第30話

 どうしよう。爆発を止めに来たのに、私の方が動きを止められてしまった。しかも盛大に転んだし、魔法にかかって今指1本すら動かせないけれど、目はよく見える。ってことは固まって動けなくなった人にも見えてるし聞こえているってことだよね……あぁ、超恥ずかしい。どうか私が街を救った英雄だとバレませんように。


 情けない姿で固まってしまった私は心の中で、そう強く願った。


 にしても、これからどうしよう? さっき倒れる瞬間に何かを大事そうに抱える少年が見えた。茹でダコのように真っ赤になった肌と全身に浮き出た血管。多分あの子がカルネドが願いを叶えた男の子だろう。あー、もうっ! あとちょっとだったのに。せっかく見つけたのに動けないんじゃ何もできない。このまま私は何もできずに爆破に……


 って、あれ? そもそもなんで私は爆破を止めようとしていたのかな?


 私はまぐれで魔王吹き飛ばしただけのただの一般人。カルネドに何か力をもらったっぽいけれど、それを実感した事はないし、使い方も知らない。そんな人間が現場に駆けつけて何ができるの? 何もできないじゃん! その証拠に地面に寝転がったまま動けないし、唯一やったとすれば盛大に転んで醜態を晒したことくらいだし……

 バカ! 私のバカ! 何で選択肢の中に『逃げる』がなかったの⁈


 『ハロー、ネム! ご機嫌いかが?』


 焦りまくる私の頭の中に呑気な声が響く。


 「あ、あの! 私商店街に着きました! ですけれど体が動かなくなって……どうしたら助かりますか⁈」


 『へー、思ってたより元気そうだね』


 「へ?」


 『すごい転び方してたからもっと落ち込んでるからなーって思って。でもそのテンションなら大丈夫だよ』


 「確かに落ち込んではいますけれど。それより大変なんです! 早くしないと爆発で死んでしまいます!」


 『かもね。でもこれ以上ネムに肩入れしたら不公平じゃん。私はネムの味方だけどあの子の味方でもあるからさ』


 不公平? この魔女は一体何を公平にしようとしてるんだろう?


 『私はこの子にブースト剤と爆弾を渡してこの国まで連れてきた。一方ネムには『眠り姫の能力』を与えて爆発が起こる前にこの場所に案内した。一見ネムの方が不利にも見えるけれど、この国に彼の味方はいない。だから人数の不利を埋めるためにも、彼の周囲に石化魔法をかけて大量の市民の盾を作った。これで聖騎士団は簡単に攻撃を仕掛けることができない。どう? 私はこれ以上ない釣り合いだと思ってるんだけどさ』


 そう楽しそうに話すカルネド。そこには一切の悪意が感じられない。まるで乱雑にむしった花を母親に自慢するような、そんな子供のように無邪気で残酷さが、そこにはあった。

 カルネドはメレアにどこか似ている、そう思っていた。だからカルネドの発言にもあまり抵抗を感じていなかった。でも、この魔女はメレアと明らかに違う。どこまでも自分のことが大事で自分の為なら他のどんなことでも犠牲にできる。まさに最凶の魔女だ。


 『あれ? もしかして不満ある? 眠にも勝算はあるんだけれどね。それに気づいて行えるかが鍵だね』


 「分りました。もういいです」


 今までも何となく変だなって思っていた。魔王襲撃の時も、ルクスの特訓の時も、イモムシの時も、シンさんが殺しに来た時も。私はいつも寝ていた。そして起きたときにはいつも全て解決していた。そしてカルネドが私に言った『史上最強の眠り姫』という言葉。

 ここまでくれば馬鹿でもわかる。私は寝ている間だけ最強になれる。今体が固まって動けない。それでも自分自身に睡眠魔法をかけることぐらいはできる。魔法さえ発動してしまえば私は最強になれる。


 でも、本当に最強になれるの?


 余計な不安が私を邪魔する。


 最強になったからって爆発止められるの? みんな助かるの? それとも私だけが助かるの? そもそも、この状態で睡眠魔法を発動できるの?


 「うがぁぁぁ!」


 前方から少年のうめき声が聞こえた。

 多分体が膨大な魔力に耐えられなくなってきているんだ。やばい、爆発までもう時間がない! とりあえず寝ないと!


 「睡眠魔法」


 右手に魔力を貯め、魔方陣を展開させる。手のひらより少し小さい魔方陣だったけれど、今の私にはこれが限界だった。

 まぶたが重くなっていき、全身の力が抜けていく。どうやら魔法発動したみたいだ。


 目を開けると体の中が戻っていた。多分男の子が倒され昔からの魔法が解けたんだろう。

 よかったー! 体が動かなくなった時はどうなるかと思ったけれど、これで無事事件は解決。英雄としての仕事をまっとうした。あ、でもルクスの代役はもうしなくていいんだっけ?  にしても、本当に寝ている間に敵倒したんだ。何があったかわからないけれども、今までもこんなふうに敵を倒してきたのかな? 


 そんなことを思いながら立ち上がる。そして服の汚れを払おうと下を向いた瞬間、異変に気がついた。


 足元に人が倒れている。ううん。正しくは少し透けた私の足が、見覚えのある女性の背中に刺さっていた。


 何これ⁈


 慌てて自分の体を見たり、何かものに触れてみようとする。しかし何回見ても私の体は透けているし、もちろん物に触れる事もできない。


 もっと周りを見てみよう。そうしたら何か分かるはず。


 そう思い両足に軽く力を入れジャンプする。すると地面の感触はないのにもかかわらず、私の体は中二枚そのまま空中に漂う。

 商店街の様子はさっきと何も変わっていない。魔方陣の中の人は固まったまま動かないし、少年も今にも爆弾を爆発させそうだ。


 さっきと一緒じゃん! 何が『史上最強の眠り姫』だよ! やっぱあのカルネド偽物だ! でも、これからどうすればいいの? 寝ても状況は変わらないし……それに、これ元の体戻れるのかな? もしかして、既に私は死んで魂だけ出て来ちゃったとか?


 『ハロー、ネム! 睡眠魔法は発動したようだね』


 相変わらずの呑気な声が頭の中に響く。


 「カルネド! どうなってるの⁈ 私もしかして死んだの⁈」


 『まあまあ、落ち着いて。今ネムの体が浮いているのは幽体離脱の魔法のせいだよ。さっき公園で腕を掴んだ時にやっておいた。これから睡眠魔法使った時はそうなるから。覚えておいて』


 「でも、寝れば全部解決するはずじゃ……」


 『だから落ち着いてってば! それを見せるために、さっき魔法かけたんだよ』


 「え?」


 『今まで起きた時には全部終わってたから、ネムはこの能力の凄さ知らないでしょ? それじゃ私の凄さはいつまで経っても証明できないでしょ? だから今回は特別に証明する場を用意しましたー! パチパチパチー!』


 逼迫した状況なのにカルネドは楽しそうに話を進める。今起こってることは全てカルネドのシナリオ通りなのかな? 自分の凄さを見せつける、ただそれだけのシナリオの。


 『さぁ、証明開始だよ!』


 脳裏にいたずらっ子のように笑うカルネドの姿が目に浮かんだ。

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