23.明石友梨の忙しい一日(2)
「はい、M秒チャージ」
「えっ、買ってきてくれたの? やったっ! てことは途中見てなかったってことだな!? 許さん、わたしの全てを目に焼き付けやかれ!」
「燈が他の人と話してるときに買いに行ったよ」
本当に少しだけだったが、燈が演じている間は全て見ていた。演じるキャラクターは友梨と似た雰囲気の人だったが、その話し方、笑い方の一つ一つがとても丁寧だと感じた。「優希くんに褒められると調子に乗るのでお家に帰ってから褒めてあげてください」と言われたので伝えてはいないが。
「つか、生放送って俺が見ててもいいんすか?」
「いいですよ。ちょっと遠くからではありますけど。でも、さっきお兄さんもお邪魔すると伝えたところ快く受け入れてもらえたので大丈夫です」
「お兄ちゃんに見られるってなるとちょっと緊張するなぁ」
そんなことを言っているが、燈がその程度のことで緊張なんてしないことは知っている。共演者に好きな人がいたりしたら緊張するのかもしれないが、燈は重度のブラコンなのでそんなところも見たことはない。
することもないので車に揺られながら燈がゼリー飲料を飲んでいるのを見ていると、恥ずかしそうに目を逸らされた。かわいい。
車はすぐに次の場所へ着いた。燈は自分の頬を軽く叩いて気持ちを切り替えていた。
「かわいい。がんばれ」
「ありがとっ! ちょっともしかしたら流れで優希の話するかも」
「ん、了解」
その場にいるということは、そのまま友梨の兄として認識されることになる。俺はともかく友梨が大好きな兄を悪く思わせるわけにはいかない。
「髪伸びてなくてよかった」
「イケメンだよ! さすがわたしの兄」
「それはない」
燈の兄なので顔立ちは整っているとは思うし夏葉にも「きちんと手入れすればかっこいいかも」と言われたこともあるから元はそれなりに良いのだろうが、特別な手入れもしていなければアルバイトで夜勤に入るときもあるから、とても綺麗な顔とはいえない。容姿を磨くというのは大切なことだと思うのでどこか機を見て始めようと思うのだが、どうにもやる気が起きない。ただ、神戸や星島さんにもっと好印象を持ってもらえたらそれは嬉しいかもしれない。
建物に入って燈と吉川さんについて行くと、『明石友梨様』と書かれた部屋に着いた。
「ほんとならお兄ちゃんも入っちゃダメなんだけど、服そのままだし今日は大丈夫! てことにする!」
「今日の燈ちゃん、すごくわがまま」
「えー? 許してくれるんじゃないんですか?」
「許すよ。メイクだけチェックしようね」
吉川さんがしっかりとチェックした後、燈は「挨拶してくるから、お兄ちゃんはここで待ってて」と言って部屋から出ていってしまった。三十分ほどして戻ってきた燈とほんの少しの時間だけ話して、今度は俺も一緒にスタジオに向かうことになった。
「おはようございまーす」
また元気に燈がそう言うと、またいろんなところから返事が返ってきた。
「おー、お兄さん? よろしくぅ」
「えっ、あ、よろしくお願いします」
声をかけてきたのは、テレビでもよく見る芸人だった。なるほど、燈は普段からこういう人たちと話しているのか。胃が痛くなりそう。
話しかけてきた男性は「そんな緊張しなくていいよ」と笑いかけてくれた。そもそも俺はここにいるだけなので緊張する必要なんて一切ないはずだが、こういうところに来ると否が応でも緊張してしまう。
「大丈夫?」
「まあ、俺が緊張するもんでもないし」
「ん、そだね」
「友梨ちゃーん、そろそろ入って」
「あ、はーい! じゃ、行ってくるね」
さっきはしっかり準備をしてカメラを回すという感じだったが、こっちはどこか慌ただしい感じがした。燈が呼ばれてすぐにカメラが回り、時間を見るともう番組が始まる時間だった。
