第45話

 「は?! ちょっと待って! どうしてそうなるの?!」


 誰かがルクスの彼女のふりをして、その女性を見つけ出す。凄く納得のいく作戦だし、私でも思いつきそうな作戦だ。でも1番重要な役が私である意味が分からない。自慢じゃないけど私はチビだし太っている。私みたいなのを連れて回るより、高身長でスタイルのいいサーラや可愛くて痩せているメレアを彼女役に選んだ方がいいと思う。それにおんぶする理由も分からない。おんぶして屋根を飛び回るより、手でも繋いでルクスと楽しそうに街を歩いた方が効果的だと思う。


 「この作戦って、その女性に出会うまで一緒にいないといけないじゃん。あたしとかサーラが彼女役やってルクス君の足引っ張ったら嫌じゃん。あたしの作戦には理由があるんだから」


 「絶対嘘じゃん。メレア、嫌がらせのためにわざと変な作戦立ててるでしょ」


 「もちろんその気持ちもないわけじゃないけど。ネムはルクス君の本性を知ってるから傷つきようがないけど、あたしたちは幻想を抱いているから! 夢見ているから! それを守り抜きたいんだよ!」


 そう熱く語るメレア。そういうことは本人の前で言っちゃいけない気がする。でもメレアの言いたいことも分からなくはない。ルクスのことが大嫌いな私なら変な期待はしないし、ある意味ルクスもいつも通りに仕事を行えるってことだろう。


 個人的には演技であってもルクスの彼女なんてやりたくない。でも、ここで粘っても結果は変わらないような気がしてきた。


 「……分かった。そのかわり、おんぶするのは無しにしてくれない? 私、ルクスの背中に乗りたくない」


 「そういうことは本人の前で言わない方がいいのでは?」


 「知ってます。知ってて言ってますから」


 さっき私が思ったことをルクスに言われ、キレ気味で返す。するとルクスはため息をつきながら背もたれにもたれ掛かる。他の人がその動作をしても気にならないのにルクスがやると妙に腹が立つ。


 「あれ? ネム忘れた? 今回の作戦の目標はその女性の正体を暴くことだよ。ルクス君にはいつも通り見回りをしてもらう。でも、それだけじゃ女性を見つけられないかも知れない。そこでネムを使うことによって女性の心をかき乱す。ネムはルクスと同じ速さで移動できないからおんぶするって作戦にしたけど。もしかして抱っこの方がよかった?」


 「……他はないの?」


 「フォーチュンフィッシュの時みたいに縄でぐるぐる巻きにして連れ回すってのはあるけど?」


 あれか……連れ回してはいるけど、彼女役というより荷物になるじゃん。確実にその女性の心はかき乱すことは出来る。でも、それは本来とは違う意味でだと思う。


 「……おんぶでお願いします」


 「オッケー! じゃあ作戦はだいたい決まったね。ルクス君、他に相談したいことはありませんか?」


 「はい。特にないです」


 「それでは明日の見回りでは今決めたことを実践します」


 「分かりました。お願いします」


 そういうとルクスは立ち上がりお辞儀をした。それを見て私たちも慌てて立ち上がりお辞儀をする。ルクスは振り返り扉の前で再びお辞儀をして出て行ってしまった。


 扉が閉まると隣にいたメレアがまるで糸の切れた操り人形みたいにテーブルの上に突っ伏した。


 「あー、緊張したー。何回か紅茶を飲んだけど味が全然分からなかったし、ずっと姿勢をキープしようと全身に力を入れていたから今ヤバいもん。明日絶対筋肉痛じゃん」


 「確かにいつもと違うなって思ってたけど、まさかそんなに頑張っていたとは。でもたかがルクスに力入れていると後で後悔するよ」


 「これからの計画のキーマンになる人だよ。聖騎士団長の時みたいには出来ないよ」


 「これからって……もしかしてルクスが私をおんぶするって明日だけじゃないの?」


 「うーん、どうだろ? でも、その女性が見つからなかったら何日もやってもらうかもね」


 「……冗談でしょ」


 うなだれるように私も椅子に座る。てっきり1日だけだと思い込んでいた。でも、そっか。見つからなかったら何日もやるよね。


 絶望のあまり天を仰ごうとしたとき、視界の端に直立するサーラを捉えた。サーラは何をすることもなく、ぼーっと扉を見ている。


 「サーラ座らないの?」


 「あ、すみません。少しぼーっとしてて」


 「そういえば、ずっと無言だったね」


 「はい。私ルクス君のファンでして。そのルクス君に話しかけてもよいものかと悩んでいました」


 「そうなんだ。だったらファンとしては明日の作戦はかなり楽しみだね」


 「作戦?」


 私の問いかけに首をかしげるサーラ。


 「嘘でしょ? さっきの話聞いていない? 明日から見回りに同行するって話をしてて……覚えてない?」


 恐る恐る尋ねるとサーラは目を丸くした。そして勢いよく私の方を向き、深々と頭を下げた。あまりにも勢いよく向いたせいか、さっきまでサーラが座っていた椅子がガタッと音を立てる。


