35.兄と大好きなわたし
キーンコーン、と。そうやっていつも通りに鳴り響くチャイムと同時に、わたしは席を立った。
「あ、明石。よかったらお昼……」
「おおっとごめん! わたしは友達と食べるんだ、ごめんよ!」
そう言ってわたしはお弁当の入った鞄ごと持って教室から出た。あの子は誰だったっけ。確かクラスでもみんなに好かれてる男の子で、名前は……出てこない。まずい、同級生の名前を亜鳥しか覚えていない。
適当なことを言って出たものの、友達なんているはずがない。亜鳥と絡むとあの子に迷惑をかけることになるし、かといって明らかに明石友梨の友人という立場をステータスか何かと勘違いしている人と関わるわけにはいかないし、そもそも関わりたくない。
というわけで、わたしはまた教室から遠い方の階段に向かった。そのまま階段を駆け下りた。二階を通り過ぎて、一階へ。鞄の小さなポケットから鍵を取り出してそこから二つ部屋を挟んだ教室のドアに突き刺す。力を込めても上手く回らず、何度か捻ってようやく開いた。
「ふぅ……」
しっかり内から鍵をかけて、第二会議室を独り占めした大規模ぼっち飯の時間である。ぼっち飯と言いつつ普段は食べるのも面倒なのでこっそり持ち込んだマットで仮眠を取ることが多いのだが、今日は別だ。
「お兄ちゃんのおべんと!」
今日は特別早起きなお兄ちゃんが作ってくれた。わたしが起きたときにはもうお弁当を置いて家を出ていたみたいだけど。理由をLINKで尋ねたら神戸先輩のお手伝いも毎朝少しづつだから、段々汚れが目立ってきていたから念入りに掃除がしたかったそうだ。これを妹的に訳すと『神戸は毎日やってるからたまには俺が一人でやっとこうかと思った』になるのだが、まあ黙っておいてあげよう。
そんな忙しいお兄ちゃんが、わたしのお弁当まで作ってくれた。昼くらい自分で準備すると言い張っているお兄ちゃんだけど、わたしが作らなかったらたまにパンとかで済ませているときがあるのを実は知っている。
「いただきます」
卵焼きに小さなハンバーグ。昨日の夕飯のコロッケ、冷凍の焼売。ブロッコリーとウインナーを炒めたものが入っていて、わたしの嫌いなトマトもしっかり入っているが、カットしてチーズやベーコンと一緒だ。
ご飯もただの白米じゃなくて、オムライスになっていた。うん、お兄ちゃんにお弁当作らせるのはやめよう。めちゃくちゃ嬉しいけど朝からこれ多分大変だ。
「ん……」
大好きな卵焼きから食べるか、嫌いな要素のあるトマトとチーズのやつを食べるか迷っていたら誰かからLINKがきた。この時間ならお兄ちゃんか結乃さんか、どっちだろう。
『明日の予定の確認だけど』
『弁当、ちゃんと食えそうか?』
「どっちもぉ! えーっと……」
明日の予定はきっちり頭に入ってるのでその旨返信して、お兄ちゃんにはお弁当とピースの写真を送っておいた。
よし、やっぱりトマトから食べよう。卵焼きは最後だ。そう思ってトマトをベーコンやらたまねぎやらと一緒に箸でつかんで口に。他の存在感にわりと紛れて、食感もあまりない。今日もトマトに勝った。
オムライスを食べて、ハンバーグを食べて。コロッケも食べてまたオムライスを食べて。自分で作るよりちょっと贅沢なお弁当を楽しんでいると、誰も使わないはずの会議室のドアが開いた。というかこの部屋の鍵はわたしとお兄ちゃんしか持っていない。
つまりはそういうことで。
「やっぱり……」
「お兄ちゃ……優希! と、綾川先輩も!」
「なんでこんなところで一人で」
「い、いやぁ……」
まずい。お兄ちゃんにはクラスでもだいぶ馴染んできたと話していたのに。実はいろいろ話したりすんの面倒でいつも逃げてたなんて言えない。そんなお兄ちゃんを心配させるようなことを、これ以上言っていいはずがない。
というわけで精一杯思考をめぐらせ、言い訳を思いついた。
「優希が作ってくれたお弁当をいっこちょーだい、とか言われたらどうすんの!」
「あげろよ」
「嫌だね」
誰があげるもんか。仮に誰かと食べていても、夏葉や亜鳥、神戸先輩たち以外には絶対あげない。あげても卵焼きだけは絶対にあげない。お兄ちゃんの卵焼きだけは誰が相手でもあげない。
「で、どしたの?」
「いや別……」
「妹さんが一人かもって慌てて」
「綾川っ!」
「隠すことでもないでしょ」
「……そっかぁ」
まったく、シスコンめ。ファン事務所公認のブラコンのわたしに負けないくらい、わたしのことが大好きじゃないか。
こうやってすぐになんでも気づいてくれる兄が大好きなのに、どうしてかお兄ちゃんは自分を好きになってくれない。そんなひねくれたところも好きなんだけど。
「じゃあ、お弁当食べよ! えーっと……机こうしよっか。よし!」
「もうほとんど食い終わってんじゃん」
「えっ、明石のお弁当オムライスなの? いいなぁ」
「いや、俺のは面倒だから卵巻いてないけど」
「なんでだよ巻けよ! もーじゃあお兄ちゃんちょっと食べて。綾川先輩も食べます?」
「いいの? さっきあげないって言ってたのに」
「特別ですよー?」
本当は綾川先輩に誰よりも感謝しないといけないのはわたしかもしれないけれど。急にお礼なんて言われても綾川先輩は困るだけだろうから、お弁当で手を打ってもらおう。少しでも、みんなが楽しめる空間を作ろう。
わたしが好きなわたしでいるためには、今はお兄ちゃんがわたしを好きでいなくちゃいけない。今日のところはまだお兄ちゃんはわたしのことが大好きだから、今は笑顔でいたい。
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