第8話

 「えぇぇ! 寝てたの?!」


 のどかな午後のパン屋に大声が響く。声の主はヨレヨレのコートに丸眼鏡をかけた少女だった。


 「ちょ、ちょっと! 今日はママがいるんだよ! 店番中に寝てたことバレたら怒られるじゃん!」


 「あ、ごめん。でも魔王の襲撃で騎士の人たちが避難誘導してて、みんなもパニックになってたし。まさか、そんな中で寝てたなんて信じられなくて……一周回って自慢できるよ! うん、あたしみんなに知られてくる! まずはおばさんに報告だね」


 「だからダメだってば!」


 慌てて椅子から立ち上がり、調理場の方に行こうとするメレアの腕を掴む。他の人なら冗談で言ってるって分かるけど、メレアは他の人とは違う。たとえ扉に『Staff Only』と書かれていたとしても堂々と中に入っていくはず。


 「そ、それより! 魔王について教えてよ! 私寝てたから知らなくて」


 メレアの興味をひこうと強引に別の話題を振ってみる。すると「ああ、その話ね」と体をドアの方から私へと向けた。


 ……よかった。


 安堵しつつゆっくり腰を下ろす。でも、魔王の襲撃についても知っておきたかった。昨日メレアが帰った後少しうたた寝をしてしまった。目が覚めたときには城の方から近所の人たちがぞろぞろと帰ってきているところだった。メレアの話からすると多分私が寝ている間に魔王が来たんだと思うけど、正直実感がわかない。


 「避難所にいた騎士に聞いた話だけど、魔王の調査に行ってた騎士が転送魔法で帰ってきたんだって。それで魔王が現われた報告とか、避難誘導をとか騒いでいる間に魔王が現われてさ。それで壁に穴開けちゃったんだよね」


 「壁?」


 「うん。この国を囲んでいる壁あるじゃん。その壁に綺麗な丸い穴を開けたんだって。しかも遠くから見えるぐらい大きいのが」


 「へー……それから」


 「あとは団員全員で応戦してるって話ばっかり。あたしも大丈夫かなって思いながら避難所にいたけど、しばらくしたら外にいた騎士が入っていて『魔王は倒しました』って報告をしてきて。それで帰してもらった」


 「……そんなことがあったんだ。にしても避難所にいた騎士の人よく話してくれたね」


 「本来なら黙っていなきゃいけないと思うけど、避難中に色々見た人も多かったしね。壁の穴の話なんてほとんどの人が知ってたと思うよ」


 「そっか……」


 でも、まだ信じられない。というか違和感がある。魔王が襲撃した次の日だというのに今日も朝からお客さんが来ていたし。パンのお届けに行った際も街はいつもと変わりなかった。

 そういえば、前に魔王が襲撃した時も特定の場所以外はほとんど被害はなかったって言ってたような……たまたまかな? それとも何か理由があって――


 チリーン!


 そんなことを考えていた時だった。ドアが開きベルの音が鳴った。慌てて椅子から立ち上がり来店の挨拶をしようとする。

 しかし声は出ず「いらっしゃいませ」の『い』の口のまま固まってしまった。


 茶色の髪をした短髪の男性。年齢は私と同じがちょっと上。聖騎士団の甲冑を身にまとっていた。


 でも、私が驚いたのはそこじゃない。

 入り口のドアの上の部分にぶつかりそうなくらいの身長。横幅も痩せていた時の私2人分くらいある。優しそうな顔をしているのに体格とのギャップがあって怖い。見たこともないサイズの甲冑の下にはきっと筋肉がぎっしり詰まっているんだろう。


 「あれ? ギー君じゃん!」


 「お、メレちゃん! 久しぶりー。ここにいたんだ」


 親しげに話す大柄な男性と親友。お互い愛称で呼んでるってことは結構仲良いんだ。友達かな? もしかしたら彼氏ってことも……


 「そういえば紹介したことなかったよね。この子はあたしの親戚のギー君ことギラル。3番隊の副団長で主な業務はあたしが引き起こすトラブルの解決したりその報告をしたり。一言で言うとあたしの保護者だね」


 「……間違ってはないんだけどね。まあいいか。初めまして、ギラルです。えっとネムさんでよかった?」


 「あ……はい」


 「で、ギー君は何でこんなところにいるの? サボり? だったら遊ぼうよ」


 「そんなわけないだろ。ちょっと団長に頼まれて……」


 そう言って腰に下げてある布から石板を取り出した。それをカウンターの上に丁寧に置く。それでもドンと重たい音がした。

 大きさは図鑑や魔導書みたいにちょっと大きめの本ぐらいの大きさで、表面には魔法陣が彫られている。そしてその中央には手の形の溝が彫られていた。


 何だ、これ? 手をこの溝の所に合わせたらいいのかな。


 「これ何? どうやって使うの?」


 「真相板しんそうばんって言って街中で無許可に魔法を使った犯人とかを探す時に使う魔道具だよ。昨日、魔王と団長が戦っている時に近くで強力な魔法が使われたらしいんだ。でも、住民は避難してたから多分魔法を使ったのは住人とは限らないって言ったんだけど。上は聞き入れてくれなくて……」


 「もしかして1人でやってんの⁈」


 「本当は団長がやるはずだったんだけどね。魔王との戦いでダメージ負っていて。代わりに僕がやってる。はぁ、あと半分もある……」


 肩を落としながら話すギラルさん。心なしか最初に見た時より小さくなっている気がする。

 副団長でこんなに強そうなのにまるでパシリみたいに使われるなんて。なんだか可哀想に思えてきた。とりあえず協力して、少しでも早く終わらせてあげよう。


 そう思った私は戸惑いつつも魔法陣の中央に手を置く。

 すると魔法陣が白く点滅し始めた。5、6回点滅したのち魔法陣は赤く光った。そのまましばらく待っても変化はない。多分これで計測は終わったんだろう。


 「あ、あの……一応やってみたんですけど」


 手を石板に置いたまま2人に声をかける。すると石板を確認したギラルさんの目が大きく開いた。

 ドシドシと足音をたてながらカウンターに近づいてくる。


 もしかして、やっちゃいけないことした⁈


 慌てて手を引っ込めるが、ギラルさんは止まることはない。不安と恐怖で背筋がピンとなる。


 カウンターに手をついたギラルさんは覗き込むように石板を見つめる。


 「……念のため、もう一度いい?」


 「は、はい」


 2人に注目されながらゆっくりと真相板に手を置く。さっきまで普通だった心臓の脈が急に早くなり始める。その鼓動の1つずつが私を余計に不安にさせる。

 しかし結果は変わらず、数回白く点滅した後赤く光った。


 「……けた」


 「へ?」


 「『英雄』を見つけました!」

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