K5.当たり前のこと?
勉強会を終えたその足で電車に乗ってデパートへ。ずっと楽しそうにする神戸を、周りの人は微笑ましそうに見ていた。
「えーせっかくだから水着以外もなんか買っちゃおっかなー」
「いいんじゃないか? せっかくなんだし」
「えっ、えーそれユキせんせー付き合ってくれるってこと?」
「置いて帰ったりはしないよ」
水着のついでに下着も、とか言われたらさすがに遠慮する。いや気にならないかも言われれば嘘になるけど。
「じゃあ、シャーペンとか買お。ユキせんせーに教えてもらうようになってから時間あるときにちょっと勉強したりもするようになったんだけど、手が痛くてさー。そだ! ユキせんせー選んでよ」
「えぇ……」
家だけで使う、というわけでもないだろう。多分学校でも使うだろうし、神戸の友人はその辺りも多分見ている。デザイン性に優れたものがどういうものかもわからないので、正直あんまり選びたくない。
とりあえはそんなことより水着らしく、神戸は慣れた様子でアパレルショップに向かった。
「そいえば、ぴーちゃんとはショッピングしたことあるの?」
「成り行きで」
「……ふーん」
「どうした?」
「んーん? なんでもないよ?」
なぜ急にそんなことを聞いてきたのか気になったけど、神戸本人もなぜ聞いたのかわからないといった様子だったので気にするのはそこまでにしておいた。
「ねっ、手繋ご?」
「なんで」
「ここやっぱりカップルとか多いし。郷に入っては郷に従え? だっけ?」
「……カップルのふり、ってこと?」
「そう!」
とても神戸の彼氏には見えない風体だけど大丈夫だろうか。そう思っていたら神戸の細い指が俺の手を握っていた。まあいいか。
そんなふうになんでもない顔をしてみたけど、やっぱり距離の近い神戸にドキドキしてしまうのは事実で。というかなんかいい匂いするんだけど。めちゃくちゃ柔らかいし。
「てことで、ユキせんせーが好きな水着選んで?」
「無理」
「ええ!? じゃあなんで来たの!?」
「えっ、逆になんで俺が好きなのを選ぶの? 動画は?」
「動画はついでだもん。リスナーも大事なんだけど、それ以上に今はユキせんせーと遊ぶ時間の方が大事」
「……へ、へぇ」
俺と遊ぶ方がついでだと思っていた。神戸の中でもしかして俺ってかなり優先度高くなってる?
反論しようと思っても神戸は聞こえないふりをするばかりで耳を傾けてくれない。というか距離が近すぎてぶっちゃけ正常な思考ができてない。このままだと俺が神戸に着てほしいものをそのまま選びかねない。
「あのなぁ……ほんと、水着とかわからないし。俺が変なの選んだらどうするんだ」
「変なのって? ユキせんせー的にわたしに似合わない感じのやつ選ぶの?」
「ほら、あの、なんか際どいやつ着ろって言うかも。俺がそういうことするかもしれないぞ」
「しないよ。興味あるのかもしれないけど、ユキせんせーは冗談でもわたしの嫌がること絶対しない」
「……しないけどさ」
妙な信頼が俺の退路を塞いでしまった。別に神戸の水着を選ぶのが嫌なわけじゃない。恥ずかしくないわけではないけど、これだけかわいい神戸に好きな水着を着せていいと言われたら、個人的な趣味に付き合ってもらってもいいかなと思える。
ただ、その個人的な趣味で神戸が変な目で見られるのは嫌だった。俺はこれまでかなり閉鎖的に生きてきたので、水着はおろか普段の服装すらも怪しいところだ。
「はぁ……じゃあ、どうしようかな。こっち向いて」
「ん!」
身体ごと俺の方に向けて笑った神戸を、しっかり観察してみる。こうやってまじまじと見つめることはなかったけど、やっぱりすごくかわいい女の子と一緒なんだと実感する。妹や幼馴染みがあれだから錯覚しそうになるけど、二人と同じくらいかわいい神戸もやっぱりすごい。
ただ、それと似合う水着は別の話で、しばらく神戸のことを眺めてみるけどなかなかぱっと似合いそうなものが思いつかない。そうしていると、神戸の視線が彷徨い始めた。
「ごめん。これじゃただの変態だな、俺」
「そんなことないけど、ちょっと恥ずかしいかも」
「いつも配信で見られてるだろ?」
「それは画面越しじゃん!」
あまり変わらない気がする。それに現実でも神戸はわりと注目を浴びているし、そういうのは慣れていると思っていた。俺の視線がきもいとかもあるのかもしれないけど。
「なら、これとか。神戸に似合いそう」
「わっ、なんかめっちゃシンプルなビキニ来た!」
「ごめん」
「ううん、そういうのって元々かわいい人しかちゃんと似合うってならないし。てことは、そーゆーことでしょ?」
元がいいのは間違いないし、神戸はかわいくあろうと努力もしている。そうでなかったらシオリの活動はそこまで上手くいっていないだろう。そう思っているのを指摘されるとやっぱり恥ずかしいけど。
「買ってくる!」
「え、待って。その……こんなこと聞くの失礼かもしれないけど、サイズとかその辺大丈夫なのか?」
「えっ、着てるとこそんな見たいの? えろー、ユキせんせーエロいなー?」
「違う」
「あははっ、冗談! 大丈夫だよ、確認してきたし」
「そっか」
ちょっと心配ではあったけど、これ以上言うと本当に見たくて仕方ないみたいに聞こえる――見たいか見たくないかで言ったら見たいけど――ので、神戸と並んでレジに並ぶことにした。
支払いを終えて受け取った紙袋を神戸に手渡す。神戸は首を傾げた状態で紙袋を受け取ると、少し遅れて騒ぎ始めた。
「そういうつもりじゃなかったんだけど!」
「一応カップルのふりなんだろ」
「いやカップルでも服とか水着とか彼氏に買わせるのはなくない……? まあ、でも、うん。わかった! ありがと!」
なんでもかんでも男が出すのはよくないと思うけど、こういうときくらい格好つけさせてもらってもいいだろう。それをわかってくれたのだろう、神戸はまた嬉しそうに引っ付いてきた。
「そゆことされると好きになっちゃうかもなー?」
「神戸に好かれるなら良かったよ」
「あ、う……で、でしょ!」
どこか照れた様子の神戸に首を傾げながら、俺は神戸の後ろを歩く。次に向かうのは雑貨屋だ。
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