第44話

 「おかえりー」


 扉を開けると向かい合って座る2人が一斉にこっちを見た。


 無事、使用人の部屋まで辿り着いた私たちはお菓子と紅茶をもらい戻ってきた。もちろん帰りは歩いて帰った。お姫様抱っこのせいか戻る時も特に会話はなかったし、部屋に戻ってからも少しだけ気まずかった。


 でもメレアにお姫様抱っこのことがバレたら絶対面倒なことになる。これまでの経験がそう私に言っていた。


 出来るだけ、いつも通りを意識して持ってきたティーセットをテキパキとテーブルに用意していく。


 「あ、そうだ。お姫様抱っこの感想聞かせてよ」


 ガシャッ


 メレアの発言にうっかり食器同士をぶつけてしまう。それほど強くぶつけたわけじゃない。でも私にはその音が妙に大きく感じた。

 その後しばらく部屋の中に静かな時間が流れる。


 「お姫様抱っこ?」


 動きを止めしまった私の視界の端でルクスが不思議そうな顔をする。


 ……ヤバい。この子、よりによって最悪の相手に最悪のこと教えた。あれ? 何でメレアは知ってるの? ずっと部屋にいたはず。部屋に戻ってからも誰もお姫様抱っこのことを言っていないのに。


 「はい。そこの元使用人の子に言ったんですよ。タイミングがあればネムをお姫様抱っこしてって」


 「やっぱり、あんたの仕業か!」


 ドシドシとわざと足音を立てながらメレアに近づき肩を掴む。そして激しく前後に揺さぶった。


 「あははっ! やめてよーネムー。やりすぎると酔うじゃん」


 「うるさい! そんなの知らない! だって本当に超恥ずかしかったんだよ! それに逃げようとすると手の力が強くなるから痛いし。最初に言い出した時、本気でサーラがメレアに毒されたと思ったもん!」


 「いいじゃん。『1ネム2メレア散々だ』だよ。リズム的にも好きだしパワーバランスもいい感じじゃん!」


 「全然良くないよ! しかも何? その変な言葉! 全然上手くないし! 1メレアだけでも苦戦してるのに、これ以上メレアを増えたらガリガリになるよ」


 「痩せるならいいじゃん」


 「そうだけど、そうじゃなくて……ああ、もうっ!」


 言葉にできない怒りをぶつけるように掴んでいた手を離す。メレアに背中を向けた私はまっすぐ扉の方へと向かう。

 外に出ても特にする事は無いけれど、このまま部屋にいるともっと疲れると思う。用意してもらったお菓子を食べられないのは残念だけど今回は諦めよう。


 「それで、ルクス君の相談って何ですか?」


 ノブに手をかけようとした時、後方でメレアの質問が聞こえた。あれだけ外に出ようと思っていた私の体がピタリと動きを止める。


 そうだった。お姫様抱っこの話のせいですっかり忘れていた。

 確か相談に乗るふりをしてフォーチュンフィッシュを倒したことを自慢するんだった。ルクスには討伐前にバカにされた。けれど、フォーチュンフィッシュ以外にもこれまで数々の暴言や嫌がらせを受けてきた。


 ここでやり返さないと一生やられっぱなしになると思う。今だけは良心を押し殺して徹底的にやり返してやらないと。


 そんな悪魔みたいなことを考えながら、私は笑顔で振り返った。その様子を見たメレアも笑顔で自分の右隣にある椅子をポンポンと叩いた。


 正直さっきまでのやりとりでの、モヤモヤした感情はまだ私の中にはある。メレアにいいように操られている自覚もなんとなくある。

 でもメレアはいつだって私たちの考えていることより、もっと先のことを考えている。今はつまらないプライドなんて捨てて、メレアと協力するべきだと思った。


 私たちはお互い無言で頷いき、私はメレアの隣に座った。そして私が席に座るのを見てからサーラはメレアの隣に座った。


 「さて、準備も出来ましたし。お話しして下さい、ルクス君」


 「フォーチュンフィッシュを簡単に倒した私たちなら余裕で解決出来るに決まってますけどね」


 「私に出来ることは少ししかないと思いますが、話すだけで楽になることもありますし」


 「……3対1で話をするのですね。先ほどの流れから考えて、隊長同士で話をするものだと考えていました」


 「あははっ! 隊長はあたしじゃないですよー。こっちに座ってるネムが隊長です」


 「そうですか。それは失礼致しました。どう考えても、あなたの方が実力があるように見えますし、聡明な頭脳をお持ちだと感じましたので」


 ん? こいつ今遠回しに私のことバカって言った? 事実だけど、こいつに言われるのは腹が立つ。手が滑ったフリでもして紅茶かけてあげようかな。


 「ルクス君の言う通りあたしの方が強いですよー。でも……」


 「きゃっ!」


 話の途中で急に抱きつくメレア。いきなりだったので変な声が出てしまった。


 「ネムがいるから、あたしはあたしでいられるんですよねー。そういう意味ではネムの方が強いですよ」


 「あの。珍しくいいこと言ってるのにお腹揉むのやめてもらっていいですか?」


 「ごっめーん。あたしにはない柔らかい肉感とふわふわの抱き心地につい……」


 「『つい』じゃないよ! 私の中のメレアの好感度がようやくちょっと上がったのに、今ので元通りだよ!」


 「そろそろ本題に入ってもいいですか?」


 「あ、ごめんなさい。つい盛り上がってしまって」


 しびれを切らしたのか会話に割り込んでくるルクス。それに気付いたメレアは抱きつくのをやめる。全員が自分の方を見るのを確認してからルクスは口を開いた。


 「私の所属する第3部隊は主に街の見回りをする部隊です。その中でも私だけは単独で動くことが多く、見回りをしつつ街で魔力を感知した場合駆けつける。そのような仕事をしています」


