第12話

 うっとうしいくらい眩しい太陽。どこからか聞こえる鳥のさえずり。一面に広がる鮮やかな草原。いつもとは違う風景に、思わずどこか違う世界に迷い込んだのではないかと思ってしまう。いつもの私なら自然を全身で感じながら木陰でゆっくり昼寝をするんだろう。でも今は――


 「はい、次右です! 次は左! 遅い! 常に走ることを意識して! ほら、諦めない!」


 草原のど真ん中であっちこっちに放たれる黒い球を追っていた。









 「聖騎士団に入団って……」


 「はい。ぜひ今後もあの大規模魔法でこの国を守っていただけたらと思いまして。あなたのような優秀な魔法使いがいれば皆様も一層安心して生活できるでしょう」


 「で、でも私襲撃の時寝てて。私が街を守ったなんてまだ信じられなくて……多分何かの間違いだと思いますよ。それに私みたいな一般人が入団すると聖騎士団の人たちに迷惑がかかると思いますよ。私学校で魔法は学びましたが、成績はいつもギリギリでしたし」


 「確かに不安を感じるのも理解できます。しかし、先ほどこの部屋で確認しましたがあなたの魔力は大規模魔法の際に感知した魔力と一致しました。あなたが街を守った英雄であることは間違いありません。それでも不安であればルクスに特訓をつけさせます。それで少しは不安もなくなるでしょう」


 「でも……」


 こいつ、私の話聞いてないのかな? 大規模魔法のことなんて知らないし、魔法もほとんど使えないって言ってるのに。とにかく、ここははっきり断らないと。変に流されて入団してしまったら聖騎士団にも迷惑が掛かるし、パン屋の方にも悪い噂が流れるかも知れない。


 「あ、あの!」


 「すでにネムさんのお部屋はご用意しておりまして。広くて日当たりもよく、ベッドも最高級のものを用意しております。もちろん食事も王族の方達と同じ物をお出しする予定でございます。先ほど入団と言いましたが、ネムさんは街で異変が無い限りこの城の中で待機して頂きます。もちろん暇なときはどのように過ごしてもらって構いません。何もなければ一日中寝ることだって――」


 「私入ります!」


 という流れで私は聖騎士団に入団することになった。メレアも勧誘されていたけど「私規律とか集団行動とか大っ嫌いなんだよね-」と言って断っていた。たしかにメレアらしい答えだけど、聖騎士長にため口はダメだと思う。


 つい最近までパン屋で働いていたのに、私なんかが聖騎士団に入団するなんて思いもしなかった。でも、ここにいれば超豪華なご飯が食べられる。この国で最高級な場所で生活を送れるし、街が平和なら一日中ごろごろしていても誰も文句は言わない。おまけに、いつでもイケメン王子様のルクス君と特訓デートしてくれる。もう毎日朝早くから起こされないですむし、嫌いな接客もしなくてもいい。

 私の理想をぎゅうぎゅうに詰め込んだ提案。これを見逃すほど私はバカじゃなかった。


 家に帰った私は早速このことをパパとママに報告した。最初は冗談だと思って信じてもらえなかったけど、次第に私の事を心配してくれるようになった。「多分後方支援だから大丈夫」とその場を誤魔化した。正直どこに配属されるか聞いていないけど、私みたいな素人が前戦にいたら邪魔になる。それに魔法使いは後方から攻撃をする。そんなイメージがあった。


 だから、こんなことになるなんて思いもしなかった。


 私が引っ越しを終えた次の日の朝、ルクス君が「少し外に出ましょう」と言ってきた。私的には引っ越し作業の疲れが残っていたので今日は一日中部屋でゆっくり過ごそうと思っていた。でもルクス君に誘われたなら断るわけにはいかない。


 「分かりました! でも、ちょっと準備に時間かかるかも知れないので待っててください」


 そう伝え慌てて準備を開始した。昨日綺麗に棚に整理した部屋着を床に投げ捨て、奥に入れてあるお気に入りの服を探す。こっちでは外出なんてほとんどしないと思っていたから探すのに時間がかかってしまう。こうなるって分かってたら学生時代の私服もっと持ってこればよかった。


 「あった!」


 しばらく着ていないお気に入りの服を見つけ早速着ていく。しかし、体の肉が邪魔で着るのに時間がかかる。


 「ふぅ……いけた」


 力ずくでなんとか着れた。破れはしないと思うけど、今日は大人しく過ごそう。出来るだけ立ったり座ったりを繰り返さないようにしよう。

 パツパツの服を纏った状態で一応全ての準備を終えることが出来た。本当はもっと時間をかけたかったけど、これ以上待たせるのは申し訳ないし、どこまでやっても不安はなくならないと思った。でも急いでやった割には結構いい感じに出来た。「頑張れ、私」そう自分に言い聞かせ、扉を開けた。


 「お待たせしました」


 ガチャっと扉を開けて部屋の外に出る。すると廊下で筋トレをしているルクス君の姿があった。こんな時にもトレーニングだなんて。流石ルクス君だ。


 「あ、はい。ではいきましょうか」


 そう言って特にコメントも無いまま立ち上がり、足下に大きな魔方陣を展開させる。

 次の瞬間さっきまでの景色がガラッと変わり、一面鮮やかな緑色になった。少し見渡すとそう遠くない場所に国を取り囲む壁が見えた。


 凄い、一瞬で国の外に出た。ここって近くの草原だよね……それより確か城の中って魔法を使いにくくする結界が張られていたよね。それも街に張られているやつより強いやつが。それなのにこんな簡単にやるなんて。


 ルクス君の方を見ると今度は手のひらに魔方陣を展開させていた。何をするのかとしばらく見ているとルクス君の手のひらからゆっくり剣が生えてきた。最初は本物かと思ったけどよく見ると、学校の訓練とか模擬戦でつかう木製の剣だった。


 「……」


 ん? デートで木の剣? なんだか嫌な予感がする。どうか違っていてください。


 そんなことを願いながら剣が出来るのを待つ。剣が完成するとルクス君は私の元に歩み寄り剣を渡してきた。


 「今から特訓をします」


 ……そうだよね。ルクス君は「少し外に出ましょう」と言っていた。本当にそれしか言っていなかった。それを私が遊びだと勘違いしてしまった。……そうか。今から特訓か。でも、待って! どうしよう? 今私パツパツの服着てるんですけど?! いや、ゆったりした服着てても特訓は嫌だけど……そもそも準備する前に何するか言って欲しいんですけど! 普通外に出るだけじゃ分かんないじゃん!


 「では私がこの黒い球を放ちますので剣で切ってください。今日は試しに1000個切ってもらいます」


 「え、ちょ! 待っ――」


 私の言葉を遮るようにルクス君は黒い球を放つ。こうして予期していない地獄の特訓が始まった。

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