第6話

 聖堂を出たルクスは時計塔へと向かった。

 ここの一番上はちょっとした展望台になっており、街を見渡せる。展望台までの階段が長いことや、他の見張り台に比べて城からの距離があることから、ここを使っているのは隊の中でもルクスぐらいだ。魔王襲撃後ルクスは魔王を倒すために騎士になることを目指した。学校卒業後、無事騎士団に入団したルクスは血のにじむような努力をした。その努力が実を結び、本来10年はかかると言われている師団長の座にたった3年で就くことが出来た。しかし、団員の中にはその事をよく思っていない人も多くいる。


 彼もその事に薄々気付いている。だから団員には最低限の指示しかしないし、自分から無駄な関わりを持ちには行かない。そう言う理由もありこの時計塔はルクスにとって都合がよかった。


 長い螺旋階段を登り切り、古くなりさび付いた扉を押す。ギィィと音が鳴り、隙間から光が差し込む。半分くらい扉を開け外に出る。心地よい風が頬を撫で、金色の髪をなびかせる。ゆっくりと足を進め展望台の柵に手をかける。


 見下ろすと活気のある風景が広がっていた。常連客らしき人と楽しそうにやりとりをする商売をする店主。店の前で話しをする主婦達。道路で追いかけっこをする少年達に少し遅めの速度で荷物を運ぶ馬車。こうして見るととても平和だ。まさか魔王が近くにいるなんて誰1人として思いもしないだろう。

 魔王が責めてきたらこの平和な場所は崩れ去る。それを止めるのが騎士団の仕事だ。


 柵から手を離し手のひらを上に向ける。そして小さく唱えた。


 「索敵魔法展開」


 するとルクスの手のひらの少し上に魔方陣が現われる。しばらくすると魔方陣は形を変えこの国の地図となった。


 「……異常無しか」


 強い魔力を感じたらこの地図上に赤い点が表示される。すでに国内に侵入している可能性があると思い展開してみたが、杞憂だったようだ。よくよく考えれば森で強大な魔力を関知したからといって、それが必ずしも魔王であるとは限らない。それにたとえ魔王であったとしても今日攻めてくるとも限らない。少し頭に血が上っているようだ。


 「……焦るな。落ち着け」


 自分に言い聞かせつつ深呼吸をする。

 このまま気を張り詰めた状態だと、いざ魔王が来た時に対応できない。今は少し休むか。


 そう思ったルクスは索敵魔法を解除した。そしてゆっくり手を下ろし、その場に腰を下ろそうとする。その時だった。


 急に背筋がゾクリと寒くなり指先が小刻みに震える。しかし体はまるで重いヘドロで被われたかのようになり動かない。動けない。声も出せない。それなのに恐怖だけは体の奥底から湧き上がってくる。


 この感じ、魔王だ。


 唇を強く噛み、痛みで恐怖を紛らわせる。動けるようになったルクスは慌てて立ち上がり、辺りを見渡す。すると信じられない光景が目に映った。

 国を取り囲む巨大な壁。その壁に綺麗な丸い穴が空いていた。それも遠くからはっきり分かるほどの大きさの。


 「脚力強化! 跳躍上昇! 衝撃吸収!」


 手のひらを前に出し同時に3つの魔方陣を展開させる。そして時計塔から飛び降りた。

 民家の屋根に着地したルクスは屋根の上を走り穴の空いた壁を目指した。


 「くそっ、俺も森に行っていれば……」


 穴の空いた方角は魔力を感知した森の方角とは少しずれている。しかし、魔王レベルの魔力ならば余裕で感知できるはずだ。少なくともルクスなら感知した後で駆けつけても、魔王が壁に付く前に追いついていただろう。今回は森の方に人員を割きすぎた。おそらく魔王に遭遇したのは50人程度。厳しい訓練を積んでいるとは言えそんな人数で魔王にかなうはずがない。せめて回復部隊が間に合ってくれたらいいが。


 様々な思考が彼の頭の中を駆け巡る。いつの間にか彼の目には淡い光が灯っていた。


 「っ!」


 壁を目指すルクスの視界に赤髪の少女が入った。すぐに剣を抜き少女の前に降り立つ。


 血で染まったような赤い髪に獣のような鋭い目。前回と違って頭に大きな黒いリボンをつけ、ヒラヒラした黒いドレスを身にまとっている。背も少し大きくなっている気がするが、間違いない。あの時の魔王だ。


 「っ! もしかしてあの時の男の子ですの? まさか、あなたの方から来てくれるとは思っていませんでしたわ。わたくしたち前にこの辺りで会ったことがあるのですが、その様子だと覚えていますのね?」


 「ええ、忘れたくても忘れられませんでしたよ!」


 「嬉しいですわ! 数年ぶりに男女が同じ場所で出会う……なんて運命的な出会いでしょう!」


 楽しそうに話す魔王。その魔力は禍々しいが攻撃をしてくる気配はない。なめられているのか? ならば――


 地面を強く蹴り一気に距離をつめる。間合いに入ったとことで剣を振り下ろした。

 しかし、剣は彼女に当たるギリギリで止まった。彼女周りの魔力が剣を止めたのだ。魔力はルクスの剣を徐々に包み込む。包み込まれた剣は押しても引いても動かない。


 だが、ここまでは見えていた。


 「炎牢」


 剣から手を離した瞬間、彼女の足下から竜巻のような炎が吹き上がる。この魔法は相手を炎の竜巻の中に閉じ込め、中にいる敵を焼き殺す魔法だ。上級レベルの魔物であっても骨一つ残ることはない。いくら魔王であっても流石に無傷ではいられないだ――


 「……そんな」


 ルクスの『光の目』が次の魔王の行動を先読みした。しかし、どうしていいか分からずルクスはその場に立ち尽くす。


 ルクスが発動した炎牢がゆっくりと形を変え、一点に集まりだした。いや、正確には魔王の魔力で炎を圧縮し始めたのだ。


 「まったく……積極的なのは嫌いじゃないですわ。ですが、まずはお互いのことを知るべきじゃないですの?」


 やれやれといった表情で彼女は人を閉じ込めるほどの大きさの炎を小石程度の大きさに丸めてしまった。

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