16.前に進む意志
「というわけで、これからよろしく。夏葉って呼んでくれたらいいから」
「こいつは教える側になると思うから、気軽に聞いてほしい」
「はーい! あ、あのねユキせんせー、これわかんないんだけど」
「あ、俺に聞くんだ」
おかしいな、夏葉に聞く流れだったと思うんだけど。まあこうは言ったものの神戸も星島さんも俺に頼らなくなったら少し寂しいので、頼ってくれること自体は嬉しい。
「あ、えと。星島亜鳥、です。ナナホシです」
「燈から聞いてる。学校に来るのは大変かもしれないけど、燈に会うためとか、優希に会うためとか。そういう理由で学校に来てみてもいいと思う」
「あ……そうですね。明石先輩に会うため、そうですね」
「俺なんだ……」
対応に困る。二人とも燈たちのファンなのに、なぜか俺の方ばかりだ。あれか、推しを目の前にすると話せなくなるタイプか。それはそれとして、やっぱり二人に頼られると少し嬉しい。
「おー、やってるなー? みんな順調?」
「あ、カエデせんせー!」
「ほいこれ。勉強がんばってるみんなにおやつ」
「わっ、クッキー! ありがとうございます!」
「じゃあ、今日の小テスト合格点取れた人から休憩にしようか」
「がんばります……!」
できる限りのことをやろうと思った結果、結局一番結果としてわかりやすいのが小テストなことに気づいた。だから週に一度、どこかのタイミングで小テストをするようにしている。とはいえ燈は一度も合格点を切ったことはないし、神戸もポイントは抑えて取れるようになっている。この短い期間で信頼関係を気づいて、よくここまでやれたと自分でも少しだけ思う。
ただ、問題の生徒が一人。
「ワカラナイ……」
「だよなぁ……」
「あれ、もしかして亜鳥が一番ヤバイ感じ?」
小声で俺に尋ねてきた楓さんに、俺は小さく頷いた。
星島さんだけは、未だに一度で合格点を取れたことがない。そもそも学校にはちゃんと来れていないので、授業の内容をこの時間でどうにかする必要がある。まだ入学して一ヶ月と少しだからと甘く見ていたところもあるから、俺も反省しないといけない。
それから、おそらく星島さんが元々そんなに頭が良くないというのもある。中学の頃の内容も結構怪しいところがあったり、覚えるのが苦手だったり。とにかくいろいろと時間がかかる。
「まあ、亜鳥は学校来れてないもんね」
「でも、仕方ないとも言えないですしね」
「だよねぇ。どうしよっかなぁ」
星島さんの気持ちもわかってしまうから、無理に学校に来いなんて俺には言えない。そういうのは楓さんの仕事だが、ご両親を亡くした上に好きなものを馬鹿にされた星島さんにそんなことを強く言える楓さんでもない。
「……あの! ご迷惑をおかけしているのはわかっているんです!」
「あ、ごめん! 亜鳥が悪いとかってつもりじゃなくて!」
「いえ、違うんです。わたしが悪いのは間違ってませんし。なので、その。学校、来ます」
「えっ」
これまでは学校に行くという選択肢を自分からは絶対に出そうとしなかった。それを自分から出したことに、俺は驚くことしかできなかった。楓さんも同じような反応を示している。
「いや、来なきゃいけないから無理しなくてもいいとは言えないんだけど。俺個人の意見としては、まだ無理しなくてもいいような」
「無理、じゃないです。はい。だから、あれです。先輩と燈ちゃんに会うために来ます」
「いいじゃん! そういうの、あたしめっちゃ好きだよ!」
「星島さん……ううん、亜鳥! もうそんなこと言われたらわたし嬉しくなっちゃうって!」
「えっ? えっ、と。じゃあ……燈!」
あと一週間程度でどれだけ星島さんが身につけてくれるかわからないが、その心境の変化は大きいものだ。せめて授業に追いつくくらいまでは手助けできるよう、俺も善処はしたい。
燈に頼りきりにはなってしまうだろうが、星島さんが少しでも安心して学校に来られるようになればいいと思う。
「じゃあ、とりあえずその小テストやれるだけやってみて」
「はい!」
「んじゃああたしらは飲み物でも買いに行こっか、優希」
「えぇ……まあいいっすけど」
せっかくなら少し心が変わった星島さんを見ていたかったが、燈が視線でここは任せろと訴えてきたので楓さんについて行くことにした。
自販機で燈のレモンティーと夏葉のコーヒーを買って、あとの二人の分は楓さんに任せることにした。ついでに楓さんはまたレモンスカッシュを買ってくれた。
「なーにしたんだぁ?」
「いや、マジで何もしてないっす」
「亜鳥だけじゃなくて、栞凪のこともだけどさ。ああ見えて栞凪があんなに懐くことないよ? しかも優希自覚ないかもだけど男子だかんね?」
「懐いてるってのはどうなんすかねぇ。あと俺は普通に男子だってのしばくぞ」
「あんま心配はしてなかったけど、ここまで仲良くなってるとは正直思ってなかった」
二人の信頼はなんとなく伝わってくる。特に星島さんは他に話せる人がいないからか、急に俺に話しかけてくることもある。
それは俺が何かをしたというわけではなく、単に二人が話を聞いてくれる人を求めていただけなんだろう。だから、別に俺の力なんかじゃない。むしろ燈の方がよく頑張ってくれた。
「あんま卑下してっと嫌われんぞー?」
「……それは嫌かもなぁ……」
「嫌、なんだ。そっか。そかそか」
「失言です」
でも、嫌だと思った。他人と関わろうとしなかった俺が、教室で何を言われてようが気にもしなかった俺が、あの二人には嫌われたくないとは思っているらしい。
「栞凪にしても亜鳥にしても、結構頑張ってやってると思うんだ」
「それはわかってます」
そうじゃなきゃ俺もこんなこと真剣にやっていないだろう。最初は楓さんに頼まれただけだったが、今はあの二人の力にはなってあげたいと思えているはずだ。それはきっと、あの二人が自分から動いていることが単にすごいと思えたから。
「優希も、ちょっとずつ変わればいいよ」
「……そっすね」
俺もそろそろ前に進むべきなのだろう。少しだけ、俺も彼女たちに動かされてしまっているみたいだ。
「それはそれとして。ぶっちゃけ亜鳥ってどうなの?」
「めちゃくちゃやばいです。ほぼ全部赤点ありえるくらいやばいです」
「そんなにかぁ……」
「でも、本人が学校に来るって言ってるんだから俺ももうちょいなんとかしてみます」
「うん、頼りにしてる」
その楓さんの信頼に応えるため、そして神戸と星島さんが自分の居場所を守れるように。俺も少しだけ頑張ってみようと思った。
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