34.いつも通りの帰り道へ

「満足」

「ならよかったよ」


 燈たちに聞いた話だと最近は特に忙しいらしいから、少しでも息抜きになったのならよかった。


「ありがと」

「なにが」

「放課後、付き合ってくれて。優希だって疲れているのに」

「別に」


 神戸や星島さんならもっと否定していたかもしれないが、夏葉相手に必死になるのもおかしな話だ。それに、正直なところ二人のことで疲れていないかと言われれば疲れていないとは言えない。


「俺は夏葉といるのは嫌いじゃないから」

「そう。知ってるけど?」


 さも当たり前のように、顔色一つ変えずにそう答えた夏葉は俺の方を見て首を傾げた。さっきまでと変わらない顔なのに今更そんなことを言うの、とでもいいたげな表情に見える。


「君、嫌いじゃない人と仲良さそうに話すなんて器用なことできないし。神戸さんと星島さんも含めて」

「……まあ、そうなんだけど。改めて言う必要はないだろ」

「そう? わたしにはまだ迷ってるように見えたけど。本当にあの人たちを好きって言っていいのか、とか。優希は、ものすごく面倒な性格をしているから」


 幼馴染みに面と向かって面倒とか言わないでほしい。いや燈は兄の全てを肯定してくるから誰かしらがまともなことを言ってくれないと困るのは俺だけど。

 少し歩くとすぐにいつもの道に出た。ここからはすぐだ。


「……遠回り」

「わかった」


 夏葉はちらっと視線を後ろに向けた。若い男性がこちらを――というより夏葉をじっと見ている。見たところ記者なんかではないらしい。夏葉と友梨の学校は公開されておらず、今のところ生徒からの流出も確信の持てるものはそう多くはないため、まだマークされることはないらしい。が、ここでバレてしまうとそういった苦労も水の泡だ。

 男性はポケットからなにかを取り出そうとしていた。おそらくスマホ、撮影するつもりだろう。


「今はまずい」

「制服だもんな、わかってる」

「というより、隣に優希がいる」

「……あ」


 一番まずい要素は俺だった。夏葉に兄弟はいないので、ここで一般男性と歩いているとなればそういうことだと言われるに違いない。


「次の角右でその次も右、次左で……」

「その次の次の曲がり角までダッシュで左、でどうだ」

「ん」


 別に使ったことがある道じゃないが、数年前からこういうこともあった。だからか、なんとなく夏葉の考えることがわかった気がした。

 話した通りに右、右、左。次の通りを走って、一つ飛ばしたところで左に。それからしばらく直進して、夏葉はスマホを使って後ろを見た。


「うん、大丈夫みた……大丈夫?」

「大丈夫」

「……そんなに気にしなくてもいいのに」


 正直、めちゃくちゃ焦っていた。隣にいたのが燈ならば実は兄でした、で話は済ませられないこともないから問題ないし、なにより家から出るところなんかを撮られることを考えたら対策のしようもないと思える。けれど、夏葉の場合はただただ俺のせいだということになってしまう。


「責任とか取れないからな」

「知ってる。でも、前にも言ったけどわたしたちのファンは半分が女性だし、男性ファンの全員がガチ恋勢ってわけでもないから。一部のファンはわたしと優希……というか友梨の兄が仲の良いことも知っているし、仮にスキャンダルになってもみんな離れるわけじゃない。なにより、そうなっても優希だけの責任になるはずがない。というか学生だしもしそうだとしても恋愛くらいさせて。それから……」

「うん、わかった。悪かった。ありがとう」

「わかればいい」


 面倒な性格をしているのはどっちだ。口から出かけたその言葉を飲み込んで、俺は歩く速度を少し上げる。夏葉もそれに合わせて早く歩き始めた。


「遠回りなんてしたから、もっと遅くなっちゃったな。ごめん」

「別に」

「ご両親、怒らないか?」

「さあ。どうでもいい」

「そっか」


 この話をするのは何年ぶりか。でも、相変わらずだった。

 夏葉と両親の、特に父親との仲はあまりよくない。その理由は、俺とアイドルだ。夏葉の父親にとって、俺のような何に関しても中途半端な人間はあまり好ましくはないらしい。それは俺も同感なので否定はしないが、たとえ親でも子のなんでもない友人まで口出しするのはどうかとは思う。

 アイドルをしていることにも不満があるらしい。その理由は、夏葉にもある。


「どうせ、いつかなくなるから」


 なくなる、というのが何に対しての言葉なのか。俺にはまだわからなかった。十年以上も一緒にいた俺でも、未だに夏葉が本当は何を考えているのかがわからない。もし燈がここにいたら、夏葉が欲しい言葉をかけてあげられたのだろうか。


「早く帰ろうか。うち来るか?」

「……今日は、やめとく」

「そっか」


 どこまでも気の利かない返し方しかできない自分が嫌になる。そんな俺をからかうように「変な顔して、そんなにわたしに遊びに来てほしかった?」と笑った。

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