28.あなたにとって大切なもの

 燈は夕飯の支度をするからと家に残ってくれた。俺と神戸は二人、並んで隣を歩いている。


「ユキせんせーと二人きりってあんまないなーって思ったけど、よく考えたらそうでもないね」

「そうだな。なんだかんだ朝とか二人だし」

「そだねー。あ、いつもありがとね。ごめんね」

「別に」


 何度も神戸が謝ることじゃないと伝えてはいるのだが、神戸としてはそういうわけにもいかないらしい。こういうところも神戸の魅力だと最近は思うようになってきた。


「あと、やっぱり酷いことばっかり言ってごめんね」

「ん? そんなことあった?」

「んーと、わたしじゃないけど。でも、わたしの友達がユキせんせーの悪口をわたしの前で言ってるんならわたしが言ってるのと変わんないし」

「それは本当に気にしなくていい」


 むしろ、下手に止めようとして今の居場所を失うようなことをしてほしくない。俺にとってはどうでもいい相手でも、神戸にとっては大切な友人だ。住む世界が違うから俺にはその感覚がよくわからないけど、神戸には神戸の居心地の良さがある。その場所を大切にしてほしい。

 俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、神戸はそれ以上学校での話をしようとはしなかった。


「シオリの動画、楽しみにしてる」

「うん、ありがとー。思い出とか言ってもやっぱり見てほしいから、そう言ってくれるとめっちゃ嬉しい!」

「これまでの動画も追ってく」

「ほんと? じゃあ紹介したお店とか二人でいこーよ!」

「それはまあ、気が向いたら。つか、二人限定?」

「あ……ううん、みんなで行こ!」


 よかった。神戸と二人で店に入るとか緊張する気しかしない。神戸以外でも緊張するけど。


「……にしても、ほんと。ユキせんせーはすごいなぁ」

「ん? なにが?」

「バイトして、わたしたちのこと助けてくれて。ユキせんせーにとってはなんでもないはずなのに、ちゃんと最後まで付き合ってくれて。ほんとに、誰のためでも頑張れる……」

「それは、違うかな」


 神戸は俺のことをなんだと思っているのだろうか。まさか誰にでも優しい聖人だとでも思っているのだろうか。これだけ卑屈なことを言っても、神戸にはあまり伝わっていないらしい。


「俺は、自分が大切にしたい人しか助けないし」

「……それって、わたしのことが大切ってこと?」

「まあ、うん。そうだなぁ。神戸も星島さんもいい子だし」


 素直に二人のことは尊敬しているし、それゆえに俺なんかで力になれるのならなってやりたいと思う。そういえば、いつの間にか神戸が嘘をついているのかもしれないなんて考えはなくなっている。


「ユキせんせーの大切なものになれたんだ、そっかぁ」

「そんなに嬉しいことでもないだろ……」

「ううん、嬉しいよ。わたし、誰かに好きって言われたことないし。そういうの言われるとすっごく嬉しい」

「それ、言われてないだけだぞ」


 同性も異性も神戸のことは好きだと思う。人当たりは良いし、なにより俺でも素直にかわいいと思う。


「えっ、えっ、えっ! えーっ、じゃあユキせんせーわたしのことすーき?」

「嫌いではない」

「もー素直じゃないなーもー!」


 これでも素直になっているつもりだが、神戸は俺の背中をぺしぺし叩いてくるばかりで聞く耳を持ってくれない。つか普通に痛いんだけど。


「うん。なら、わたしももっと頑張る。いつか友達にも、わたしがこんなに自信あるのユキせんせーのおかげだぞーって言えるように」

「それは言わなくていいけど。でも、まあ。神戸が頑張れるように俺も頑張るよ」


 努力のための動機なんて些細なものでいい。実際、燈と夏葉がアイドルとして頑張っているのも些細な理由からだ。それで神戸が頑張れるのならそれでいい。ただ、本当に言わせないようにはしよう。


「ありがとね」

「別に。最初は楓さんに頼まれただけだし」

「それでも、ありがと」


 何を言っても聞いてくれない様子だったので、その言葉は受け止めておくことにした。


「よっし! 明日から百倍頑張る!」

「それは頑張りすぎだから、二倍くらいで。それでも頑張りすぎだけど」

「じゃあ二倍頑張る!」


 二倍でも十分頑張りすぎだけど、今の神戸には何を言っても意味なんてないだろうと思ったので何も言わないでおいた。

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