14.そしていつもの日常へ
連休が明けた。珍しく妹の声ではなく、アラームで目が覚めた。服を着替えて歯を磨いてリビングへ。燈の姿はなく、紅葉がソファーを占領していた。
「燈は?」
ぶんぶんと首を振る紅葉。賢いな。
今日は一日仕事もないので登校すると言っていた。せっかくならもう少し寝かせてやりたいが、ちゃんと授業に出るならそろそろ起きた方がいい。
「紅葉、燈のこと起こせたりしない?」
冗談で言ってみたのだが、あくびをしながら紅葉はすっと立ち上がった。
「起こせるんだ……」
紅葉はソファーから降りて、素早く階段を上っていった。うちのワンコすごいな。
紅葉が燈を起こしてくれるようなので、俺は朝食の準備をすることにした。上の階からぎゃーぎゃー声が聞こえてくるが、紅葉が燈に優しくないのはいつものことだ。
俺も燈も朝はパン派なので、基本的にいつも食パンに何かを合わせて食べている。冷蔵庫を開けるとハムとチーズが目に入ったので、今日はクロックムッシュ風トーストにしよう。
「紅葉に朝からいじめられた……」
「おはよう」
「おはよっ! 朝ごはん任せてごめんねっ!」
「むしろ最近燈にばっかりやらせてた気がするから」
「そういえばそっか」
俺にやらせすぎないようにという理由のはずなのにいつの間にか燈がやってしまうので、最近は俺がすることもなかった。もちろん燈がいないときにやれることはやっていたけど、燈が帰ってくると基本的に家事を奪われてしまっていたので、今日からはまた燈にやらせすぎないようにしたい。
燈が身支度をしている間に朝食を完成させて、テーブルに並べておく。紅葉の分の朝食も準備すると、ゆっくり食べ始めた。
「そういや、今日は夏葉姉が来る日だっけ。一緒に行けるかな」
「いや、いろいろあるから先に行ってるらしい」
「あ、そなんだ」
夏葉は今日から箱林の二年になる。クラスは俺や神戸たちと同じクラスにしてもらったらしい。おそらくは騒ぎになるはずなので、その辺りのコントロールは事前に神戸にも頼んでおいた。その神戸は元気に返事をしてくれたものの「夏葉ちゃんわたしとも仲良くしてくれるかな!? 楽しみだなぁ」なんて言っていたので、頼みの綱は正直なところ楓さんだけだ。
夏葉も「いざというときは楓さんと優希を頼る」と言っていたのでさほど心配はしていないが、正直普段から日陰者の俺を頼られてもどうしようもないのでむしろ頼らないでほしい。
「美味しかった!」
「お粗末さま」
食後にもう一度歯を磨いて、準備を整える。時間的には余裕があるが、また教室で神戸が一人で掃除をしていると嫌だなと思ったので少し早いが家を出ることにした。
靴を履いていると紅葉が見送りに来てくれたので、頭を撫でると満足そうにリビングに戻って行った。燈には見向きもしなかった。
「つか、どんな感じで起こされたんだ?」
「普通にドア開けてのしかかられた。うちの子賢いね」
「あいつドア開けれんのか……」
それでも普段は部屋に入ってきたりしない辺り、もしかしたらものすごく賢い子なのかもしれない。かなり長く一緒にいるのに知らなかった。
「優希、手を繋ごう」
「嫌です」
「わたしが手を繋ごうって言って拒否るの優希くらいだと思う」
「俺は友梨のファンである前に燈の兄だからな」
「兄妹で手を繋ぐのは別に変じゃないと思うよ」
「変だよ十分。このくらいの時期ってお兄ちゃんきも、とか言ってくるタイミングじゃないの?」
「はーうちの兄のどこがきもいんだ言ってみろ」
さすがブラコン。俺、教室で結構ひどい言われようだったよ。否定できないからいいけど。
結局燈が諦めなかったのでまた手を繋いで登校することになってしまった。こんなお兄ちゃんと手を繋いでて楽しいのかは甚だ疑問だが、やっぱり燈が楽しそうにしているのを見るとどうでもよくなってしまう。
