25.迷子にご注意
放課後のコンビニ。学校はアルバイトは禁止されているが、兄妹の二人暮らしということで特別に承認された。というか、楓さんが強制的に承認させた。
そうやって俺たちのことで多少無理を通しているからいろいろと押し付けられるのだろうが、平気な顔で笑っているのが楓さんの悪いところだ。
「明石、品出しよろしくぅ」
「うっす」
陽気な若い店長にそう言われて品出しをすることにした。放課後だがここも駅とは反対側なので、生徒はなかなか来ない。俺は特別にアルバイトをさせてもらっているので、あまり生徒の目に入るところでは働きたくないという気持ちもある。
言われた通りに品出しをして、ついでに軽く掃除もしておく。店長はレジを回しながらのんびりホットスナックを揚げてくれていた。
粗方終わったのでレジの方に戻ると、ホットスナックはきっちりと並べられていた。
「んー、あんがと。明石はマジメだねぇ」
「バイトなんで」
「そかそか。いやー、明石と一緒んときは気が楽でいいわ。変なことしないし」
そう言われると悪い気はしない。ただ、この人はいつでも明るいのでそれが本音なのかどうかイマイチわからない。
しばらく店長と雑談をしながら客の対応をしていると、見知った顔が来店してきた。
「いらっしゃっせー……あ」
「えっ、えっ。えっ、ユキせんせー!?」
「あー……」
「えなに彼女?」
「違います」
なにやら困った顔でコンビニにやってきたのは、神戸だった。様子がおかしいなと思って神戸を見ていると、後ろからひょっこり男の子が顔を出した。
「あれ、うちバイト禁止……あ、そかユキせんせーは特別ってことか。そっかぁ」
神戸が一人で頷いている間に、後ろの男の子はお菓子売り場へやや駆け足で向かって、チョコレートのお菓子を手に持ってレジにやってきた。
「あー……元気だね」
「百十円になります。レジ袋はご入用になられますか?」
「あ、うんちょっと待ってね……あ、袋入りません! 百十円、ぴったりです!」
「百十円ちょうど、お預かりいたします」
「……あの、ユキせんせー」
「優希先生は……はぁ……」
言っても聞かなそうなのでそこは置いておくことにした。
店長は俺があまり他人と話すのが好きではないことを知っているので、俺と神戸が当たり前のように話しているのが気になっているようで、こちらを見て首を傾げていた。
「この子迷子みたいで、もし……」
「おれまいごじゃねーし」
「そ、そだったね。ごめんね。えっと……この子の親が迷子みたいで」
「なるほど。わかった、それらしい人が来たら連絡する」
「ありがとっ!」
「……いや、待って」
両親らしき人を見かけたら連絡する、それで話が終わりかけていたところで口を挟んできたのは店長だった。心做しか少し表情がにやけている。面倒なことになる気しかしない。
「明石、一緒にいてあげなさい。今日はもういいから」
「えぇ……」
「バイト代はちゃんと出すから」
「そういう問題じゃないんすけど……」
仕事を途中で放り出すのは気が引ける。そうは思ったものの店長は引こうとはしていないので、俺も何も言えない。
「んだこいつ、おまえのかれしかよ」
「んえっ!? ちちちちがうけど!?」
「生意気な奴だな……」
「ほら、この子を女の子一人でって大変でしょーが。親御さん見つけていい時間なら送ってあげないとだし。ほら」
「……まあ、確かに。わかりました、わかりましたよ。でも、仕事してない分の給料はなしで」
「マジメだなぁ、明石は」
そう言って店長はパソコンに『20時退勤』と入力した。おい待て今まだ十七時だ。
神戸には少し待ってもらうことにして、さっさと制服を鞄に詰める。ちらっと店の方を見ると、店長はさっきの生意気な男の子と神戸にホットスナックを手渡していた。神戸が慌てたように手を振っているので、多分また店長が押し付けているのだろう。
「……はぁ。じゃあ、行こう。もしそれっぽい人いたら連絡してください」
「おっけー。いってら」
次のバイトが来るまでしばらくあるが、ここは店長に甘えさせてもらおう。実際この子を神戸一人に任せるのは大変そうなので、一緒にいた方が俺も多少安心できる。
「ご、ごめんねーユキせんせー……」
「気にしないでいい。早く探そう」
「そだね! えっと、どの辺まで一緒にいた? てゆーか、どこ行くつもりだった?」
「しらねぇ」
「嘘だろ……」
そう言って男の子は神戸が買い与えたお菓子を食べ終えた。一番危機感がない。
教えてもらった話ではこの子は小学一年生で、両親と買い物の途中で歩いて来たらしい。
「どーしよ、とりあえず交番とか?」
「こっから交番行くと結構歩くんだよなぁ。歩けるか?」
「あるけるにきまってんだろ」
「そうかい」
交番に向かっている途中ですれ違いになる気もしたが、とりあえず向かうことにした。
生意気だが人の言うことは聞けるようで、神戸とはしっかり手を繋いで歩いていた。たまにその手を引いてどこかへ走っていきそうになるのを抱きかかえて止める、というのが俺の役割になっていった。
「はらへった」
「お前ほんと……はぁ。まあいいや。またどっかコンビニ行くか……」
「ハンバーガーくいたい」
「……はいはい」
神戸がどこか気まずそうな表情をしていたが、仕事をサボって神戸と出かけていると考えれば別にハンバーガーくらいの出費は別に痛くもない。そもそも俺たち二人が生活するだけの金は燈の収入や楓さんの支援だけで十分に足りているので、俺のアルバイトはただの自己満足だ。ただ、楓さん自身もそれほど余裕があるわけではないことは知っているのであまり無理をしないでほしい。
こういう話をして神戸の顔をこれ以上曇らせたくなかったので、生意気なこの子どもにチーズバーガーと飲み物を買って、再び交番に向かうことにした。
「うう、足が……」
「大丈夫か? ああ……靴か」
今更気づいたが、神戸は学校の制服を来ていなかった。靴もヒールの高いかわいらしい靴を履いて、少し歩きづらそうにしている。
「おれはまだあるけるぞ」
「おお、そだね! すごいねー、偉い! 強いぞ!」
「おとななのになさけねー」
「うっ……」
馬鹿にするような顔で神戸にそう言った男の子は、俺に迷惑をかけまいとなんとか自分でこの子の面倒を見ようとしている神戸の手を離して飛び跳ねた。
「……あのな、ちびっ子。このお姉ちゃん、すごいかわいいだろ」
「ユキせんせー!?」
「大人の女の子はかわいくするためにすっごく頑張ってるんだ。だから、そういうふうに言っちゃ駄目だぞ」
「ユキせんせー、もういいよ」
「……悪い。まあ、そういうことだから。歩けるなら俺と歩こう。いいか?」
「……わかった。あと、ごめん」
「えっ? い、いいよ別にー?」
我ながらなかなか大人気ないことをしてしまった。それでもなんとなく言葉の意味を受け取ってくれた男の子は俺よりずっと大人かもしれない。
「……ありがと」
そっと俺に伝えてきた神戸の頬は、夕日が差して少し紅く染っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます