K12.次も、その次も

「お待たせ。二人はまだ?」

「まだだよっ! 夏葉姉もこっち来てー、トランプタワー作ろうぜ!」

「……二人でずっとやってたの?」


 鍵を開けて夏葉を招き入れると、燈は自分の目の前にあるトランプタワーを指さした。俺はバイトがあったのでそれが終わってから参加していただけだが、燈はずっと一人でトランプタワーを建てていたらしい。家に謎のトランプが増えているので、おそらく足りなくて同じものを買いに行ったのだろう。


「というか、わたしが勢いよくドアを開けていたら崩れていた?」

「あ、ほんとだ!」


 夏葉はそんな開け方しないだろ、とは思うけど確かに神戸なんかが来ていたら崩れていたかもしれない。彼女ならテンション上がって勢いよく開けてしまうかもしれないから、来たら言っておこう。

 二人が来るまでトランプタワーを重ね続ける。最初は難しかったけど、慣れてくるとなかなか楽しい。


「これ、どこまでやるの?」

「燈の気が済むまで。気が済んだら紅葉が崩すよ」

「紅葉が……!?」


 珍しく驚いたような顔をして、夏葉は紅葉に目を向ける。退屈そうにしながら高くなっていくトランプタワーを眺めている紅葉だが、燈が一人で建てている時は何度か崩されているらしい。それも、そこそこ高くなってから。燈への嫌がらせもあるだろうけど単に壊すのが楽しかったのだろう。


「君も結構ストレスが溜まってる……?」

「なんだかんだいつも我慢させてばかりだもんな。ごめんなー紅葉ー」

「ごめんねぇ……いだっ!? なんだぁてめぇ! やんのかぁ!? やっちまうぞ!? あ、ちょっほんとやめて。傷とかできたら駄目だからわたし、おま、おい!」


 俺と夏葉の言葉に、紅葉は興味もなさそうに欠伸をした。やっぱりわんこだもんな、何言ってるかわからないよな。それでもなぜか燈の言葉は気に食わなかったらしく、燈が紅葉の背中を撫でた瞬間に暴れ始めた。

 重ね続けてかなり高くなったところで、インターホンが鳴った。モニターを覗くと、神戸と星島さんだった。


「ごめーん遅くなっちった!」

「あの……お待たせしました」

「……あっ、や。別に」


 家に入れようと玄関を開けると、そこにはいつも通りの笑顔の神戸がいた。その後ろに、半分隠れた星島さんも見える。その二人の格好は浴衣だった。


「かわいすぎだろ……!」

「えっ?」

「なんでも」

「い、いや聞こえてるからね!?」


 「もーよかったねーぴーちゃん!」と後ろの星島さんに笑いかける神戸。いや星島さんももちろん似合っているけど、俺がかわいいと言ったのは神戸の方で。それに気づいている様子の星島さんはふるふる首を横に振っていたけど、神戸は気にもしていない様子だった。


「ともりんいる?」

「いる。今とら……」

「ほんとっ!? ねねともりーん!」


 靴を脱ぎかけて、思い出したかのように「あがってい?」と笑顔で尋ねてくるので思わず頷いてしまった。


「ともりーん! ひさし……」

「うわっ!?」

「えっ、えっ、えっ?」


 神戸が扉を開けると、燈たちが建てていたトランプタワーは下から崩れてしまった。そのことに絶望していたのは燈、ではなく足元で見ていた紅葉だった。


「わー! ごめんごめん! えっ、なにトランプタワー? えーっ! ごめんー!」

「いえいえ、お気になさらず。神戸先輩たちが来るまでの暇つぶしだったので。というか、すごく気合い入ってません? めちゃくちゃ似合ってますよ」

「えーうれしー! でもね、ぴーちゃんもめっちゃかわいいから、見て!」

「あの、そんなことは……」


 そんな二人の姿を見て、燈はものすごく鬱陶しいにやけ方をしていた。もしかしたら言わない方が正解だったかもしれない。


「かわいいねぇ」

「そうだな」

「ちゃんと言わなきゃダメだよ?」

「言った上で流された」

「あー……」


 どうやら神戸は面と向かってでは褒められ慣れていないらしい。そういうところもかわいいのだけど、なかなか伝わらないのでもどかしい。とはいえ、クラスメイトにむやみやたらとかわいいかわいい言うのも良くないというか、恥ずかしい。


