第48話

 額から出た生暖かい液体は私の口の横を通り、顎からポタポタと落ちる。きっと屋根の上には赤色の丸がいっぱい出来てるんだろう。


 妙に感覚が研ぎ澄まされている気がする。これが死の間際ってやつかな。ルクスは痺れて動けないし、メレアもサーラもどこにいるか分からない。もし聖騎士団がこの場所で戦いが起きたことに気付いても大軍で来るとは思えないし、魔王が相手じゃ全員が一丸となっても倒せないと思う。


 これが城でダラダラ過ごしていた罰かな。こんなことになるって分かっていたら特訓だって真面目にやっていたし、もっと言えば聖騎士団に入らずパン屋で働いていたのに。いつだって後悔した時には遅すぎるんだ。

 恐怖で体は動かないのに、頭だけは無駄に動く。しかも考えることは、ここから生きて帰る方法じゃなくて、どうしようもない過去の話。……まったく最期まで私らしいな。


 「あはは」


 恐怖で頭がおかしくなったのか、情けない自分に呆れたのか笑い声が出る。


 「さすがルクス様ですわ。その表情、この状況下でもあの女を助ける案を考えていらっしゃる。わたくしの膝の上で動けないのに。やはり必死に足掻こうとするルクス様は愛おしいですわ。しかし、私としては出会った頃の怒りで我を忘れたお顔の方がゾクゾクいたしますわね。やはり早くあの女、殺しましょうか」


 「き、貴様!」


 「そうですわ! その顔ですわ! 殺意に満ちあふれたその表情! さあ、もっと私を恨んでくださいまし! ありったけの負の感情を私にぶつけてくださいまし! それを私は全て受け止め、全て愛してみせ――」


 突如魔王の目の前に出現した石柱が愛の言葉を遮った。


 「あらあら。まだわたくしたちの愛の邪魔をする愚か者がいるようですわね」


 そう言いながら魔王は黒い手を戻し石柱を切断した。切断された石柱は地面に落下し、地響きと砂埃を立てる。これで終わりかと思ったが、石柱は地面から次から次へと生えてくる。それも勢いを増して。


 「な、何ですの?」


 魔王は警戒しながら黒い塊を自身を守るように薄くのばした。しかし石柱は魔王を襲うわけでも私を助けるわけでもない。時には十字路の中央から、時には民家を貫きながら無作為に生えてくる。

 あっという間に周りの景色が見えなくなるほど、辺りは石柱で埋め尽くされた。魔王の姿も石柱に遮られて見えなくなる。それだけで緊張から少しだけ解放されたような気がした。


 「いやー。この魔法だけはあんまり使いたくないんだよねー」


 ふと隣から聞き慣れた声がした。


 「確かに凄いですけど、やり過ぎではありませんか? 後で大変なことになるんじゃ……」


 「大丈夫! だってあそこに魔王いるでしょ? あいつに責任なすりつければいいじゃん!」

 

 「それはちょっと……それに調べれば誰が使った魔法か分かるのでは?」


 「……さ、今は目の前の敵に集中しよっか」


 丸眼鏡をかけた灰色髪の少女はクルクルの緑色の長髪の少女に誤魔化すように言った。


 「メレア……サーラ」


 「どうしたの?」


 「はい」


 こっちを見る2人に勢いよく抱きつく。


 「ちょっと! ここ屋根の上! 踏み外したら死ぬって!」


 メレアが大声で何か言ってるけど、そんなの気にしない。今はそんなことより2人に会えたのが本当に嬉しかった。メレアのスキルは知っているし見たことある。でも目の前で魔王が魔法を放ったのを見て、それでも無事だと信じれるほど私の肝は据わってない。それにサーラだって力は強いしメレアの特訓を受けて強くなったのかも知れないけど、魔王から逃げ切れるなんて思ってもいなかった。


