第31話

 「うわぁぁぁ!」


 少年の叫び声が辺りに響く。魔力爆弾を抱えた少年の顔は上を向いていた。しかし、目は白目を剥いていて全身は小刻みに震えていた。鼻血を流し、歯をガチガチ鳴らす姿は見ていて不気味でしかなかった。

 聖騎士団も少しずつ集まってきているが、周囲に防御魔法を張るばかりで、誰も少年を止めようとはしない。


 石化魔法のせいで彼の元へは近づくことができない。遠距離魔法で拘束しようとしても石化した一般人に魔法が当たってしまうリスクがある。さらには爆発寸前の魔道具。あの状態になってしまっては魔道具に攻撃が当たったとしても、それが原因で爆発してしまうかもしれない。少年の方を拘束できたとしても、爆発を抑え込んでいたトリガー《少年》がなくなり爆発してしまう。

 

 そう。魔力爆弾を持った少年が石化魔法の中心にいる限り、私たちに勝ち目はない。そのはずなのに


 「これ、本当に全員救えるのですか?」


 『うん! 任せて!』


 そう楽しそうにカルネドは言った。


 次の瞬間少年の手から魔力爆弾が滑り落ちるのが見えた。少年の手を離れた爆弾はゆっくりとスローモーションのように地面に向かっていく。爆弾を受け止めようと必死に手を伸ばす。しかし、幽体離脱した私の手では触れることすら出来なかった。


 轟音が響き渡り、味わったことのないような爆風と熱と光が周囲を満たす。私を含む多くの人がそんな未来を見ていたんだろう。


 ただ1人、カルネドを除いては。


 ゴトッ!


 爆弾が地面に落ちる音がした。それと同時。いや、少し早く地面が白く光る。その光は魔力爆弾によるものではなく、私の展開する魔法陣の光だった。


 私の意識とは別に発動された魔法陣。それは私を中心として少年の足元くらいまで展開されていた。


 これがカルネドが私に与えた能力? 結界内で、しかも寝ている状態でこんな大規模な魔法が使えるなんて。でも、どういう魔法なんだろう? 少年は立ち尽くしたままだし、石化魔法も解けた様には見えない。他にもこれといった変化は……あ


 魔力爆弾は魔力を込めた後、衝撃を少し与えるだけで爆発を起こす魔道具。地面に落とした時点で辺り一帯が吹き飛ばされていてもおかしくはなかった。それなのに爆弾は爆発していない。


 「不発弾?」


 『そんなわけないでしょ!』


 私の呟きにカルネドは怒る。


 『私が作った爆弾は超ハイパーウルトラめちゃめちゃに凄い物なんだから! 城なんか余裕で爆破圏内だし、上手くいけば国を囲っている壁まで破壊できるし!』


 どうでもいいけど、『超』に『ハイパー』とか『ウルトラ』つける人久しぶりに見た。そんな小さい子みたいな表現をするほど、この爆弾は凄い物だったんだろう。


 「だったら、なぜ爆発しなかっなのですか?」


 『ふっふっふっ、よく聞いてくれたね。実はあの魔法陣は魔法を魔力に変換する効果があるんだよ!』


 ん? 魔法を魔力に? どういう意味?


 「……」


 『その反応は分かってないね……仕方ない。説明してあげよう』


 やれやれと言いながらため息をつくカルネド。顔は見えないけどカルネドの呆れ顔が目に浮かぶ。


 『魔力を溜め魔法陣を展開することで魔法が発動される。普通の人は魔力だけで攻撃や防御をしようとしても力が分散して何もできない。それを魔法陣を展開することで分散するのを抑え、攻撃や防御ができる。ここまでは分かる?』


 「……まぁ、なんとなく」


 『一応学校でも習うはずなんだけどね。今回の場合だとあの少年は魔力爆弾に大量の魔力を込めていた。あれは衝撃を受けることで魔法陣は展開されて爆発する、はずだった。でも、ネムの魔法陣のお陰で収束された魔力は分散して、結果的に何も起こらなかったってこと。分かった?』


 「……はい」


 『その反応は分かってないってことじゃん! せっかく凄い魔法なのに凄さが伝わらないなんて……凄く簡単に言うと、あの魔法陣の中では魔法が使えない! これでも分からなかったら、もう知らない!』


 ちょっと怒りながら言うカルネド。原理云々は分かったような分からないような気がするけど、『魔法陣を出せば勝ち』ってことは分かった。カルネドが言っていた『史上最強の眠り姫』ってのはそういう意味か。


 だいたい内容を把握した私は周りの様子を見る。

 少年を止めに来たであろう聖騎士団の人たちは地面に倒れた私を見てざわめき始めている。

 私を中心として展開された魔法陣。地面に転がった大爆発するはずの爆弾。そして呆然と立ち尽くす少年。

 これだけの情報があれば、その場にいなくても私が何をしたか十分にわかるはず。


 宙に漂いながら周囲の反応などを見る。そのたびにニヤニヤが止まらなかった。今までは訳も分からず『英雄』だって持てはやされていたけれど、今回のことでようやく分かった。これまでも、こんなふうに事件を解決してきたんだ。

 にしても、どうしてカルネドはもっと早く教えてくれなかったんだろう? 最初にパン屋で会ったときにこのことを教えてくれていたら、こんなに不安にならなかったのに。


 「あの――」


 カルネドに文句をようとしたその時、ある異変に気づいた。

 さっきカルネドが魔法陣の中では魔法が使えないと言っていた。でも、今私がこうして幽体離脱みたいなことをするのも魔法じゃないのかな? それに石化魔法だって解除されていないみたいだし。あと、ルクスが怪我をした時に私のせいでこうなったみたいなこと言ってたけど、この魔法陣に怪我をする要素なんてない。


 何でかな? 理由は分からないけど、まだ何か隠されている。この人を信用するにはまだ早い。


 「うわぁぁぁ!」


 突然の声に驚き、慌てて下を見る。すると、さっきまで立ち尽くしていた少年が右手魔法陣を展開していた。そしてその状態でゆっくり私の元へ歩き始めた。


 やばい、どうしよう⁈ 何とかしないと。でも、起きたところで石化魔法にかかっているし……このまま寝ていた方が安全かな? でも……


 そんなことを考えているうちに、少年は私に触れられる距離まで来ていた。荒い息をしながら魔法陣を寝ている私に向ける。そして最後の気力を振り絞り少年は私に向かって叫ぶように魔法の名前を言った。


 「斬風ざんぷう!」

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