第14話
いつもと違う雰囲気に気付き目を開ける。すると木葉が風で静かに揺れているのが見えた。
「え?」
慌てて体を起こす。そしてキョロキョロと辺りを見渡す。
鮮やかな緑色の草原。わずかに見える国を囲む高い壁。草の汁や泥で汚れた少しキツい服。全ての情報が頭の中でゆっくりと処理され、ようやくここにいる理由を思い出す。
「……特訓か」
知らないうちに街を守った英雄になった私は、ルクスに特訓をつけてもらうためにこの場所に来た。正確にはルクスが無理矢理私を連れてきたんだけど。そこで私は血反吐を吐くような特訓、いや特訓という名の暴力を受け続けた。さらにルクスは私の心を折るような罵詈雑言を浴びせ、肉体的にも精神的にも立ち直れなくさせた。どうすることも出来なくなった私は傷を癒すために少しばかりの眠りについた。
うん。多少都合の良いように話を変えている気がするけど、多分気のせいだ。
「そういえば、あいつは?」
一見どこにも見当たらない。立ち上がって少し歩いてみたり、服が破れない程度の力でジャンプしてみたりして辺りを探す。それでも姿は見えない。
「もしかして帰った? でもそんなはずは……」
『壁の外は魔物がいる』この国に住む人なら誰でも知っている。私も幼い頃から聞かされてきた。
一応この国は魔物が生息しづらい場所に位置している。街行く冒険者たちも魔物を討伐するには遠くに行かないといけないから面倒だとよく言っている。
だからといって、この辺りに魔物が出ないとも限らない。聖騎士団、その中でも隊長クラスであるルクスならそのことを知っているはず。そのはずなのに……
「いないじゃん!」
どれほど探してもルクスの姿はなかった。
「嘘でしょ⁈ 普通こんな所で1人にする? いきなり部屋に来て、いきなり国の外に連れ出して、いきなり特訓始めて。ちょっと言うこと聞かなかっただけで放置して帰るなんて……あああ!」
頭を掻きながら発狂する。つい数時間前までウキウキで支度していた自分が憎らしい。出来るならあの時間まで遡って教えてあげたい。『顔に騙されちゃ駄目だ』って。
しかし、そんなことを考えても過去に戻れるわけがないし、この怒りが消えるわけでもない。
もういいや。帰ろう。
諦めた私は壁を目指し足を進める。あれほど服が破れないから心配していたのに、今はそれが全然気にならなかった。むしろ、静かに怒りをぶつけるように力強く足を動かした。
草原をしばらく歩くと道が見えてきた。誰かがわざわざ作ったのか、みんなが通るたびに自然に出来たのか知らないけどこの道を進めば帰れる。
「よし、あともう少し」
しばらく歩いたおかげか、怒りは少しましになっていた。それよりも今日のご飯のことで頭がいっぱいだった。もうそろそろお昼の時間。今日はルクスのせいで朝ご飯を食べ損ねたし、過酷な訓練も受けたのでお腹は最高にペコペコだった。
このまま城に帰ったら使用人の人たちにご飯をお願いしよう。部屋まで運んできてもらってゆっくり食べる。そして部屋に鍵をかけてお昼寝する。うん。我ながら完璧な作戦だ。家だと食べてすぐに寝ると怒られるけど、あの城には私の邪魔をする人はいない。もしルクスが来たとしても鍵をかけていれば心配ない。それにせっかくのお城での生活、少しくらい私のしたいようにしてもバチは当たらないはず。
「ん? 何だあれ?」
少しウキウキしながら歩いていると、目の前に異様な光景が広がっていた。
馬車が通れそうなくらい広がった道と、その両端に生い茂る短い草。そこに赤、青、黄色といった様々な色の服が散らばっている。それも数枚じゃなくて20枚はある。
近くに家はないし……馬車の積み荷から落ちたのかな?
散らばったうちの1つに近づき、その場にしゃがみ込む。綺麗な赤色で特に汚れたところは見当たらない。サイズ的に男性用だろう。少し考えてから慎重に服をつまみ上げる。地面に着いていた方も確認する。やっぱり汚れは見当たらないし普通の服だ。試しにちょっとだけ匂いを嗅いでみるけど臭くはなかった。
「これ、どうしよう?」
散らばったまま行っちゃうのは気が引ける。だからといって、この服を全部街まで持って行くのは無理だ。
迷ったあげく、落ちている服を1カ所にまとめることにした。散らばった服を手で持てなくなるまで集め、最初に拾い上げた赤い服の所まで持って行く。集めている途中で気付いたけど、服は色だけでなく大きさも種類も様々だった。私でも着れそうな服もあったけど、勝手に持って行くのはダメだと思い諦めて作業に戻った。
「よし! これで終わりっと」
両手に抱えた服を積み上がった服の山に押し込む。パンパンと手を払い服の山を眺める。
こうして雑に積み上がった服を見ると、不思議と自分の部屋を思い出す。ここが自分の部屋だったら「服は畳みなさい! シワになるでしょ!」と怒られていたに違いない。……流石にこれは畳まなくてもいいよね? 数が多すぎるし、そもそも私のじゃないし。
「あれ? やっぱりネムじゃん」
急に名前を呼ばれて慌てて振り返る。するとヨレヨレのコートを身にまとい丸眼鏡をかけた私の親友、メレアが立っていた。
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