 「あたしも最初の方はルクス君だったな。頻度が多すぎたからか途中でギー君に変わったけど」


 「はい。同時に別の場所で何かが起こった場合、集中できなくなると判断したからです。話を戻しますが、ここ最近見回りをしている際に不可解なことが起こるようになりまして」


 「不可解なこと?」


 「はい。見回りをする先々で同じ女性と何度も遭遇するのです」


 ……どうしよう。マジでどうでもいい。隣で真剣に話を聞いているメレアには申し訳ないけど、こんな話を聞くくらいなら早く寝たい。


 ぐるぐると見回りしてたら同じ人と会うことだってあり得るし、たまたま似た雰囲気の女性が数人いた可能性だってある。私もパンの配達をやってた時似たようなことがあった。

 仮にその女性にいるとして、ルクスのことが大好きで一方的に付きまとっているとしても私たちには関係ない。下手に首を突っ込んで私たちまで被害を受けるのは怖い。まず、そこまでしてルクスを助ける義理がない。


 うん。私たちには解決するのは無理だ。自慢話を挟みつついい感じに話を切り上げよう。


 「そうですかー。それは大変ですねー。でも気のせいですよ。いくらフォーチュンフィッシュを倒した私たちでも自意識過剰という病気は治せませんよ。あー、超優秀な特殊部隊の実力をお見せすることが出来ず残念です。さ、他に話はないですよね。なら早く出て行ってください」


 「待って待って。話終わってないってば」


 いい感じに話を切り上げようとする私をメレアは呆れながら止める。せっかくルクスに口を挟ませることなく帰らせる流れまで持って行けたのに。


 「どうしたの? 話は終わったじゃん」


 「冷静に考えてみてよ。ルクス君は見回りの時にどうやって移動してるか知ってる?」


 「うん。人の家の屋根踏み荒らしながらでしょ?」


 「言い方悪すぎ。でもそうだね。屋根を走って最短距離で移動している。それも誰にも追いつけないスピードで」


 「だから何?」


 「最短距離を最速で移動してるのに、どうして移動先に同じ女性が何度も現われるの?」


 言われてみれば変だ。普通にやっても追いつくことすれ出来ないのに、先回りするなんて不可能だ。あるとすれば転移魔法だけど、この国の中で誰にもバレずに転移魔法で移動するなんて無理だ。


 「……一周回って元の場所に戻ってきたとか?」


 「先ほどから私の事バカにしていませんか?」


 「そうですかー? 気に触ったならごめんなさい」


 「まあまあ。2人とも喧嘩はやめてよ」


 睨み合う私たちを再びメレアが止める。


 どうしたんだろ? 今日はメレアが常識人だ。何か変なものでも食べたのかな。あ、もしかしてルクスの前だからって猫被ってるとか? 確かにルクスは見た目はいい。でも他のところが壊滅的だからな。今度しっかりルクスのダメなところ教えてあげよう。


 「今現在ルクス君の話からその女性について考えられることは3つ。まず1つ目、まだ誰にも知られていない国内トップクラスの俊足の持ち主。2つ目、凄く似た姉妹が何人かいる。そして3つ目、転移魔法でルクス君の先回りをしている。このどれかだね」


 「あと自意識過剰君の勘違いって可能性もあるよ」

 

 「ネムはすぐそうやって……」


 「ごめん、つい。でも3つ目の可能性はないんじゃない?」


 この国の中には魔法を使いづらくする結界と魔法を感知する大規模魔法が使われている。かなりの魔法の実力がない限り、この結界内で転移魔法を使うことは出来ない。

 それに使えたとしても、感知されてしまう。感知されてしまえば私を見つけ出した時みたいに石板を使えば確実に見つけることが出来る。何よりルクスが石板を使わず、私たちの所に相談に来ていること自体が感知されていない証拠だ。


 「うん。3つ目の可能性はないと思う。ううん、思いたい」


 「思いたい?」


 「だって、この国の中に誰にも気付かれることなく魔法を使える人がいるかも知れないってことだよ?」


 言われてみれば、そうだ。自由に魔法が使えるメレアだって感知魔法には引っかかるんだ。そんなメレアより危ない人間がいるとしたら……ルクスに協力するのは癪だけど、早くその女性を見つけ出さないと。


 「メレア、その女性を見つけ出す方法ってあるの?」


 「うん。その女性はルクス君に好意を抱いている。だったらそれをいい感じに刺激してあげれば相手の方から姿を見せるはず」


 「なるほど! で、具体的な作戦は?」


 「明日はルクス君がネムをおんぶして見回りをすればいいんだよ」

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