「紅葉ちゃんも元気ー? なんかしょんぼりしてるけど」

「そっとしといてあげてください」

「どうしたのかなー」


 神戸が紅葉の顔を覗き込むと、紅葉は俺が買っておいた花火をくわえて神戸に渡した。


「えーっ! えっ、くれるのー? ありがとー!」

「こやつめ。なぜわたしには懐かん……」


 燈が手を伸ばすと紅葉は避けるようにして俺のところにやってきた。恨めしそうに燈のことを見ているけど、トランプタワーを崩した犯人はその子じゃないぞ。


「あ、そだ! わたしも花火買ってきちゃった。迷惑になるからあんまり派手なやつはないけど」

「あっ、線香花火! 優希の買ってきたやつ入ってないんですよ。全く、妹の最推し花火を忘れやがって」

「そなんだ! あーでも二本しかないや」

「マジか。まあ十分ですよ、多分」


 俺と神戸が準備した花火を合わせると数が結構多くなってしまった。時間はそれほど遅くもないけれど、やっぱり迷惑なので半分くらいだけやって、残りはまた次の機会にということになった。それぞれが花火を数本選んで、残りは乾燥剤と一緒にしまっておくことにした。


「よし! やろー!」

「ああ、線香でつけような。危ないから」

「えっ! やさしー!」


 万が一にも神戸が手を怪我するなんてことがあってはならないので、線香で花火に火をつける。パチパチと小さな音を立てながら、火は少しずつ勢いを増していく。


「ぴーちゃん隣おいでー! 火あげるー」

「危ないからやめなさい」

「えと、火傷しちゃったら駄目なのでやめておきますね……?」

「そだね! 偉い! ごめーん!」


 燈と夏葉も花火に火をつけた。紅葉は俺の足元でその様子を見守っている。


「ユキせんせーはしないの?」

「ちょっとだけ、みんなを見ててもいいか?」

「そか。うん、いいと思う。なんかあれだね、みんなのお兄ちゃんみたい」

「どうかなぁ」


 本当はただこうして神戸が、みんなが楽しそうに笑っているのを見ているのが花火をするよりも楽しいだけなのだが、首を傾げられてしまいそうだったから黙っておいた。

 二十分ほどで取っておいた花火はほとんどやってしまった。残りは神戸が持ってきてくれた線香花火だけ。


「ゆーき! やりなよ」

「えっ。いや、燈好きだろ線香花火」

「いいんだよ。神戸先輩とやりなさい」

「そういうのいいって」

「あん? ならなんでわたしに言った?」

「燈、言葉が酷い」

「おっと危ない」


 助けを求めて星島さんの方を見るも、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。わりと普通に傷ついた。


「わたしはわたしのしたいようにしてるだけだから。受け取ろ?」

「……わかったよ」


 燈から線香花火を受け取って、神戸の隣に屈む。


「あれ? ユキせんせーがするの?」

「まあ、ちょっといろいろあって」

「そか! じゃあ、一緒にやろ?」


 線香に同時に触れる。ぱちぱちと小さな火花が散る。その火の玉を、神戸は静かに見つめていた。


「小さいね」

「そうだな」

「地味だね」

「まあ、そうだな」

「……消えちゃいそうだね」

「そういうもんだからなぁ」


 そんな短い時間を楽しむのが良いのだろう。そんなことを考えているのに、俺はというと神戸のことばかり見ている。


「今日なんかめっちゃわたしのこと見てなーい?」

「まあ」

「えっ、えっ。いや、なんか、思ってたのと違うのが返ってきた」

「なんだそれ」

「や、なんか。うん。別に見てねーし! 勘違いすんなよ! みたいなのかと思ってたから。普通に考えてユキせんせーは言わないんだけどね、そんなこと」


 見ていたのは事実だし否定するつもりもない。否定しないでいると、神戸は照れたように視線を線香花火に集中させた。


「なんか、最近のユキせんせー変だよ」

「なんだと」

「変。すっごい変。なんか、わたしのことめっちゃ気にかけてくれるし」

「……もしかして、うざい?」

「んにゃ! ウザイとかないんだけど、うん、多分……」

「うざんいだな!?」

「ちがーう!」


 なにやら神戸は違う違うとうなっている。本当にうざいとは思っていないらしい。


「中学んときからさ、ユキせんせーはともりん以外みんな敵だーって感じしてたじゃん?」

「そんな感じあった? ごめん」

「やっ、わたしが話しかけたりするときは普通にしててくれたんだけど。なんか、わたしの仲いい子……てかわたしの仲のいい子の元カレとか? そういう子に当たりめっちゃ強かった気がする」

「あー……」


 神戸の友達の元カレってことは、だいたいなんか軽いやつが多かったんだろうな。俺のことも燈と繋がるための一つのツールとしか思ってないみたいに。


「ていうか、神戸は俺のことよく見てたんだな」

「んーそんときはユキせんせーを見てたってか、なんか噂になってる子がいるなーって感じだったんだけど。明石友梨のお兄ちゃんがいるーって」

「ああ。噂程度なのに寄って集ってうっとしかったなぁ」

「そそ。噂だし、ユキせんせーが怒ったときもそうやって言われてうざかったんだろーなーって思ってた」

「そんなふうに見えてたのか」


 まあ、事情を知らなかったらそんなもんか。友梨がそんな身近にいる存在だとは思わないだろう。


「わたしは、もし友梨ちゃんがほんとにいてもそのジャマにはなりたくないなーって思ってたから。でも、高二んなってユキせんせーと話すようになって、本気でともりんのこと守るために怒ってたんだってわかった」

「まあ、結局俺が勝手にキレただけなんだけど」


 そういえば燈と初めてあったとき『ユキせんせーの妹ってほんとに友梨ちゃんだったの』とか言ってたっけ。なんだ、俺が好き勝手言って誰とも話さなくなったこと知ってたのか。


「なんかなー。その辺のこと全部理解したときめっちゃかっこいいなって思ったんだよね。今、その感覚に近いかも」

「かっこいいわけないんだけど、どういうこと?」

「ユキせんせーに大事にしてもらってる感じがして、嬉しい」

「……大事に」


 照れたような顔で、でもいつもより少し優しい笑顔でそんなことを言う神戸。そんな神戸を見ていると、やっぱり俺はこの子のことが好きなんだと実感させられてしまう。


「あっ、ユキせんせーの落ちてる!」

「……ほんとだ。気づかなかった」

「ねー! いやぁ、やっぱり楽しいなぁ」


 まだ小さな炎が光を放っている神戸の方に目を向ける。こちらももうすぐ落ちて消えてしまいそうだ。


「あのさ、ユキせんせー。一個教えて? もしわたしがユキせんせーに隠してることあるって言ったら、怒る?」

「怒らない」

「ほんとに? めっちゃキモい隠し事でも?」

「逆にそれならちゃんと隠しとこうな」

「……そか。やっぱり優しいね、ユキせんせー」


 俺も隠し事なんてたくさんある。神戸には言えないきもい隠し事もある。お互い様だ。

 火が落ちるとリビングから射す光以外はほとんどなかった。俺たちはいつの間にかリビングでトランプタワーを始めていた三人のところに戻ることにした。

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