 「申し訳ございません! その、ルクス君に見とれてしまい全くお話を聞いておりませんでした!」


 「そ、そんなに謝らなくていいよ! もう一度説明するから頭上げて。ほら、お菓子もまだいっぱいあるんだし、食べながら説明するよ」


 「ありがとうございます」


 そうお礼を言うとサーラは私の方を向いて座った。突っ伏したまま動かないメレアのことは気になったけど、それを無視しサーラにさっきの会議で決まったことを説明した。


 「……と、だいたいこんな感じだね」


 「そのような作戦なのですね。ありがとうございます」


 「いいよ。それでメレア? 2人はどんな感じで動くの?」


 確認のためダメ元でメレアに声をかける。するとメレアは突っ伏したまま顔だけを私の方へ向けた。


 「うーん。あらかじめ、ルートを聞いて、いくつかの場所を先回りして待機するって感じかな。その場所でルクス君の言う女性を見つけられたらラッキーだけどね。まだ特徴とか聞いてないけど、あまりにも量産的な容姿だと長引く可能性は充分あるよ」


 「……本当に嫌だ」

 

 「それとルクス君のファンの中には見回りのルートを予測して先回りする人もいるようですよ。仮に同じような女性を見つけたとしても、ルクス君の言っている女性とは違う可能性だってあります」


 「そうなんだ。って考えるとますます長期化する可能性が出てきたね-」


 淡々と知らされる残酷な事実。聞いているだけで体調が悪くなっていく気がする。こうなったら私の最終奥義使うか。


 「……メレア」


 うつむいて少しだけ前髪で顔を隠した私は弱々しくメレアの服を引っ張る。あまり見せない私の行動に驚いたのか、突っ伏したままだった体を起こす。


 よしっ! 気を引くことは出来た。あとは泣きそうな顔をしてお願いすればいける!


 「あのさ、私本当にルクスが嫌いで……グスッ……私の役誰か代わって――」


 「それは無理だねー」


 私の100点満点の演技を途中で遮るメレア。一瞬怒りそうになったけど、なんとか悲しい気持ちを維持して再びメレアにお願いする。


 「でもサーラ、ルクスのこと大好きなんだよ? だったらサーラがやった方が……それに私……チビだし……太ってるし……そんな人よりサーラの方がルクスも喜ぶだろうし……」


 「ダメだよ。サーラにそんな危ないことさせたくないし」


 「何で私ならいいんだよ!」


 これには感情を維持することが出来ず、演技をやめてしまった。


 「やっぱり演技だったかー。泣き真似しなかったらいい感じだったのに。惜しかったねー。あははっ」


 「演技のダメ出しはいいよ。どうしてサーラじゃダメなの?」


 笑いながらからかうメレアに問い詰める。するとメレアは私から目をそらした。そして少し悩むような仕草をしてから話を始めた。


 「……あんまり言いたくはないんだけどね。今回の目的は圧倒的な支持があるルクスと街を守った英雄のネムが凄く仲がいいってところを見せつけるためなの」


 「何で?」


 「私の勝手な想像ですが、もしかしてルクス君は容姿ではなく実力で女性を選ぶというのを周囲に知らしめるためでしょうか?」


 「……そうだね! ルクス君を追いかけている有象無象に勘違いさせることで今回の悩みを解決出来るかなって思ってさー。容姿はともかく、実力だけだとネムってこの国でも上位じゃん」


 そっか。だからこんな作戦が出来たのか。にしても今2人に容姿のことバカにされた? メレアに言われるのはなれているからいいけど、サーラに言われたのは地味に傷ついた。きっとサーラのことだから悪気無く言ってしまったんだと思うけど。


 「あ、言い忘れてたけど、今回は寝るのナシね」


 「嘘でしょ?」


 「ほんとだよ。寝てる人間をおんぶしてたら負傷者を運んでいるようにしか見えないでしょ。だから明日は出来るだけ楽しそうにしててねー。見てるみんながイラッとするくらい」


 クッキーを頬張りながら楽しそうに言うメレア。その言葉に頭が真っ白になる。


 「……そんなの聞いてない」


 「うん、今言ったもん」


 こうして明日の作戦に関する打ち合わせは終了して、お茶会へと形を変えた。いつもだったら食べ過ぎてしまうほど美味しいお菓子なのに、その日は全然食べることが出来なかった。

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