第43話
明るい部屋の中で私はベッドに仰向けになる。何もすることがなく、まったりとした平和な時間が流れるのを全身で感じる。
フォーチュンフィッシュの討伐から数日が経った。大きな事件は起きることなく、ほとんど毎日部屋にこもってお菓子を食べて寝るだけの日々が続いた。
メレアたちはフォーチュンフィッシュとの戦いで見つけた課題を解決するために、よく2人で特訓に行っている。最初は義務感を感じてついて行っていたけど、何もすることがないしメレアに「部屋で寝てていいよ」と言われた。
許可まで得たし、私も外に出たくないからいいけど、楽しそうに特訓に向かうメレアを見ているとちょっとだけ複雑な気持ちになる。これまでメレアは1人で特訓をしていたから誰かと一緒に行くのが楽しいんだろう。
メレアが楽しそうにしているのを見ていると私も嬉しい。でもサーラに親友を取られた様な気がして、1人休んでいるのに心が休まらない。
「あー、めんどくさいな私」
そう呟きながら何度もベッドの上を転がる。
そろそろ、メレアたちも帰ってくる。この感情も心の中にしまわないと。
「そういえば、あの箱って何だったんだろう?」
昨日の夜から部屋に置かれていた木の箱。かなり大きめの箱で私やメレアなら入りそうな大きさだった。それを今日の特訓に行くときにサーラに持たせて転移していた。
サーラが使う武器なのかな? いつだったか忘れたけど、サーラに武器持たせるみたいな話をメレアがしていた気がする。あの箱の中にギラルさんが使っている様な大剣が入っているのかな? それとも、いろいろ試せるようにいろんな武器を詰め込んでいるとか?
ガチャ
扉が開く音に反応して体を起こす。
おかえりと言おうとしたけど、部屋に入ってくる人を見て言葉が出なくなってしまった。
メレア、サーラの次に部屋に入ってきた1人の男性。その姿を見た瞬間、即座にベッドから降りてメレアのもとへ駆け寄る。そしてメレアの腕を掴み、話を聞かれないように窓際まで連れて行った。
「何? 急にどうしたの?」
「それは、こっちのセリフだよ!」
困惑するメレアに小声で全力で怒る。
「どうして《ルクス》がいるの?!」
そう。サーラに続いて入ってきたのは私が世界で1番嫌いな金髪、ルクスだった。
「あいつ部隊違うし部屋も全然違うじゃん!」
「あたしたちに相談があるらしいよー。さっき廊下で会った時に言われてさ」
「あんな奴の相談なんて乗る必要ないよ。時間の無駄だし空間の無駄遣いだよ」
「まあまあ、気持ちは分かるけど。国の中で1番人気ある人が来てるんだよ。ちょっとくらい恩売ってもいいんじゃない?」
「でも!」
メレアの説得に全力で反発する私。するとメレアは私の耳元に顔を近づけ、囁き始めた。
「あたしたちは、みんなから倒せるはずがないって言っていたフォーチュンフィッシュを倒したんだよ。しかも記録上最少人数で。相談乗るフリしてそれを永遠に自慢するっていう嫌がらせ考えたんだけど、どう?」
悪魔的な提案を聞き、思わずメレアの顔を見る。すると悪巧みをする子供の様な顔で笑っていた。
メレアの言う通り、私たちの部隊は他の部隊に比べて戦闘経験が圧倒的に少ない。にも関わらず、他の部隊に比べて危険な任務を任される。
今回のフォーチュンフィッシュの討伐だってかなりギリギリだった。ルクスなんかは、煽るためにわざわざ私たちを追いかけて来て「本気で言っていますか? あなたたちに討伐なんて無理ですよ。早く城に戻って聖騎士団を辞める手続きをしたらどうです?」みたいなことを言っていた。ちょっとだけ大袈裟にしたかも知れないけど、私にはそう聞こえた。
それに私は特訓という名目で痛めつけられた。その復讐も込めて精一杯自慢してやろう。
メレアの顔を見てニヤリと笑った。そして、すぐに表情を作り振り返る。こういう時に接客業の経験は生きる。
「わー、ルクスさんじゃないですかー。お久しぶりですー」
「どうかしましたか? 先程とは様子が違う様な……」
「そんなことないですよー。寝起きで機嫌が悪く見えただけだと思います。今目が覚めたので、もう大丈夫です」
「そうですか」
「それで私たちに相談があるそうですね。いいですよ。私たちフォーチュンフィッシュを倒した実力派集団なので。余裕で解決できると思いますよ」
何か言いたげな表情をしながらルクスはじっと私を見る。その間にサーラはテキパキとテーブルと人数分の椅子を準備する。
一通り準備が終わったサーラは遠慮がちに手を挙げる。
「せっかくなのでお茶でも用意した方がいいですよね」
「うん、そうだね。あ、それとお菓子も用意できる? 2人とも特訓で疲れてるし、甘いもの欲しくない?」
「あたしクッキーがいい」
「分かった。じゃあサーラ、お茶とクッキー持ってきて」
「では、私は先輩たちの所に取って参ります」
「待って。ネムも行ってきなよ」
「私?」
「うん、サーラだけじゃ心配だし」
思い返せば最初にサーラと会った時もいろいろ破壊して、床を紅茶まみれにしていたような……ルクスの近くでやってくれるなら止めないけど、他の場所で溢すのはもったいない。メレアの言う通り着いていくか。
「じゃあ、そうする。サーラ行こ?」
「はい」
なんとか作り笑顔のままルクスの隣を通り抜け廊下に出る。サーラが廊下に出て扉を閉めるのを確認してから作り笑顔を崩した。
「やっぱり、楽しくもないのに笑うって大変だね」
無理矢理笑顔を作っていたせいか、もう顔が痛い。マッサージをするように自分の頬をムニムニしながらサーラに話しかける。
「討伐の時から感じていたのですが、ネムさんはルクスさんのことが嫌いなのですか?」
「もちろん。顔はかっこいいし背も高いし肌も謎に綺麗だけどね。性格が無理。本当に無理!」
「そうですか」
「うん。強さしか求めてないような人だからね。その結果、気遣いとかデリカシーとか捨ててきたんだろうね。とりあえず、あんな奴のこと忘れて早く取りに行こ」
「あ……それについてですが……」
廊下を歩き始めた私を呼び止めるサーラ。何だろうと振り返ると、何か言いたそうにモジモジしていた。心なしか顔も赤い気がする。
「どうしたの?」
「えっと……あの……その……」
本当にどうしたんだろう。歯切れが悪い。よっぽど重大な何かがあるのかな?
