K6.大好きな理由

「わっ、すっごいね。いっぱいペンある」

「こういうところはあんまり来ない?」

「このお店は来るんだけど、あんまペンとか見ないかも」


 小物もたくさん置いてあるので、普段来るとしたらそっちが目的だろうか。そういえば神戸が使っているものを見かける気もする。かわいらしいものが多くて神戸に合っている。

 試し書きをしながらペンを見て回るが、しっくり来るのがあまりないのか、真剣な表情でペンと向き合っていた。


「書きやすいのってどれだろ。手が疲れないのがいいなぁ」

「そんなに手痛めてるのか?」

「まあ、試験前はね? でもここまでがんばって来れたし、ちゃんと次も成績上げていきたいから」

「そっか」


 神戸のように真面目な子が向上心を持つのはいいことだと思うし、素直に応援してあげたいとも思う。

 なるべくデザイン性の良く、かつ書きやすいシャープペンシルを探す。神戸も気になったものを試し書きしてみたりしていたが、やっぱりあんまりしっくりくるものがないらしい。


「ごめんな」

「えっ、えっ!? 急になに!?」

「そこまで神戸がやってるとは思わなかった。もっと早く気づけばよかったな」

「えっ、えっ。えっ待って、ユキせんせー悪くなくない? 手が痛いって気づいてほしかったら言うし!」

「それも、ごめん」

「あー違うの! 怒ってるんじゃなくて……」

「わかってる。そこまで気を回さなくていいってことだろ。それでも、その辺もろもろ含めて、神戸のことをもっとわかりたいなって思うんだ。わかってほしいなら言えるってこともわかってるんだけど、気づいてあげたいんだよ」

「……もー、ほんっと、そーゆーのさぁ……みんなに言ってないよね? もー、好きだぞ!」

「ありがとう」


 「なんか違う!」と笑って神戸はシャーペン探しに戻っていった。神戸が無理をしていることに関しては悪いとは思っていないけど、まだまだ神戸のことなんてわからないことばかりだ。わざわざみんなから嫌われている俺に多少勉強ができるからって教えてもらおうと思った理由も、もしかしたら本当は何かあるのかもしれない。

 まだ神戸を知るために。また少し歩み寄ってみたいと思った。


「これ。俺が何年か使ってるやつ……の色違い」

「えっ。えっ!? あ、ほんとだ! 中学のときもこれ使ってたよね!」

「えぇ……なんで知ってんの」


 思えばこれが燈が初めてくれたプレゼントだ。それから一度壊してしまって、また買ってくれたもの。とても扱いやすくて、ボールペンも同じメーカーのものを使っているくらいには気に入っている。俺が使っているのは黒いやつだけど、カラーリングはいろいろある。


「えーピンクだ! かわいい!」

「もし、よかったら」

「これにする!」

「ん」


 これで良いのかと思いつつも、嬉しそうな神戸を見たら良かったと思うしかない。店から出て神戸の会計を待つ。

 十分くらいして神戸は店から出てきた。それほど混んでもいなかったので随分時間がかかっている。


「なんかあったか?」

「これ! その、別に特別なものじゃないんだけど……栞。ユキせんせー頭良いから、本とか読むかなーって……思ったんだけど! なんかあれかな、これはさすがにウザいか!」

「……ありがとう。嬉しいよ」

「えっ、えっ。でも、なんか、こう、わたしを押し付けられてるみたいでヤじゃない? 栞ってその、まんまわたしだし……」

「全然。神戸が頑張って考えてくれたんだってわかるから」


 自分のことなんて関係なくて、神戸は本当に俺に受け取ってほしいものを選んだのだとわかる。これまでのお礼か、はたまた今日のお礼かはわからないけど、これが神戸の素直な気持ちなのだろう。


「……優しいなぁ、明石くんは」

「急になに?」

「なんでも! 今のは、一人の友達として明石優希は優しいって言いたかっただけ!」

「ほんと、急になんだ? どうした?」

「なんでもないって! 帰ろっ!」

「う、ん? まあいいけど。他に買うものは?」

「ない! 付き合ってくれてありがと。海、楽しみにしてるから」


 なにかを隠すような笑顔。今まで、高校に入ってからもほとんど話すこともなかった神戸が、俺のことを『明石くん』なんて呼ぶことは滅多になかった。

 でも、神戸がそれを俺に言いたくないのなら言わなくていいと思う。素直すぎる神戸だから、いつか伝えたいと思ったときに伝えてくれる。


「神戸!」

「うぇ?」

「俺も楽しみ、だから」

「……うんっ!」


 神戸は振り向いて手を振って、早足で俺の視界から消えて行った。その日はずっと神戸からのLINKが止むことはなかった。

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