史上最強の眠り姫

栗尾りお

第1話

 「……ん」


 うざったい光を感じゆっくり目を開ける。

部屋の隅に積まれた教科書。床に散らばった衣服。いつも通りの見慣れた部屋の光景が広がっていた。


 カーテンの間から差し込む光がピンポイントで私の顔を照らしていた。思わず寝返りを打ち布団を頭まで被る。そして目をつぶりもう一度夢の中へと戻ろうとする。私はこの寝るか寝ないかの間をさまようこの感じが大好きだ。意識はあるけどふわふわしていて、布団の暖かさを最大限に感じられる。願わくば、ずっとこの狭間をさまよっていたい。


 けど、人生はそう甘くはない。


 ドタドタドタ!


 来た!

 階段を上ってくる音に反応し、反射的に布団をギュッと握る。今日こそ、今日こそは私の平穏な時間を守ってやる。そう決心しながら。


 「いつまで寝てんの、ネム! もう店開くよ!」


 「……えー。まだ眠いから寝る……」


 「バカ言ってないで早く起きる! 今日はあんたが店番って言ったでしょ! ほら、布団から手を離す!」


 そう言いながら私から布団を奪い取ろうと引っ張ってくるママ。もちろん、私も負けじと引っ張り返す。

 ついこの間までは私が昼過ぎに起きてこようと、日が傾き始めた頃に起きてこようと何も言わなかったのに。最近になって毎朝のように起こしに来て、毎朝このやりとりをする。


 そういえば、前にパパが私にこのパン屋を継いでもらうみたいなこと言ってきたっけ? あの日から私の平穏な日々が狂い始めた。早く何とかして平穏な日々を取り戻さないと――


 「あんた最近ヤバいよ。太りすぎ。ほらこの足!」


 「きゃっ!」


 手薄になっている足下の布団をめくり上げられた。そして現われたふくらはぎをママはペシペシ叩く。


 「運動もしていないのにつまみ食いばっかして! うちは肉屋じゃありません! 私があんたぐらいの時はもっと痩せてたよ」


 「嘘だ! だって前にパパにママのどこを好きになったのって聞いたとき『いい感じにぽっちゃりしてたから』って言ってた!」


 「そ、それは……」


 「それに太った私を見て『ネムも綺麗になったな。若い頃のママそっくりだ』って言ってたし。運動したところで遺伝には勝てないんだよ!」


 「とにかく! 私たち今日出かけるから! 店あんたしかいないからね!」


 そう言ってたたきつけるように布団を離す。風で一瞬膨らんだ布団がゆっくりと私の体を包んでいく。いつもより大きめの足音で階段を降りる音がしたけど、私にはそれが負け惜しみにしか聞こえなかった。

 しばらく布団の中で勝利をかみしめ、ゆっくりと体を起こす。本当は昼過ぎまで寝てるつもりだったけど、さっきのやりとりで脳みそが完全に起きてしまった。

 少し残念な気持ちになりながらも、ベッドから出てゆっくりとした足取りで階段を降りた。


 顔を洗い、昨日売れ残ったパンを牛乳で流し込む。そして食器を台所に持って行った後、絡まった髪を何度もクシでとく。その間に店の方からお客さんと楽しそうに会話するママの声が聞こえる。

 多分あの声は常連の人だ。名前は分からないけど、いつもこれくらいの時間に来てママと話をしている。店の手伝いはほとんど出来るけど、ああいうお客さんとの会話が苦手だ。いつも何を話していいか分からなくなる。

 いつもより時間をかけて髪をとき、制服に着替える。全ての支度を終えた私はあくびをしながら重い足取りで店の方へと向かった。


 店に出るとそこには常連さんどころかお客さんの姿はなかった。多分開店直後の忙しい時間帯は終わったんだろう。今からお昼頃までは暇な時間が続く。いい感じの時間に店に出てこれてラッキーだ。


 「遅いよネム」


 店に出てきた私を軽く注意する。カウンターに立つママの姿は、さっきまで怒鳴っていたママとは違い完全なパン屋の人だ。


 「……うん。髪の毛直すのに時間かかって」


 「そう。じゃあ私たちはもう行くから。店番よろしくね」


 「……うん」


 私に店番を頼んだママは私の横を通り、家の方に入っていった。


 「はー、やるか……」


 扉が閉まるのを確認してから大きなため息をつく。そしてゆっくりカウンターに向かう。


 この国の中央に位置する城から少し離れたところにひっそりあるパン屋。それが私の住む家だ。ここでパパとママと私の3人で生活をしている。最近になって私も店の手伝いをやらされることが増えてきたけど、基本はパパとママの2人で店をまわしている。

 凄く人気があるわけじゃないけど、それなりに常連さんもいる。私も小麦の匂いに満たされたこの店が好きだし、この店のゆったりした感じも好きだ。


 でも、私が働くのは違う気がする。


 人には向き不向きがある。やりたいことをやるのが自分にも他人にも一番いいと誰かが言っていた。


 私に向いているのは寝ることだし、私がやりたいことは毎日昼過ぎまで寝ることだ。だったら私はパンをこねたり、お客さんと話したりするべきじゃない。前にそうパパとママに言ったことがある。けど、パパは笑いながら「そっかー」って言うだけだし、ママに至っては途中から顔を見れなくなるほど怖い顔をしていた。


 一通り言いたいことを言い終わった後に凄く怒られたことは言うまでもないし、その日を境に手伝いの量が倍くらいに増えた。


 でも、私は諦めない。いつか寝ているだけで生きていける、そんな生活を実現してやる。そのためにもイケメンで、お金持ちで、家事全部やってくれて、全然怒らない旦那さん探さないと。


 「どこかに、そんな人いないかな……」


 カウンターに肘をつきながら、ため息交じりに1人つぶやいた。

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