 「こらっ、いい加減、離しなさい! サーラ、特訓の成果見せてあげて」


 「この場でですか?」


 「早く! 魔王の攻撃来るよ!」


 「分かりました。えい!」


 本当に一瞬のことだった。抱きしめる私から逃れたサーラは、私の腕を掴んでひねる。気付いた時には私の体は空中に浮き、そのまま勢いよく屋根に叩きつけられた。


 「ふがっ!」


 思わず変な声が出てしまう。痛みをこらえながら目を開けるとのぞき込むようにしてみる2人の顔があった。


 「……あの、私たち味方だよね……ここ屋根の上だよ」


 「知ってる。だって最初にあたし言ったし」


 「すみません。一応向きと力加減は調節してのですが。次からは気を付けます」


 「まだ投げる気なんだ」


 「まあまあ許してあげなよ。本人も悪気があったわけじゃないんだからさ」


 「何でメレアが宥めてんの? 8:2で悪いのはメレアだよ!」


 「ですが最初に言うことを聞かなかったのはネムさんでは?」


 「サーラ何か言った?」


 「あ、いえ……何も」


 「まあまあ。ネムもそんなに起こらないの。サーラも投げるときは気を付けて投げようね」


 「だから何でメレアが宥めるの?!」


 小声で私に注意するサーラに軽く圧をかける私。それをお姉さんみたいな雰囲気を出しながらなだめるメレア。戦闘中のはずなのに、ついそれを忘れてしまいそうになる。

 気合いを入れ直した私はゆっくり立ち上がる。そして服に付いた汚れをパンパンとはらう。そんな私の方をメレアが叩く。


 「ネム。今からサーラと一緒に武器取って来てくれない?」


 「いいけど、その武器ってどこにあるの?」


 「一応この地区にあるよ。でも場所遠いんだよなー。場所はサーラが知ってるから」


 「分かった。でも、その間メレア1人だよ。武器もっと近くに置けば良かったのに」


 「下手に近くにおいて私の魔法で壊されたら大変じゃん。この戦いで1番重要なのはあの武器なんだから」


 へー。そんな重要な武器なんだ。私は木の箱に入った状態でしか見たことないから、武器については何も知らない。確か私が入れるくらいの大きさの箱だったような。大きさから考えて使用者はサーラかな。


 ピシッ


 魔王がさっきまでいた場所にある石柱にヒビが入る。なんとなく分かってたけど、この程度の魔法ではやられていないみたいだ。


 「サーラ、早く行こ。そろそろ魔王の反撃が来る。武器取ったら私たちもメレアに加勢しないと」


 「そうですね。では失礼します」


 そう言うとサーラは私の腰に手を回し、お姫様抱っこをした。あまりのスマートさに2回目だけどドキドキした。


 「今日はいつもより軽いですね。かなり抱えやすくなりました。あ、でも無理はしないでくださいね」


 「……ありがと。多分朝ごはん抜いたからかな。あはは」


 ぎこちない笑い方をしながらさりげなく前髪を整える。どうしよう。本気でサーラと目を合わせられない。


 「こらー。そこのネムー。本気にしなーい。それはお世辞っていうんだよ。お・せ・じ」


 「うるさい! 分かってるよ、そんなこと。でもサーラくらいしか私に優しくしてくれないんだよ! いいじゃん。私だって優しくされたいの!」


 せっかくドキドキしていたのがメレアのせいで冷めてしまった。


 「はいはい。じゃあ、あたしはこっちに集中するね」


 「分かった。出来るだけ早く戻るから」


 「走るのはサーラだよ。ネムのセリフじゃなくない?」


 「うるさいな! 正論ぶつけないで!」


 「あははっ!……じゃあね、


 「……うん」


 「ご武運を」


 最期に笑顔で手を振ったメレアはすぐに私たちに背を向けた。見慣れたコートがいつもより悲しく見えた。

 サーラは石柱を避けながら目的地へと真っ直ぐ進んでいく。武器の置いてある場所を知っているサーラと違い、私はどのくらいの時間で戻れるか分からない。だからなのか、何も出来ず時間が刻一刻と過ぎていくのがもどかしくて仕方がなかった。


 「……あの」


 いつも以上に気を遣うように声をかけるサーラ。きっと私が不安な顔をしていたからなんだろう。


 「ずっと気になっていたのですが、メレアさんのスキルって何ですか?」


 「あれ? メレアから聞いてないの?」


 「はい。聞いたことはあるのですが、その度に上手くはぐらかされてしまって」


 「あー、それは仕方ないよ。メレア、ああ見えて臆病だもん」


 「え?」

 

 不思議そうな顔をするサーラ。確かにいつものメレアしか知らない人にとっては『臆病』なんて言葉はメレアとは反対の言葉にしか聞こえないんだろう。


 「多分この作戦が終わる頃には本人の口から聞けると思うよ。親友としてもそっちの方がいいし。ただ1つ言えるとしたら……」


 「言えるとしたら?」


 「メレアは自分のスキルが大嫌いなんだよ」


 そう言うとサーラはそれ以上のことは聞かず、黙って目的地へと走っていった。

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