33.幼馴染みとブレイクタイム

「あれ」

「そろそろ帰るか?」

「……待っていてくれたの?」


 さすがに何も言わず帰るのも、と思ったのでずっといたわけだが、何も言わずにいたからか夏葉は本にのめり込んでいた。


「学校は今度時間があるときにでも案内するよ」

「うん、お願い」

「代わりにそれ、今度内容教えて。面白そうだったら買う」

「ちょっと読んで決めたら?」

「そのまま全部読んで買わない可能性があるからやめとく」


 読書に取れる時間はあまりないけど、面白そうと思った作品は買いたい。そんな俺の性格を知ってる夏葉は、「優希らしいけど」と笑った。

 図書室を出る前にスマホを確認すると燈からLINKが来ていた。『おせー!』というメッセージの一時間後に『今日は気分転換したい日かな? たまにはゆっくりしておいで』というメッセージが入っていた。連絡しなくてごめん。


「燈?」

「たまにはゆっくりしてこいってさ」

「そう。じゃあ、せっかくだし寄り道する? わたしがしたいだけだけど」

「珍しい」


 夏葉がこうやってしたいことを言うのはわりと珍しい。何か理由があるとかでなければ基本的に周りに委ねることが多いから、なんだかんだで夏葉もストレスが溜まっているのだろう。

 そのストレスのはけ口に俺を選んでくれるのは、少しだけ誇らしく思えた。


「そういえば、夏葉と行こうと思ってたところがあるんだ。付き合ってくれるか?」

「珍しい、デートのお誘いなんて。わかった、付き合う」

「サンキュ」


 最近よく誰かとデートしてるな、なんて思いながら学校の門を通る。星島さんもデートみたいだって言ってたっけ。

 相変わらずそのままの格好で歩く夏葉の頭に帽子を被せて、上着を羽織るように頼む。


「暑い……」

「我慢しろ」

「着ないと駄目?」

「燈ならまだしもお前は絶対駄目。髪色」

「そう……」


 煩わしそうにしながら上着を着て、目立つ髪はその中にしまってくれた。

 歩くのすら面倒そうにしている夏葉を連れて、家の方向とは違う方向へ。学校のすぐ近くで、今はもう見慣れた顔が見えた。


「あれ、明石」

「君は……綾川さん、だっけ」

「流川さん? どうも」


 ぺこりと頭を下げた綾川に、夏葉も小さく頭を下げた。どちらもどこがぎこちない様子で少し面白い。つか夏葉は慣れてるだろ。

 何も知らない夏葉にはどうしてここに、という視線を向けられたが綾川の方はわかってくれたようで、店内に案内してくれた。


「いらっしゃい。おお、陸斗の友達か」

「っす、ども」

「ゆっくりしていきなさい」


 以前来たときはいなかった、綾川の父親がカウンター越しに立っていた。物腰の柔らかそうな人だ。咄嗟に夏葉もぺこりと会釈をしていた。


「えっと、明石はこの前のでいい?」

「あれがいい」

「わかった。流川さんは決まってる?」

「アフォガート……って、ある?」

「あるよ。お客さんそんなにいないから、追加あったら呼んでね」


 店主に注文を伝えた綾川は、今度は空いているテーブルの上を拭き始めた。客はそれほどいなくてもしっかり掃除をしているからだろう、店内はホコリひとつ見えない。


「アフォガートって?」

「そういうデザート。バニラアイスとかにコーヒーをかけるの」

「なるほど……? あれか、ウインナーコーヒーみたいな」

「あれは生クリームだしコーヒーに乗せているのだけど、そんな感じ」


 なるほど。夏葉がアイスを食べているのがあまり想像できないけど、好きなのだろう。というか俺が食べたい。今度また来よう。

 しばらくして店主は俺たちのテーブルにコーヒーを運んできた。夏葉の言っていたアフォガートは見当たらない。


「お嬢ちゃん、ちょっといいかい?」

「えっ。えっと……」

「パンケーキ好きかな? おっさんにはよくわからんから、よかった食べてくれるかい」

「えっ……パンケーキ、ですか?」

「あ、もう父さん!」


 怒ったように綾川はテーブルの方にやってきて、パンケーキを回収しようとした。


「ごめんね二人とも。ここ、学校から近いから箱林の生徒がたまに来るんだけど。うちはコーヒーとサンドイッチとアイスクリームしかないからあんまり何度も来てくれる人いなくて。若い人で二回目来てくれたの、明石くらいだよ」

「そうだったんだ」


 それはもったいない、と思うけどそういうものなのだろう。価値観を押し付けるのはよくないし、こういう静かな場所を好まない人だってたくさんいる。


「そういうことなら、いただいてもよろしいですか?」

「えっ、いいの? もう夕方だけど」

「構わない」

「そうかそうか。ありがとうお嬢ちゃん」


 そう言って店主はなかなかボリュームのありそうなパンケーキを置いていった。綾川は苦笑いのままテーブルの拭き掃除に戻った。


「それ、食べるの?」

「食べるけど……?」

「えっと、大丈夫か? その、体重とか」

「ああ。その辺りは大丈夫。心配してくれてありがとう」


 少しの積み重ねが太る原因だって燈が言っていた。パンケーキは十分その少しに入ると思ったので聞いてみたわけだが、夏葉はそれもちゃんと考慮していたらしい。

 パンケーキを切り分けて口に運んだ夏葉は、珍しく明るい顔をした。


「ふわふわしてる……! 優希も少し食べてみて」

「ん……」


 切り分けられたパンケーキを夏葉に差し出されたので食べてみる。口の中でふわりと溶けるような、なぜ売り物にしていないのか不思議なくらいのパンケーキ。


「うっま」

「優希も気に入った? よかった」

「美味い」

「そう」


 どこかたどたどしく聞こえる会話。だけど俺たちにとってはいつも通りで、これがわりと最大限の褒め方だったりする。俺に共感してもらえたことが嬉しいらしく、ほんの少しだけ普段の顔よりも明るく見える。

 パンケーキを食べた夏葉は、上機嫌に店主の方を見た。


「とても美味しかったです。お代の方はいくらの予定ですか?」

「そりゃよかった。試作品だからね、お代はいらないよ」

「こんな素敵なパンケーキは初めて食べてので、ほんの気持ち程度でも出させてください」

「……わかったよ。それと、はい。アフォガート」


 バニラアイスとコーヒーがテーブルに並べられた。それを見て、また夏葉は口元に緩めた。

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