9.テスト前+連休=?
初めての勉強会の二日後。三人に作った問題集をそれぞれに手渡すと、燈はいつも通りの対応をして、星島さんは嬉しそうにはにかんでくれた。そして神戸は嬉しそうに悲鳴をあげた。
「ひーん、ユキせんせー厳しいなぁ……でも、ありがと! わたしのためにこんな問題集作ってくれて!」
「別に。大したことはしてないよ」
嘘。九日でこれを作るのはめちゃくちゃしんどかったけど、神戸はそれを言うと気にしてしまう人なので言わないでおいた。それを知っている妹は俺の方を見てにやついていた。
「燈、ちゃんとやらないならお前だけ宿題倍な」
「はいぃ!?」
「それって明石先輩が大変なだけでは……?」
星島さんもなんだかんだでこんな冗談にも乗っかってくれるようになった。神戸はいつものテンションに近いが、まだ星島さんに気を遣って話してくれている。
「あ、そうだった。ユキせんせーに相談があるんだ」
「俺に? うん、何?」
「ゴールデンウィーク! 明後日からだよね。どうしよっか」
「ゴールデンウィークということは中間テスト近いですけど、その辺はどうお考えで?」
「だよねぇ」
「……というのは冗談で」
元々そんなにしっかり勉強だけをさせるつもりも無かった。燈以外は交友関係の問題があって俺が先生をすることになっているのだから、そういうところも含めて動きやすい環境を作ってあげるべきだろう。
「神戸は友達と?」
「うん! あ、でもそれもあるんだけど……せんせーたちさえよければなんだけど。どっか遊びに行かない?」
「えっ、いいんですか? わーい! お友達……ではなく先輩だけど、誘われるの久しぶりだー! あでもちょっとお待ちを……三日と四日、六日はお仕事なので、五日と七日なら!」
「あっ……わたしも、その。少し予定がありまして。四日と七日なら!」
今年のゴールデンウィークは五日間。三日から七日だ。残念ながら平日を挟んでしまうので前の土日から続けて、というふうにはならなかった。
「えっ、えーっ! どーしよ……わたし五日と七日友達と遊ぶんだけどぉ……」
「ああ、でしたらわたしのことはお気になさらず。連休が連休にならないのはいつものことなので」
「やだよ!」
「あー、神戸。ほんとに気にしないでやってくれ」
「うーん……ユキせんせーがそう言うなら」
「……星島さんは燈なしでも大丈夫?」
「あ、はい!」
燈が友達と遊べないのは今に始まったことじゃない。かわいそうだとは思うが、同時に仕方ないことだとも思う。今回は星島さんと神戸に息抜きをしてもらおう。
なにより、このタイミングで星島さんと神戸には距離を縮めて欲しいと思う気持ちもあった。燈がいると、自然と燈を仲介役にしようとしてしまっているので、どうにも二人の距離は変わらない。
「燈」
「なにー?」
「五日か七日、どっちがいい?」
「……星島さんと遊びたい気もするけど、たまにはお兄ちゃんとデートしたいから五日」
「ん」
日付を聞いただけなのだが、五日になった。さて、どこに連れて行ってやろうか。普通に家もありだな。
「よっし! ちょっとやる気出た! ユキせんせー、今日は厳しめでも耐えれるよ!」
「そっか。じゃあ……これやってみよう」
「よぉし!」
神戸は楽しげだ。でも、それが身についているかと言われたら微妙なところだ。まあ、そこそこの成果が出れば良いだろう。
星島さんには燈と同じものを渡すと「わたしももう少し頑張ります!」と意気込んでいた。かわいいね。一方の燈はというと、地の頭がとても良いから今日の分は早々に終わらせて会議室の清掃を端から始めていた。
「燈も座ってなさい。疲れてるだろ」
「ああ、いや。優希の方が疲れてるでしょ。いつも後でこっそり掃除してるの知ってる」
「それは……俺は見てるだけだから」
「えっ、えーっ!? そんなことない! 今日からわたしも掃除する!」
「神戸はいつも朝掃除してるだろ」
俺も早くに起きて登校できたら手伝うようにしているものの、陽キャたちが散らかしたものを神戸が一人で片付けようとしていることに変わりはない。
床を拭いている二人組の人気アイドル兼女優から雑巾を奪い取ると、燈は俺の腰の辺りにしがみついて来た。
「おい」
「退かんぞ。わたしは退かないぞ」
「……はぁ。わかったから。でも、手が荒れたりしたら大変だから雑巾は駄目」
「やった。優希のそゆとこ、やっぱり好きだよ」
「はいはい。そんなふうに見ても神戸と星島さんはまだそれ終わってないから駄目」
渋々といった様子で再び席に座った二人は、ようやく真面目にペンを握ってくれた。燈はほうきで会議室を隅から隅まできれいにしていった。
しばらくそうして掃除をしながら神戸たちの質問に答えたりしていると、スマホが鳴った。
「あれ? ユキせんせー、スマホ鳴ってるよ」
「ん? ああ……」
俺の交友関係の狭さを知る神戸は不安そうに顔を傾げていた。うん、楓さんとか綾川の可能性あるよね。詐欺じゃないから。そんな心配する?