自然と私の表情も固くなる。
「……大丈夫?」
「はい。私も相談と言いますか、お願いしたいことがありまして」
「いいよ。私に出来ることなら何でもするよ!」
「では……抱っこしてもいいですか?」
は? 抱っこ? 抱っこって子供を抱きかかえるアレのこと? ううん。私の聞き間違いだ。
だって私は子供じゃないし、私の方がサーラより年上だ。そもそもこんな場所で抱っこする意味が分からない。
「ごめん。もう1度言って。多分聞き間違えたと思う。私疲れているのかな? いや、ずっと部屋にいるから疲れるわけはないか。あはは」
「抱っこしてもいいですかと言いました」
気まずくなって愛想笑いをする私にサーラはもう一度同じことを言った。
聞き間違いじゃなかった。にしてもサーラがそんなこと言うなんて……メレアと一緒に過ごしすぎてメレアが感染ったのかな。
「実は昨日メレアさんがとある武器を持ってきてくれたのですが、いろいろ含めるとかなりの重量になると思うのです。そこで実戦で使う前に一度ネムさんを抱っこしておこうかと思いまして」
「え、武器使うための練習ってこと? その練習ってあってるの? それに前に私おんぶしたじゃん」
「おんぶと抱っこでは違いがあります。それに特訓のお陰であの時より力も強くなりましたから」
さらに強くなったのか……私的には力を強くすることより力の制御を覚えてほしいけど。ただでさえ、無意識のうちに扉のノブとかティーセットを壊しているのに。
「では、いきますよ」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
いつの間にか私に近づき抱っこしようとしていたサーラを慌てて止める。さっきまで真っ赤だった顔も通常運転に戻っている。
「どうかしましたか?」
「どうかするよ! 本当にやるの⁈」
「はい。ネムさんも出来ることなら何でもやるとおっしゃっていましたし」
うん。確かに言った。言ったけど……。あくまで私の勘だけど、ここで断っても何度も迫られそうな気がする。だったら早めに終わらすのもアリかも知れない。
「……分かった。一瞬だけね」
周りを確認してから了承した。するとサーラは目を輝かせてお礼を言ってから、私をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこをした。
前回のおんぶの時は辛そうな声を出していた記憶があるけど、今日のサーラは表情に余裕がある。
小説で何度か読んだことのあるお姫様抱っこ。まさか初めての相手が年下の女の子だとは思いもしなかった。同性だからギリギリ耐えられるけど、結構恥ずかしい。変に意識してサーラの顔を見れない。
「どうですか?」
「うん、いい感じ……はい、もう終わり! 早く下ろして!」
「ダメです。このまま先輩たちの部屋まで行きます」
「え? それは聞いていないって!」
「実際に移動してみないと分からないこともありますし。これもトレーニングの一環です。ネムさんはゆっくりしてください」
「ゆっくり出来ないって! ちょっと!」
戸惑う私を無視してサーラはお姫様抱っこの状態で廊下を歩き始めた。抵抗しようとしたけど、暴れるたびに私を抱える手の力が強くなっていく。
誰にも会いませんように。誰にも会いませんように
目を瞑り心の中で必死にお願いする。でも、そんな時に限って神は私を簡単に裏切る。
「ネムさん?」
私の名前を呼ぶ声に反応して目を開ける。するとそこには甲冑を身に纏ったギラルさんが立っていた。困惑した様子で私とサーラを交互に見る。その視線がとても痛かった。
「……お久しぶりです……怪我でもしました?」
やばい、どうしよう。こう言う時に冗談を言い合える関係の人と会ったなら、まだ少しバカにされて終わるだけだった。
でも、相手はギラルさんだ。何度か話したことはあるけどメレアの親戚程度の認識しかない。向こうも多分そんな感じにしか思っていないと思う。
「あ、あー痛い。そうです。さっき怪我して。あー痛いなー」
頭が真っ白になった私は咄嗟に怪我をしたことにした。喋り方が棒読みなのは自分でもしっかり分かる。でも、これが今できる私の精一杯だった。
「へ、へー……気を付けて下さいね」
「本当ですか?! いつですか?! どのくらい痛みますか?」
その様子に苦笑いをするギラルさんと本気で心配するサーラ。質問を続けるサーラに対し、何も答えない私を見て気を遣ってくれたのか、軽く会釈して私たちの隣を通り過ぎるギラルさん。
誤解だと伝えることも出来ず遠くなっていく背中を、私は見ることしか出来なかった。
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