「あ……優希、燈もっ! はよー!」
「あっ、楓さん!」
「手なんか繋いじゃってー? ほんと仲良いなー。燈も元気そうでよかった」
「おかげさまで。友人もできそうです」
「おっ、いいね。どの子どの子?」
「星島さんとか」
「おおっ、いいねっ!」
俺も星島さんと燈が仲良くなってくれたらいいなと思っていたから、燈の口からその名前が出たことは少し嬉しかった。
楓さんと燈はひたすらそのまま話し続けて、そして話し疲れたのか急に黙ってしまった。
「夏葉も元気そうだし、燈と優希はしっかりしてるし。ほんとによかった」
楓さんは俺たちが小さい頃はよくうちに出入りしていたので、夏葉とも長い付き合いになる。今回楓さんさんが受け持つクラスに夏葉が来ることになったのもそれが理由だ。
「優希のおかげだね」
「なんで俺」
「またまたぁ、いつも二人の話とか聞いてあげてんでしょ?」
「燈はともかく、夏葉は俺に相談とかしませんよ。そういう性格です」
「一人で解決しちゃうからなぁ。たまには他人を頼れと思うけど」
大抵のことは自分でなんとかしてしまうのが流川夏葉だ。そのくせ周りのこともよく見ているから、本当にすごいと思う。
「あと、栞凪のこと。ありがとね」
「俺はまだ別に何も。来週の試験の結果を見ないと」
「おけおけ。うん、やっぱり優希に頼んでよかった」
そう言って楓さんは笑った。まだ神戸と星島さんには何もできていないから、そんなことを言われることもない。
教室に向かうといつも通り神戸が一人で掃除をしていたので、俺と燈が手伝うと申し訳なさそうに礼を言われた。それでも、燈と話している間は楽しそうだったので、少しは打ち解けてくれたのかもしれない。
掃除を終えて燈を見送ってからは、またいつもの日常に戻っていった。俺と神戸は別々の日常、でも、それが俺にとっては心地よかった。
しばらくすると他の生徒が登校してきた。時間ギリギリで登校してきたのは、後ろの綾川だった。
「おはよ、明石」
「おはよう」
「今日転校生来るらしいね。あんまり僕は興味ないけど、明石はどう?」
「あー……興味ないことはない、かな」
「へぇ、意外。クラスのことにあんまり興味ないと思ってた」
クラスのことには微塵も興味はないけど、転校生の流川夏葉は元々友人なので興味というか馴染めるか心配ではある。一番馴染めていない人間に心配される筋合いもないが。それに、夏葉の人気は友梨よりも少し高いくらいだ、そんな人が目立たないわけもない。
「はーい座れー? ほらそこー、今日急いでるからはよ座って。聞いてるかもだけどー転校生いるから。夏葉ー入っといで」
楓さんはいつも通りの様子だ。その様子からはまさか流川夏葉がやってくるとは思うまい。唯一、そのことを知っている神戸だけは目をキラキラさせていた。そっか、まだ会ったことなかったね。
夏葉が教室に一歩踏み入れると、教室が騒然とした。
「流川夏葉です。あまり登校はできないかもしれませんが、仲良くしてくださると嬉しいです。よろしくお願いします」
やや機械的な挨拶をしてぺこりと頭を下げた夏葉は、俺や神戸たちの座る教室の右前とは正反対の位置にある、左後ろの窓際に向かった。
「みんな夏葉に聞きたいこととかあると思うけど、ほどほどに! あんまりデリカシーないと指導だかんなー」
やや強めに言った楓さんの言葉を聞いているのか、俺と綾川、神戸以外のほとんどは夏葉に視線を集中させていた。神戸だけはちらっと俺の方を見てから顔を前に向けていた。
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