第32話

 斬風ざんぷう。風魔法の一種で、名前の通り風の斬撃を飛ばす魔法。


 私が通っていた学校でも結構序盤に教えてもらった魔法だ。少量の魔力でそれなりの威力が出せる効率のいい魔法で、目標との距離が近いほど威力が高くなる。遠距離魔法として使っても近距離魔法として使っても役立つ優秀な魔法だ。

 魔力爆弾で魔力はほとんど使ってしまったはず。でも、この距離で眠って動かない相手なら攻撃を食らわすことだって簡単だ。


 どうしよう。確か学校では斬風を発動されたらとりあえず距離を取れって教えてもらった。ほんの1歩でも距離を取ることで傷の深さが全然違ってくるらしい。


 でも、私は眠っているから距離を取ることが出来ない。それに起きたとしても石化魔法が発動してるから無理だ。そもそも、どうやって起きるの? 私は睡眠魔法は使えるけど起きる形の魔法は使えない。というかこの体で他の魔法を使えるのかな?

 それによく考えたら私今魔方陣展開しているのに少年も魔方陣展開できるっておかしくない? カルネドの説明じゃ魔法は使えなくなるって言っていたような気がするけど……


 様々な思考が一瞬のうちに頭の中を駆け巡る。少年が魔方陣を私に向ける。その動作が私にはスローモーションに見えた。少年が展開した魔方陣が一層強く光る。


 もう理屈とかどうでもいい! お願いします! 誰でもいいから私を助けてください!


 結局何もすることが出来なかった私は目を瞑りひたすら祈った。


 「死ねぇ!」


 少年がそう叫んだ直後、ドンと大きな物音が聞こえた。少し遅れて周囲の人間のざわめく声が聞こえた。無残になった姿を想像しながら恐る恐る目を開ける。するとそこには不格好にうつ伏せになった私と石化で固まった人たちがいた。斬風は放たれたはず。それなのに私にも周囲の人にも怪我は見当たらなかった。


 「助かった……のかな?」


 しばらくして回りの騎士団や野次馬の視線の方向に気付き私もその方向を見る。


 「……嘘」


 商店街の未知の真ん中に仰向きになっている人の姿があった。その姿は間違いなく魔力爆弾を爆発させようとし、私を斬風で切り刻もうとした少年だった。


 「どういうこと?」


 私が展開した魔方陣が消えていくのを見下ろしながら、次から次へと現われる不可解な出来事に頭を悩ます私。その答えに悩んでいるうちに、幽体離脱をしていた私の意識も徐々に遠くなっていった。









 


 次に目が覚めたときには私の部屋のベッドの上だった。きっとあの場にいた聖騎士の人が運んでくれたんだろう。誰か分からないけれどありがとう。そう心の中でお礼を言う。

 ルクス達がやっていた壁の修理は終わっていたみたいで、少し壁の色が新しくなっていた。あれからかなり時間が過ぎてしまったようで窓の外は少し薄暗くなってきていた。


 ベッドから体を起こし、今日あった出来事を思い出す。ひさびさの外出だったのに、面倒ごとに巻き込まれ散々な日だった。せっかく店の手伝いをしてお金も稼いだのに、1着も服を買えなかった。正直あんまり外に出ないから別にいいんだけどね。


 「……あの後どうなったんだろう」


 「知りたい?」


 何気なく口から出た独り言に誰かが反応した。誰だろうと部屋を見渡す。しかし部屋には誰の姿も見えない。


 あれ? おかしいな、聞き覚えのある声がしたと思ったのに。もしかしてテレパシー? ううん。はっきり右側から聞こえた。でも、右って窓だし……


 窓の外を見る。すると視界の端に異様な物を捉えた。病気のような白い肌、痩せこけた頬に悲しくなるような暗く青い髪。カルネドらしき人物が私の隣で寝ながらじっとこっちを見ていた。


 「イヤァァァ!」


 あまりの出来事にベッドから飛び出る。しかし、寝起きだったせいかバランスを崩し床に背中から落ちる。

 ドスン!


 低い音が鳴り、背中に痛みが走る。

 この痛み、間違いない。これは現実だ。でも、いつからいたの? 隣で誰かが寝ていたら流石に私でも気付くはず。じゃあ、起きて部屋の中を見渡している時? いやいや。それでも普通は気付くよ。


 「どう? 私の認識阻害。隣で寝てても気付かないでしょ?」


 体を起こしたカルネドはいたずらっ子のように笑い私を見下ろす。


 ……そっか。そんな魔法もあるんだ。今みたいに使うならギリギリ許せるけど、それ絶対悪用しちゃダメなやつじゃん。なんでそんな魔法をたくさん使える才能をこんな人が持っているんだろう。

あ、そうだ! あの後の話聞かないと。それに少年が吹き飛ばされた話も。危ない。びっくりして忘れるところだった。


 「あれってどういう事なんですか?」


 「『あれ』って?」


 「あの少年が飛ばされたやつです」


 「ん? 説明したはずだよ」


 「説明してないから聞いているんですよ!」


 「そっかそっか。じゃあ説明するよ」


 おほんと、わざとらしい咳払いをしてからカルネドは話を始めた。


 「ネムの魔方陣はネムの眠りを妨げる行動をした時に発動される。その効果は遠距離と近距離で2つあるんだ。遠距離は相手が遠くで魔法を発動した場合、その魔法を発動させなくする。これは前に説明したはず。で、もう1つは相手が近距離で魔法を発動させようとした場合。その場合魔法を発動させなくする効果に加えて相手を遠くまで吹っ飛ばす効果があるの」


 そっか。少年が吹き飛ばされたのも近距離の効果が発動したからか。


 「ちなみに、吹き飛ばされる威力は相手の残りの魔力量によって変わるんだけどね。あの少年は魔力がほぼ底をついていたから、あんまり飛ばされなかったけれど強敵になればなるほど吹き飛ばす威力が増すからね。運がよければその時にダメージも入るよ」


 もしかしてルクスが前に包帯でぐるぐる巻きにされたのも近距離の効果が発動したからかな。にしても、あの少年でお店5,6個くらい飛ばされたのに……あれの上がまだあるんだ。


 「にしても、今回は無事に解決したね」


 言われてみれば爆弾も爆発する前に止められたし、少年が吹き飛ばされた以外は誰も怪我をしていない。無事と言えば無事だけど、もともとはカルネドが原因だ。

 カルネドが少年に爆弾を渡し、こっそり連れてこなかったらこんな事にはならなかった。自分でまいた種を自分で回収しただけなんだけどな。


 「さてと、説明終わったし私は帰りますか。次はもっと面白い子連れてくるから期待してねー」


 軽く伸びをしたカルネドは私に手を振った。次の瞬間にはカルネドの姿は煙のように消えて無くなっていた。 

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