! よく見たらメガネもいつもと違うし」
「……全く一緒だよ」
「昨日と髪を束ねているゴムが違う!」
「勘で言ってない? あ、でもゴムは机の上にいっぱい置いてるから、違うと言えば違うかな?」
「ほら、やっぱり」
「ネムさん、しっかりしてください。それだけじゃ証拠になりません」
納得しかけた私をサーラが呆れた顔で止める。その表情には私と違って警戒した様子は少しもなかった。
「え、じゃあちょっと太ったとか?」
「それも証拠じゃありません。もっとネムさんしか知らないこと聞いてみるのはどうですか? 例えば異性のタイプとか」
「それだ! メレア、異性のタイプは?」
「知らない」
「好きな食べ物は?」
「分かんない」
「趣味は?」
「興味ない」
「ごめん、サーラ。私の勘違いみたい」
「……納得されたならいいですが……あの回答でいいのですか?」
「うん。答えも即答ぐあいも完璧メレアだった。メレアもごめん。考えすぎだった」
そう言ってから私は元いた席に座る。サーラも首をかしげながら席に座った。少しいろいろあったけど、こうして初任務成功パーティーは再開された。
「今回の作戦変更はあたしの勘違いで起こっちゃったものでさ。それについては申し訳ないなーって思ってて」
「それで、勘違いって?」
「もともとはネムを寝させて、それをサーラがおんぶして走れば小回りのきく絶対防御の人間が出来るなーって考えてたんだよ」
確かに私の能力を使えば、魔法攻撃を無効化出来る。それをサーラがおんぶすれば、私の動けないという弱点を克服できる。それにサーラの怪力で直接殴ったり、武器を投げて攻撃したりすることだって出来る。
「でも、いざサーラに突撃させようと思った時気付いたんだよ。これ背中しか守れないじゃんって」
「うん。おんぶされているからね」
「背後や上空からの攻撃は防げる。でも前は? 足下は?」
「でも、ある程度の範囲は守れるんじゃ……」
「遠距離魔法はね。でも地面のトラップ魔法を完全に防げるか分からなかったからさ。結果的にあの方法がベストかなって」
それで結果的に私が寝てから急遽作戦変更になったのか。そういう理由なら私を転がして鱗を割る作戦は悪くはないけど。
ていうか、それに関して文句言うつもりだったのに。でも先に謝られたことで私の怒りは目的地を見失った。
「咄嗟の判断で完璧な作戦立てたよねー。若干心は痛んだけど、あたしって天才だなー。正直前から知ってたけど」
「さっきの謝罪は幻? とても反省している人には見えないけど? だいたい寝てる人を足で蹴るって考えが野蛮だよ。あれだけで、かなりダメージ受けてるんだから」
「あたしは蹴れなんて一言も言ってないよ」
「あ、あの……」
さっきまで美味しそうにケーキを食べていたサーラが申し訳なさそうに手を挙げる。
そうだった。身長的に蹴る方が楽って言っていたのはサーラだった。本当のことを言うとダメージなんて受けていないし、起きてから体を見たけど痣もなかった。でも、ついメレアに話すテンションで言ってしまった。
どうしようと焦っていると、サーラは目をうるうるさせながら話し始めた。
「あの時は、いかに早く討伐するかばかり考えていて。それに、まさか意識があるなんて……」
「ほお、サーラ君はバレなければ何をしてもいいと考えているのかね?」
「あ、いえ。決してそういうわけでは……」
「コラ、メレアもその辺にしときなよ。ごめんめ、サーラ。さっきのは冗談で別に怒ってるわけじゃないから」
「本当ですか?」
「うん、本当。さあ、今日は思う存分食べよう」
達成感に浸りながら、好きな物を好きなだけ食べる。何もしなくてもこんな生活できるなら最高だけど、こうして仲間と楽しく過ごすのも悪くないかも知れない。
そんなことを考えながら、私はお菓子を頬張った。
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