「優希くんは……そうですね、この辺りにいてください」
小声で俺を邪魔にならないところへ誘導して、吉川さんはそこからかなり後ろの方に下がった。
今日のゲストとして紹介された友梨は、お行儀よく笑った。ここでの友梨は必要以上に話す必要がないらしい。
「で! 今日はゲストにね、あの友梨ちゃんが来てくれています!」
「スーパースター☆マインの明石友梨です! えへへ、呼んでもらえると思ってなくてすっごい緊張してます」
「うおお! かわいい! ほらみんな見習って」
そんなやりとりをしつつ、友梨はカメラに笑顔を向けた。めちゃくちゃかわいい。
出演者はそれほど多くない番組なようで、友梨以外にゲストはいない。正直なところ友梨のトーク力は夏葉の力があってこそだと思っていたので少し心配していたのだが、俺なんかが心配するまでもなく友梨は上手く馴染んでいた。
「友梨ちゃんはこういう番組見る?」
「家にいるときはよく見ます! あ、あのネタめちゃくちゃ好きで…………」
よく見ている、というよりは静かだと疲れてしまうのでテレビをつけているだけなのだが、確かに燈は今日共演している芸人のネタは気に入っている。この言葉は嘘じゃないので、友梨も相手も楽しそうに見える。それでも友梨は程よいところで話を止めて、次のコーナーに繋がるように上手く話をしていた。
この時間はバイトをしているか燈が休みなら二人でだらだらしていることが多いのでこの番組はあまり見たことがないが、きちんとその辺りの打ち合わせはしているのだろう、友梨は番組のコーナーに合わせた答えをしていた。
「じゃあ、友梨ちゃんは小さい頃から頑張り屋だったんだ」
「うーん、頑張り屋というか……兄にいいところを見せたかった、って気持ちがおっきいですね」
「へぇ! お兄ちゃんが大好きってよく聞くけど、実際どうなの?」
「それはもう、大好きですよ」
建前とも本音とも取れるような言い方をした燈がちらっとこっちに視線を向けると、一台のカメラが俺の方に向いた。咄嗟に笑顔を作ると、燈は引き攣った笑みを浮かべた。カメラを俺に向けさせるつもりはなかったのだろう。「なんと、そのお兄さんがスタジオに来てくださっています!」という言葉とともに、音響機材を持った人なんかも近づいてきた。
「あ……の……」
「ほんとに、こんなかわいい妹がいて幸せです」
「……っ!?」
「おお! お兄さんも! 友梨ちゃん、お兄さんこう言ってるけどどう?」
「……照れる……」
生放送だと言うのに少し俯いて顔を隠そうとする友梨にカメラが向いたので、俺の出番はこれで終わりになった。照れていたのは嘘ではないようだが俯くのはそういう演技だったようで、話に合わせていつもの調子に戻った。
やがて放送が終わり、お疲れ様でしたという声が飛び交っていた。俺もこっそり言っておいた。
「優希くん、やりますね……」
「えっ?」
「燈ちゃんとあそこまで息ぴったりなの、優希くんくらいですよ。それも燈ちゃんが合わせるというより、優希くんが上手くコントロールする感じで」
「いや!? 燈が上手くやってくれただけですよ!?」
「いやぁ、ほんと助けられちゃったよ? やばっ、ミスった! って思ってたし」
挨拶を終えてから背後にひょっこり現れた燈は、「ごめんね」と言いながら俺の頬に炭酸飲料の缶を押し付けてきた。
「結乃さんの連絡の後からお兄ちゃんのことは映す予定だったらしくて。ごめん、先に断っとけばよかった」
「いや、別に。むしろこんな兄貴のこと好きなのって思われないか心配」
「はー、この兄が好きで何がおかしいんだ言ってみろ」
「いろいろ」
「答えになってないよー!」
そう言って燈は、いつもよりもずっと楽しそうに笑った。
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