24.最強のピース
「ねむーい!」
「予定ではちょっと時間あるから寝ててもいいよ」
「ラジオで寝ぼけたこと言うの嫌なんで起きときます。あ、お兄ちゃんパン持ってきてたよね。食べよ食べよ」
「もう食べてもいいのか?」
「ラジオ収録だしね。顔映らんし」
これから収録するラジオ、通称『スタラジ』は、ラジオ配信サイトと動画アプリの事務所公式チャンネルから毎週配信されている友梨と夏葉のラジオは人気コンテンツの一つだ。普段の二人とは違うだらけた雰囲気が良いらしい。前回の分は昨日更新されていたはずだ。
「夏葉姉大丈夫かな?」
「忙しいんだっけ」
「うん。めちゃくちゃ忙しい」
それでも涼しい顔をしてこなしてしまうのが夏葉な気がする。顔に出さないことに慣れすぎていて燈以上に無理をしているのかしていないのかわからないので、どういうタイミングで労えばいいのかもわからない。そんなに忙しいならどこかで労ってあげたい。
「よっし! 勉強するから二人とも話しかけないで!」
「はーい。着いたら言うね」
「俺、先生なんだけどなぁ」
「……ほんとだ!? えっ、じゃあわかんないとこあったらすぐ聞く!」
「ん。俺からは話しかけないから」
燈は鞄を二つ持ってきていたけど、なぜかその片方を車の中に置きっぱなしにしていた。何が入っているのか気になっていたが、学校の教材や俺の作った問題集なんかを詰め込んでいたらしい。車の揺れをものともせず、燈はノートに問題の解答を書き始めた。
こんなに忙しいのにちゃんと勉強もしようとするところが本当に偉いと思う。忙しいからと言い訳をせず努力をしているのだから、平均的な成績でいいのだ。
しばらくそんな燈を見ていると、解答を書く手が止まった。自分の書いたものをなぞって、首を傾げて。それを何度か繰り返して、俺にその解答を見せてきた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、ここってこれで合ってるよね?」
「えー……うん。そこは、合ってる」
「おっけ! あれぇ、どこミスってんだろ」
よくあるミスなので俺からすれば一目見ればわかるものだが、自分で見つけたいのはよく知っているのでそのまま放っておくことにした。
燈が何度か解き直してようやく間違いに気づいたところで、スパタマの事務所に着いた。
「事務所で収録なんだ?」
「うん。そんなに広くもないけど音声収録くらいならできる環境あるからね。夏葉姉もう来てるっぽいから行こっか」
さっきまではどこか気を張っていたような燈と吉川さんだったが、今はどこか気の抜けた感じだ。
一度だけ、燈の家族としてここに来たことがある。吉川さんと初めて会ったときだ。「不安だから着いてきてくれると嬉しい」なんて言われたのに、結局は燈がちゃんと自分で受け答えをしていたのでなにも問題はなかったが。
「あれ? 先輩?」
「……えっ」
「あれ、あと……じゃないのか、ナナホシさん」
「友梨……ちゃんも」
二人の事務所で出会ったのは、見知った写真が大好きな後輩だった。なんとなく要件はわかってはいるけど、こういうところで知り合いと会うと驚いてしまう。
「あっ! 次の雑誌の表紙写真、またわたしが撮らせてもらうことになったよ」
「えっ、ほんと? やった!」
「えっと……二人はどういう?」
盛り上がる星島さんと燈に、吉川さんだけが首を傾げていた。
星島さんはこれから特に用事もないようで、せっかくだから俺たちと一緒にいることになった。星島さんの家庭事情なんかはぼかしながら吉川さんに説明すると、「そういうことでしたか。先生?」と笑われてしまった。
事務所の収録部屋に着くと、夏葉と数人のスタッフが座っていた。
「あ、燈……それに優希も。あれ、あなたも?」
「よっ! みなさんごめんなさいお待たせして。こちらうちの兄と友達のカメラマンのナナホシさんです」
「えっと、兄です」
「ナナホシです。本日は見学させていただけるということで……」
「おー、いいよいいよ。ほんとはゲストとか呼びたいんだけどなぁ。キララちんくらいしかいい顔してくんないんだよなぁ。ま、あそこも事務所に止められてるっぽいけど」
今までの感じとは違って、ここは本当に緩い感じだ。燈も明石友梨としてでなく、いつものようの楽しそうに笑っている。
「ああ、そうだ。お兄ちゃん、生放送見てたよ」
「えっ、あー……ありがとうございます?」
「ともりんは無理しがちだからなぁ。ちゃんと支えてやってくれ」
「それは、はい」
「もー、やめてくださいよー」
照れたようにそう言う燈の頬は少しだけ赤くなっていた。珍しく本気で恥ずかしがっているらしい。
「おしゃべりもそこそこにして、収録始めましょう? せっかく優希とナナホシさんが来てくれているから、ちょっといいところも見せたいので」
「お、夏葉ちゃんやる気だねぇ」
やや棘のある言い方な気がしたが、ちゃんと気持ちは伝わっているらしい。燈だけじゃなく夏葉も随分とここの人たちを信頼しているらしい。
「ここの人たち、わたしを拾ってくれた人たちなんだ。アイドルにしてくれた人。こっちのおじさんは広報さんで、こっちのおじさんが代表さん」
「いやぁ、アイドルの売り方できてんのかって言われたら痛いんだけどな。でも、二人の良さは引き出せてるはずだ」
「それはもう、すごく」
元々少し誤解されやすい物言いが多い夏葉と、周りに気を配りすぎて自分のことを後回しにするようになってしまった燈がこうして元気にやれているのは、きっと吉川さんも含めてこの人たちのおかけなのだろう。
「最近は方針固めても上からの圧がすごくて二人にちょっと無理させちゃってるんだけどね。お兄ちゃんもごめんな」
「いや、俺は……」
「ほんと、そういうのは気にしないでください。がんばるんで!」
燈がそう言うと同時に、夏葉が隣の部屋に入った。早く喋りたいのだろう。
「夏葉ちゃんもやる気だし、友梨ちゃんも行こうか」
「よーっし、お兄ちゃんという最強のピースがいる今ならめっちゃいいの撮れる気がする!」
俺なんかでそんなにやる気変えないでほしい。やる気が出ているのならいいけど。そんな重要なピースになりたくない。そんな気持ちは多分伝わっていなくて、燈はにっこにこの笑顔のままスタジオに入って行った。
「みなさんすたらじはー! 友梨だよ! 今日も聞いてくれてありがとね」
「すたらじは、夏葉だよ。この番組はわたしたちスーパースター☆マインがお送りする、雑談ラジオです。楽しんでくれたらハッシュタグをつけて感想を投稿してね。見ちゃうよ」
「意外と見てるよ! いいね付けてるのマネージャーじゃないよ! というわけで、この前の感想から!」
いつもよりやや高いテンションの友梨と、少し柔らかい口調の夏葉。そんな二人のファンの星島さんは、楽しそうにその収録の様子を見ていた。
「『夏葉ちゃんがボケてるの珍しくてめっちゃ笑った』? わたし、別にボケてないけど……」
「いやボケみたいなもんだよあれは……」
「……そうなんだ。不服」
悲しそうにする夏葉を慰める友梨。前回のラジオをまだ聞けていないのでなんのことかはわからないが、星島さんが苦笑していたので夏葉が何か変わったことを言ったのだろう。ちゃんと追ってるんだね。
それからいつもの企画コーナーを進行して、わちゃわちゃ進行しつつ、リスナーからの愛あるいじりを受けたりして、スパタマらしさのあるラジオ収録だった。そうしてコーナーをいくつか終えて、最後にふつおたを読む時間になった。
「今回もみんないっぱいお便りありがと。今日はね、言ってなかったんだけどお兄ちゃんと友達が来てくれてるんだ」
「というわけで、ラジオネームともりんの奴隷さん。『お二人は学生ですが、あまり学校に行けなかったりするんですか? たくさんお仕事があると思うので、そういうところは少し心配です』」
「奴隷さんお便りありがと! でも奴隷はちょっと遠慮するね。せめて召使いとかがいいな! 行けないねぇ。勉強とか、夏葉は元々賢いからいけてるけどわたしはさっぱり。でもね、それでも学校に行くとさ、最近は友達が話しかけてくれてさ」
燈はちらりとこちらに視線を向けて、表情を緩ませた。こういうとき、決まって燈は兄自慢をする。友梨のときもおそらくそうなんだろう。
「わかんない勉強もお兄ちゃんが教えてくれて。もうほんと、毎日すっごく楽しいんだ」
「最近の友梨は本当に楽しそうだね。君は笑ってるのが一番かわいい」
「えっ、なに急に怖っ! 結婚する!?」
ラジオだからその姿は映らないのに、自分の身を引いてみせる友梨。それに夏葉は笑顔を向けた。
夏葉のことも友梨が答えたので、そのまま次のお手紙に移ることになった。次は友梨が選ぶ番らしい。
「じゃあ次ね、ラジオネーム超新星花火さん。なんか強そうだね。『最近ソロアイドルのキララちゃんと仲が良いみたいですが、きっかけは何かあるんですか』だって! えー、キララとのきっかけかぁ……」
何通か届いていた手紙を読んでラジオを締めた二人は、少し疲れた様子で部屋から戻ってきた。燈はぐっと伸びをして、夏葉は眠そうにあくびをしながら二人同時に水の入ったペットボトルを手に取って、あまりにぴったりだったから二人して笑った。
「つっかれたー!」
「お疲れ様。みなさんも、ありがとうございました」
「おうよ。今日は二人とも張り切ってたなぁ。お兄ちゃんらのおかげだな」
笑いながら俺たちを連れて部屋を出たおじさんは俺たち四人に当たり前のようにジュースを買って、「んじゃ、また気軽にな」と言ってどこかへ行ってしまった。
「じゃあまあ、帰ろっか。亜鳥も一緒に車で帰る?」
「あ、うん……!」
結局夏葉と星島さんも一緒に帰ることになり、俺は助手席に座ることになった。女の子の隣もちょっと申し訳ないので、助手席は少し助かる。
車を出して数分すると、燈と星島さんの寝息が聞こえてきた。
「あら」
「疲れたみたい。珍しい」
「ほんとに。そんな顔して寝るなんて」
「いつもそんな感じじゃないの?」
「君の前ではそうだろうけど、結さんの車に乗るときは仕事がなくても多少気を張ってるから」
別に嫌っているというわけではないはずだが、吉川さんは「あまり信頼されていないようで」と笑っていた。
「だから、これからも優希さえよければ一緒にいてあげてね」
「……まあ、うん」
燈がそれで安心できるなら。俺なんかをお兄ちゃんと言ってくれる間は、燈の隣にいさせてもらおう。
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