K11.これまでの続きは

 せっかくならしっかり準備をしたいと、神戸は星島さんを連れて行ってしまった。夏葉も夕方まで打ち合わせがあるらしく、解散するより少し早く抜けていた。俺もこの後バイトがあるから、みんな夜までなんだかんだやることがあるらしい。

 一人で綾川に見送られながら帰路へ。そういえばいつもは夏葉や燈がいなくても最後まで神戸が一緒なことも多かったので、少しだけ寂しく感じる。

 とはいえこの後も会うわけだから、それが楽しみな気持ちも大きいわけで。そんな調子で自宅玄関のドアを開けると、久しぶりに俺と同じタイミングで家にいる燈と目が合った。


「おー! おっかえり! 同じ家に住む兄妹なのになんか会うの久しぶりだね。あ、今日何食べたい?」

「ただいま。元気か?」

「コミュニケーション下手かな? 元気だよ食いたいもん言えよ」


 たった一人の家族の心配くらいさせてほしい。俺がお兄ちゃんとしてできることなんて、それくらいしかないから。テーブルの上にテストやら小問題集なんかを作っておいたら持って行ってはいるようだけど、結局燈の顔を見ているわけではないから、ずっと心配ではあったのだ。


「おっ、それなにー?」

「花火」

「花火! いいねっ! みんな呼んでする?」

「というよりみんなで話してすることになった。うちの庭、無駄に広いし」


 両親がいなくなってすぐはよく近所のおじいさんおばあさんが持ってきてくれていた。子どもながらに自分がどういう状況かをある程度は理解していた俺と燈にとっては、その花火が支えになったこともあった。


「あんま煙とか出ない、地味なやつだけどね」

「それでいいよ。ご近所迷惑になったらダメだし」


 いくつか買った花火を見せると、燈は「線香花火がないよ!?」と笑った。ほんとだ、入ってないじゃん。

 ソファーに座ると、燈はその隣に座ってきた。手には紅茶の入ったカップが二つ。


「ありがとう」

「いえいえ。……で。なんかわたしに話したいこと、あるんじゃないの? なんか、そんな感じした」

「そうだなぁ。何から話そうかな」


 会えなかった時間のことをたくさん話したい。神戸と海に行ったときのことも、結局ちゃんと話せていない。どれから話せばいいのやら、悩んでいるとLINKが来た。


「好きな人ができたんだ。燈と同じくらいに大切な人とか、絶対できないって思ってたのに」

「そっか。その人はどこの誰かなぁ? 後輩? 幼馴染みかな? あれ、もしかして妹?」

「違うなぁ。最後は選択肢としてどうなんだ? 好きな人はな、クラスメイトなんだ」

「へぇ! クラスの子かぁ。どんな人?」

「明るくて真面目で、ちょっと抜けてる子。優しくて周りのことをよく見てるんだ。空回りすることもあって、その度に必要以上に落ち込んじゃうような子」

「なかなかめんどくさい人だね」


 めんどくさいとか言うな。俺の好きな人だし、燈も大好きな先輩だぞ。


「その人のどこが好きになったの?」

「そうだなぁ。そういうめんどくさいところかな。あと、笑顔がかわいい。後で燈も見れると思うよ」


 言ってから、俺もめんどくさい子扱いしていることに気づいた。そんな俺の言葉に、燈はおかしそうに笑った。


「そっか、そっかぁ。よかったね、お兄ちゃん」

「ああ、そうだな」

「なんか、泣きそうかも。主に嫉妬で。ずるいぞ」

「おいで」

「だーめ。そこは神戸先輩の席でしょ」

「いや待って片思い……」


 実るような恋だとは思っていない。それでも、この気持ちは俺が変わるきっかけには十分な気がして。なにより、ようやく燈以外にも守りたい存在ができて。燈に伝えたかったのはただそれだけだ。


「今までさ、俺はあんまお兄ちゃんらしいことってできなかっただろ。金銭面とかは悲しい話だけど燈がしてくれるって割り切ってても、それ以外でもお兄ちゃんだったかって言われると微妙だし」

「はーうちの兄のどこが微妙なんだ言ってみろ……と、言いたいところだけど。お兄ちゃんの思い描くお兄ちゃん像ではそうなのかもね」


 支えることはできていたのかもしれない。けれどそれは友達でもできるような、ずっと一緒にいた俺にしかできないことでは決してなくて。だからこそ、ようやく気持ちが切り替えられた今になってだけど、お兄ちゃんらしくありたいと思う。


「いつでも、頼ってほしい」

「……うん、頼るよ。いつまででも、わたしにとってはたった一人の家族で、たった一人のお兄ちゃんだから」

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