そう思って画面を見ると、全く別の人だった。
「燈、なんか聞いてる?」
「いいや?」
「そか」
燈は誰からかわかったようで、「まあ急に優希に連絡するとかいつものことじゃん」と笑っていた。それはそうだけど、先に一言メッセージを送るなりやり方があるだろう。
「もしもし」
『長かったね、取り込み中かと思った。早速要件、今日遊びに行ってもいい?』
「突然だな? 別にいいけど。久しぶりだな、夏葉」
通話相手は
あえて名前を呼んでみた。夏葉のことを知ってるであろう神戸たちは、目線を俺と燈の間で行ったり来たりさせていた。
「元気か?」
『元気だよ。優希こそ元気? 燈の話では、クラスメイトと後輩の先生をやっているとか。順調?』
「それなりに」
今その生徒二人の前にいることなんて知らない夏葉は二人の話をしようとしたが、俺の反応が素っ気ないので『がんばって』と言って話を変えた。
その二人はというと俺と夏葉が何を話しているかなんて当然わからないので、まだ俺――というより俺のスマホと燈を見ていた。
「スピーカーにしていいか?」
『えっ? いい、けど。どうして?』
「夏葉のファンがいる」
『へぇ。優希、そういう人がわたしと燈に絡まれるの嫌いだと思ってた』
「嫌いだよ」
ただ、神戸と星島さんは違うと俺は勝手に思っている。
スピーカーをオンにしてスマホをテーブルの上に置くと、星島さんは俺のところに逃げてきた。神戸はというと、興奮した様子で夏葉の声を聞いていた。
『あーあー、聞こえてる? 流川夏葉だよ。って、知ってるか』
「知ってる! もっとなんかいい自己紹介考えなよ、夏葉」
『あれ、燈? いたの』
「おいなんだその反応は。大事な相棒だろ」
星島さんは俺を盾にしたまま燈と夏葉の会話を聞いていた。会話だから盾にされてもどうしようもないよ、星島さん。
ラジオのような掛け合いを始める二人に、神戸と星島さんはやや興奮気味に燈の顔を見ていた。本当に二人のファンなんだと伝わってきて、少し嬉しい。
「スパタマの二人って普段もこんな感じなんだ!」
『普段も、ということはライブとかラジオとかもしっかり追ってくれてるタイプかな? 同性からは妬まれることも少なくないから、嬉しいかも』
「わかるー! もうねぇ、ほんとにわかる」
『……ところで、さっき話してくれた人。もう一度話してくれるかな?』
「えっ!? えっ、えーっ! 無理!」
「もうだいぶ喋ってますけどね」
スパタマという二人のユニット名の愛称を口にしながら、神戸は興奮気味に言った。結構喋ってるよ。
しかし、夏葉もなんで神戸の声を聞こうとしたのだろう。そういえば燈も似たようなことを言っていたような気がする。もしかして、神戸もすごい人だったり。
そうだったとしても神戸に対する対応はなるべく変えないでいたいな。
「ほら、星島さんも喋る喋る!」
「えっ!? わ、わたしは別に……」
『あれ? ナナホシちゃん?』
「ひっ!」
『怯えられてるのだけど』
なぜ夏葉が突然うちに来るなんて言い始めたのかはわからないが、おかげで燈と二人の距離が少し縮まったので深くは考えないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます