K9.なんでもないよ
「あー! 目腫れてない!? 見ないでー!」
背中をさすっていると、神戸は数分で泣き止んだ。やっぱり強い子だ。見せてくれないと確認もできないけど。
「弱音! ごめんね。でも、うん。わたし欲張りだからなー、ユキせんせーたちだけじゃ足りないや」
「そっか」
それならそれでいい。ただ、いつでも拠り所になれる人たちがいることを神戸が認識してくれたら、それだけで十分だ。繋がりを広げるのも狭めるのも神戸の自由だし、そこに俺が口出しなんてしていいわけがない。
むしろ、よくばりな方が神戸らしい。
「すいませーん! かき氷二つお願いしまーす!」
「二つ……?」
「ユキせんせーも食べよ! わたし出す! 水着買ってもらっちゃってるし! 味は……わたしいちご! ユキせんせーは?」
「んじゃあブルーハワイ」
「で、お願いしまーす!」
いつもの調子を取り戻した神戸は、少し恥ずかしそうにしながら席に戻った。目はそんなに腫れていない。
「あー、恥ずかしー」
「神戸はいつもがんばりすぎなんだよ」
「いや、泣いちゃったのは別にいいんだけど。ユキせんせーがよしよしってしてくれたの、めっちゃ嬉しかったんだけど、その、身体しっかり触られてたって思うと恥ずかしーなーって」
「……ごめん」
「わー! 違う違う! ユキせんせーなら全然セーフ!」
「どういうことだよ」
男として見ていないとかそういう意味なら心外だ。神戸の肌の温もりにはドキドキしているし、でも今はそんなことよりも神戸を安心させるのが先だと思っただけで。ぶっちゃけ理性の耐えられる限界値に達しかけていた。
俺が納得いかないのをそのまま顔に出していたからか、神戸は「かき氷ひと口あげるから許してー?」とよくわからない取引をもちかけてきた。もらっておこう。
しばらく神戸と話して待っていると、俺たちと同じくらいの歳の女の子がかき氷を運んできた。だるそうに「おまたせっしゃー、どーぞー」とかき氷を置いて行った。
「あ、そだ! ねユキせんせー、コンビニのバイトって募集してる?」
「また藪から棒に」
「ヤブからボーってなに?」
「いきなりなんだってこと。バイトしたくなったのかもしれないけど、うちはバイト禁止だよ。俺は特別」
「あー、そかほんとだぁ……」
ルールは破るわけにはいかないのだろう、肩を落としながらも「仕方ないかー」と笑っていた。
「ユキせんせーとバイトしたかったなー」
「なんで俺」
「楽しそう」
誰と働くかなんて考えたこともなかった。基本的にあのコンビニでは店長と一緒のことが多いので気は楽だけど、もし他の人だったらやりづらかったかもしれない。そうだな、確かに神戸と一緒だと確かに楽しいだろうな。
「バイトは無理だけど、一緒になんかやれたらいいな」
「……えっ、えっ、えー……泣きそー、えっ、うれしーんだけど!」
「そんなに?」
喜んでくれるのは嬉しいけど、そこまで喜ぶほどのものでもない。今度なにかできることがないか楓さん辺りに聞いてみよう。神戸と二人でできることを。
神戸はシャクシャク音を立てながらかき氷を食べ進める。笑顔の神戸がかわいらしい。
「あ、ユキせんせーあーん! 甘いよー」
「えっ」
「かき氷あげるって言ったじゃん」
「あー……」
そういえばそんな話もした。かき氷がたくさんすくわれた、神戸が差し出してきたストローでできたスプーンに口をつける。冷たくて甘くて、少し恥ずかしい。
「ユキせんせーのもちょーだい?」
「取っていいよ」
「えー……それは違くなーい? あー」
「……はい」
神戸がすくっていたのと同じくらいのかき氷をスプーンに乗せて、神戸の口に運ぶ。なんというか、こうしていると小動物みたいだ。
「おいしー」
「よかったよ。これ食べた後はどうする? 神戸のしたいことしよう」
「ほんと? じゃー砂浜でごろごろしよ! で、それから……」
さっきまでの弱気な神戸はどこへやら。元気に笑ういつも通りの神戸に、俺は頬を緩めてしまう。本当にこの子といると調子が狂わされてしまう。
その理由はきっと、俺が神戸のことを近くに感じすぎたから。神戸のことを大切に思いすぎたから。神戸が俺のことを先生だと言ってくれるから。そして、俺が神戸のことを――。
「ユキせんせー?」
「なんでもないよ」
「そか!」
でも、それは言わなくてもいいことだとわかっているから。ひとまずは胸の内にしまい込んでおくことにした。
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