15.陰キャと妹と幼馴染み

「えっ、じゃあ夏葉ちゃんってこの辺なのか!? マジかよ……」


 昼休み。誰も昼食を取ろうとはしない、騒がしい教室だった。

 夏葉の方に視線を向けるが、微笑みながらいかにも『アイドルの流川夏葉』のまま対応をしていた。神戸も話したいだろうに、一人だけずっと俺の隣でスマホをいじったり、俺の渡した宿題をしたりしていた。ちなみにそれ家でやってきてほしかったやつなんだよね。まあいいけど。


「明石、お昼行こうよ」

「あ、ああ……」


 全く夏葉に興味を示さない綾川は、いつも通りの様子だった。というか、綾川は俺なんかと飯食ってて楽しいの?


「えっ、ユキせん……明石くん、どっか行くの?」

「えっ。ああ、えーっとなぁ……」

「あれ。神戸さんと知り合いなんだ」

「隣の席だからな」


 正直、このまま夏葉を放っておいてもいいものか迷う。でも、ここで下手に介入すると俺が厄介事に巻き込まれるのはわかっているし、夏葉も変に勘ぐられることになってしまう。

 さてどうしようかと思っていたら、スマホが振動した。


『神戸先輩から聞いた、ちょっと教室行く。お昼食べよ』

「神戸、ちょっと、これ」

「えっ? あ、うん! わかった!」

「どうかした?」

「悪い、お昼はちょっと無理かも」

「えっ」


 綾川に寂しそうな顔をされてしまった。あれぇ、そんなに俺と飯食いたいの? 楽しいの?

 でも、そういう顔をされると弱いのは俺、ではなく神戸の方で、すぐに燈のLINKを開いていた。すると、また俺のスマホが振動した。


『お兄ちゃんの友達とか超気になるからむしろ連れてきて』

「えぇ……」

「えっと、無理しなくてもいいんだけど……」

「あ、いや。ただ、俺と……神戸と、他二人。一緒だけどそれでも良ければ」

「えっ? ええと、賑やかそうだね。というか、神戸さんと明石ってやっぱり仲良いんだ。なんか、僕の方こそいてもいいの?」

「俺は全然」


 そう伝えると綾川は嬉しそうな顔をした。なんだかんだ、人と話すのは好きなのかもしれない。卑屈なことしか言えないが、綾川とは話すようにしよう。


「夏葉ー! お昼行こー!」


 勢いよく教室に来た燈がちらりと俺の方を見た。俺と神戸にだけ見えるように教室の外を指さした燈は、そのまま夏葉のところに駆け寄っていった。


「んじゃ、行こうか」

「うん」


 綾川はまだ状況が掴めていないようだったが、構ってもいられないのでひとまず説明は後回しにさせてもらうことにした。






 燈が教室に来てから十分後。俺たちは五分ほど校舎裏のベンチで燈たちを待っていた。綾川ははてなを浮かべていたが、俺と神戸が先に昼食を食べ始めると疑問を浮かべたまま綾川も昼食を取り始めた。


「いやどこだよ! もうちょっとわかりやすい場所にしてよ!」

「多分優希なりにわたしたちのこと考えてくれたんだと思う」

「悪かった、助けになれず」

「元々優希の日常を邪魔するつもりはなかったから安心して」

「えっ……えっ?」


 普通に会話を始めてしまった俺たちを綾川はそれぞれの顔を見て、首を傾げた。


「会うのは初めましてだよね、神戸さん。あと、優希の友人さん。流川夏葉です……はさっきも言ったか」

「あ、えっと。綾川陸斗です。どうも」

「いつも兄がお世話になっております、優希の妹の明石燈です。スーパースター☆マインとかいうユニットで活動してます」

「そ、それくらいは知ってますけど……えっ、妹? 明石の妹、友梨なの?」

「そうです。黙っててごめん」


 神戸は興奮した様子だったが黙っていた。たしかに、勉強会の話とかをされるとちょっと困るので助かる。

 一方の綾川はしばらく燈の方を見て、それからもう一度首を傾げた。


「いやぁ、なかなかにすごいね、先輩方。夏葉も質問ばっかりだと疲れちゃうって」

「まあ、別にいいけど。予想はしてたし。でも、神戸さんが助けてくれたって聞いて、嬉しかった。ありがとう」

「えっ、えーっ! 夏葉ちゃんにお礼言われちゃった! えっ、聞いた聞いたユキせ……明石くん!」

「聞いたよ」


 なんだかんだ直接話すことに興奮している神戸は、その興奮を誰に伝えようか迷った挙句一番卑屈な返答しか返ってこなそうな相手にそれを伝えてきた。

 燈と夏葉と俺の関係を理解した綾川は落ち着いて昼食を再開した。すごいなこいつ。


「優希の友達って聞いてたけど、めちゃくちゃいい人じゃん! わたしたちに変なこと聞いてこないし」

「あんまり興味もないし、変なこと聞いても答えないですよね。あ、あんまり興味ないは余計か……」

「いや! 神戸さんみたいなめちゃくちゃファンですって人が話そうとしてくれるのは正直めちゃくちゃ嬉しいけど、みんなが話したいのは有名人の一人に過ぎないので。そういう人より全然興味ないーって言ってくれる方がやりやすいです」

「じゃあ、興味ないです」


 そう言って笑った綾川に、おかしそうに燈も笑顔を返した。嫌味というわけではなく、本当に興味がないのが伝わってくる。

 一方で夏葉は神戸のスマホケースにサインをしていた。その隣には見覚えのある燈のサインもあった。


「えっ、えっ、えっ! どーしよもうこのスマホケース使えない!」

「変わったら次のやつにも描きますよ。全然使ってください」

「えっ、じゃあ使う! 見て見て明石くん!」

「すごいすごい」

「すごく興味なさそう。僕でもすごいってわかるよ。明石からすれば大したことないのかもだけど」

「燈ちゃんのサインすっごくかわいいし、夏葉ちゃんのサインすっごくスタイリッシュ? じゃない!?」

「あ、わたしたちのサインは優希も一緒に考えてくれたものなので、優希に言っても無駄だと思います」

「生みの親だった!?」


 俺は案を出しただけであとは燈が勝手にアレンジしただけだが、神戸は申し訳なさそうに俺に謝ってきた。謝るようなことじゃない。


「僕としては、明石と神戸さんとの関わりの方が気になるかな」

「えっとね、わたしたちが散らかしたの明石くんが朝掃除してくれてて! それからかなぁ」

「そういやそうだな」


 出会いはそうだった。結局楓さんの頼みでそれ以降も関わることが増えたが、そのときのやり取りがあったから俺は神戸の勉強をちゃんと見ようと思っているのかもしれない。


「かっこいいね、明石」

「お前の目には俺はどう映ってるんだ」

「えっ、えーっ! わたしもユキせんせーかっこいいと思う!」

「おい」

「優希はかっこいいよ」

「ねー! うちの兄とてもかっこよいのよ」

「なんですかこれやめてください」


 つらい。居心地の悪さが過去最大級なのでやめてほしい。つか燈と夏葉は乗っかっただけだろ。

 そう言っても燈はにやついた顔で、綾川と神戸はどこか嬉しそうな顔でそんなことを言うものだから、あまり強く止められなかった。


「もういいから。さっさと飯食うぞ」

「はーい。あ、夏葉ちゃん、なんかあったら言ってね!」

「頼りにしてる。ありがとう」


 頼られたのが嬉しかったらしく神戸はそれからもひたすらに俺に絡んできていたが、燈がやや不機嫌そうな顔でだんだん俺に寄ってきたので次第に落ち着いていった。

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