K10.やり残したこと

「夏休みが終わるよ……!?」

「そうだな。でも宿題も終わってるし、別に」

「いやダメでしょ! もっと遊ぼっ!?」


 神戸と海に行ってから数週間が経った。俺と神戸、それから星島さんはそれからも勉強会と言いつつ綾川のところの喫茶店で会って話すだけの時間を何度も過ごしていた。ときどき星島さんがわからない問題を持ってきたり、夏葉も混ざりに来たりすることはあっても、特に変わりのない日々だった。

 一つだけ。燈が一切顔を出さないどころか、帰ってきたタイミング以外ではなかなか会えなくなってしまっているのが気がかりだけど、LINKでは『ごめんねー! めちゃくちゃ元気!』とは返されているので過度に心配するのも良くないと思っている。


「えー、ユキせんせーと海行った以外遊び行ってなくない? 夏休み満喫してなくなーい?」

「俺はそれで満足なんだけど」

「う、えっ、あぅ……そう言われると嬉しいけどさ。なっちゃんとぴーちゃんも遊びに行きたくない?」

「そんなに。こうやってのんびり話しているだけで十分」

「わたしも……インドアなので」

「あれっ!? わたしだけ!?」


 そもそも残り数日の夏休み。遊びに行くにしても決めるならさっさとしないといけないし、夏葉の予定もどうなっているのかもいまいちわかっていないし。

 なにより神戸以外は根っからのインドアの集まりだから外に出たがるはずがない。なんだかんだで神戸がわがままを言うならみんな付き合うとは思うけど。


「えー……いこーよー夏祭りとかさー」

「夏祭り……花火、とか?」

「花火、か。この辺でなんかあったっけ、夏葉」

「あるにはあるけど、その日は仕事があるからわたしは行かない」

「それじゃ意味ないじゃん!」

「そう言うと思った。優希は付き合ってくれるって」

「そりゃまあ、神戸が行きたいなら」

「えっ、えっ。えーなんかユキせんせー最近わたしに優しくなーい? いやいっつも優しいんだけど! 好きだぞー?」


 当たり前の話だけど、とても言えない。星島さんが、そんな俺の心情に気づいたように珍しくにやついている。やめて、後輩にそんな目向けられたくない。

 そんな俺の気持ちは露知らず、神戸はぐいぐい俺との距離を詰めてくる。


「夏祭りは無理でも、手持ち花火くらいなら……集まる場所があれば、ですが」

「手持ち花火……」


 なるほど。それならどこか集まる場所さえあれば問題ないかもしれない。今日の夜なら燈もいるだろうし、急だけどうちに集まってもらうことにしようか。


「あ、あの。思いつきですので」

「いや、うちでやろうか。今日だけど。敷地は無駄に広いし。神戸はそれでいい?」

「もち! えーっ! なんかやっぱりユキせんせーわたしにやさしー……あやしー! なんか企んでるなー?」

「なんでだよ。二人も大丈夫?」

「はい!」

「大丈夫」


 優しくしてるならいいだろ別に。というかそこまで言われるとさすがにちょっと傷つく。


「神戸先輩、それはちょっと先輩が傷つくかも……」

「えっ、えっ、えっ。あー! ごめんそゆつもりじゃない!」

「大丈夫、わかってるよ。星島さんもありがとう」

「余計なお世話でした……!」


 申し訳なさそうに目を伏せる神戸と、安心したように笑う星島さん。夏葉は二人を姉のように見守っていた。後輩に助けてもらわないとメンタルも維持できなくなってしまったらしい。


「よーし! ともりんとも会えるかな?」

「多分」


 嫌われているということはまずないだろうけど、燈とまともに話せてもいないので、今日は少しでも楽しい話ができたらいいなと思う。忙しいのは仕方ないし、それどころか俺は燈のおかげで生きていけているわけなのだから、文句なんて言えるはずもないけど、兄としてはやっぱり心配だ。

 それに、燈にはきちんと話したいこともある。ようやく俺にも、燈と同じくらいに大切に思える人ができたことを。燈は多分それくらい気づいているのだろうけど、それでもちゃんと伝えておきたい。


「……ありがと、ユキせんせ」

「別に」


 照れ隠しも込めたこんな返答に、神戸は嬉しそうに笑った。

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