13.この兄にしてこの妹あり
ハイキングの翌日。俺と燈、そして夏葉は三人で出かけていた。七日にして星島さんも誘うという話も出ていたが、七日は夏葉の仕事が入ってしまったらしいので今日のところはいつもの三人で、ということになった。
燈は完全に気が抜けていて、俺と夏葉の呼び方も普段のそれだった。
「でも、優希はずるいね」
「なにが」
「両手にアイドル」
「いいだろ?」
夏葉はそう言いながら小さく笑っていた。俺もこの状況はずるいと思う。
ただ、精神的にはやっぱり疲れる。燈は「わたしはファン公認のブラコンなので最悪バレてもセーフ」とか言っていたが、週刊誌とかが相手になると俺が兄だと証明するのも面倒だろうし、仮に燈がいないときの俺と夏葉を切り抜かれでもしたら大変なことになる。
「お兄ちゃんが手を繋いでくれないから手持ち無沙汰だよわたしは」
「お前のお兄ちゃんは今めちゃくちゃ神経質だよ」
「ちぇー、オフなのにさぁ、お兄ちゃんが優しくねぇー」
「わがまま言うと優希に嫌われるよ」
嫌わないけど、今はやめてくれると嬉しい。それでも燈は手を繋ぎたいらしく、夏葉と手を繋いでいた。こうやって見てると少し寂しくなる。
行き先は俺も夏葉も聞いていない。燈に連れられるままに歩いているだけだ。行き先は燈が教えたくなったら教えるだろうと、俺も夏葉も聞こうとはしなかった。
「じゃん。ここです」
「ここは……ゲーセンだな」
「ゲーセンだよ!」
「ああ。そういえばアーケードのダンスゲームにスパタマの曲が挿入されたから行きたいって言ってた」
「えぇ……ダンス? するの? お前らが?」
「このままでもわたしは踊るぞ」
目深く帽子を被ったまま画面を見るのか。違うなこれ見ないでやるつもりだ。そうか、そういうこともできるんだ。
いろいろと問題があるような気がしないでもないが、燈があまりにも楽しそうにしているから、俺と夏葉は何も言わないことにしておいた。
「あ、二人はなんかしたいゲームとかある? あるなら一緒にしようね」
「特にないなぁ」
「わたしも。優希に教えてもらったソシャゲして待ってる」
「せっかく外に出たのにソシャゲっ! じゃあお兄ちゃん一緒にやろうぜぃ」
「俺運動できない」
「やろうぜっ!」
「えぇ……」
「人目が気になるなら無理にとは言わないけど、付き合ってあげたら?」
「まあ、いいけど」
どうせなら夏葉がやった方がいいだろ、という念を込めて視線を送ると「あ、限定当たった」と返された。俺まだ引けてないんだけど。つかそもそも最近いろいろあってやってすらないんだけど。
休日だがゲームセンターはそれほど人がいなかった。それを見た燈は、とりあえず帽子とメガネを外した。
「待て待て」
「バレないバレない。大丈夫だよ。今人いないし」
「時々燈が心配になる」
「それはわたしも」
「夏葉姉にだけは言われたくないけど?」
危機管理のなさは二人とも似たようなものだ。見てて怖くなるのでその辺りはしっかりしてほしい。
ダンスゲームの筐体の前に立った俺と燈は、それぞれの筐体にコインを入れて操作する。俺も燈もやったことのないゲームなので慣れない操作になってしまった。
「負けない」
「勝てる気がしない」
「燈がミスるに一票」
「あれっ!? 夏葉姉はお兄ちゃん側!?」
「いつも燈の味方をしてあげるわけじゃないよ。というわけで、優希。がんばれ」
「圧かけられただけだった……」
負けたら許さない、という視線を感じる。それでもやっぱり勝てる気はしない。
元から適当にやるつもりはなかったものの、夏葉に言われてしまったら精一杯やらざるを得ない。俺の妹の曲だ、振り付けは頭に入っている。人目もないから気兼ねなくやれそうだ。
「……あれっ!?」
「ふふっ……」
曲が始まると同時に、燈が声をあげた。それと同時に、夏葉はそうなることがわかっていたかのように笑った。俺も踊り始めてしばらくして、燈が声をあげた理由がわかった。
「逆だぁ!?」
「今更気づいても遅いよ」
「なっ……夏葉姉わかってて!」
「こっちなら俺も踊れる」
「シスコンめ……いや、わたしも夏葉姉のパート何回も見てきたからいける」
シスコンを否定しないでおくと、なにか反応して欲しかったらしい燈が不服そうな顔をしていた。お前もブラコンだよね。
「優希、ちょっと黙ってて。動画撮る」
「ん? 了解」
「撮るよ」
「わたしこっちじゃないんだけどぉ……てかお兄ちゃん踊れすぎじゃない? そんなにわたしのことすーきー?」
ちょうど夏葉がメインのパートに入ると、燈は一人で喋り始めた。なるほど、SNS用か。しばらく撮影した後、「もういいよ」と言ってスマホをしまった。
曲が終わり、スコアが画面に表示された。俺はノーミス、対して燈はミスが一つあった。夏葉は声を殺して笑っていた。
「くっそぉ……」
「さすが優希。シスコン」
「褒め言葉ってことにしとく。ところで、友梨の動画でお兄ちゃんとか言ってたけど、大丈夫なのか?」
「あー……うちの事務所って歌手メインで、アイドルわたしたちしかいないんだ。それもあって、わたしたちってアイドルなのか歌手なのか微妙な売り方してるんだよね。ほら、他のアイドルに比べて歌についてよく触れられるし」
「ああ……二人が歌上手いからかと思ってた」
身内の欲目を抜きにしても、燈と夏葉は歌が上手だし、かわいい。そのうえダンスもできるようになったし、二人とも元から話すのが好きだからトークも問題ない。アイドル専門の事務所じゃないのなら、事務所側が売り方を迷うのもなんとなくわかる気がしてしまった。
「で、優希の話の本質なのだけど。つまりは男と出歩いているのが心配ということなのだけど。わたしたちのファンの男女比は実は五分五分なの。最近は演者として活動することも増えたから、女性の方もかなり増えてきてる」
「あとは、わたしのお兄ちゃん大好きネタは結構ウケが良くてさ」
「お兄ちゃん大好きネタ……」
一度、ラジオで『クリスマスはお兄ちゃんと過ごすよ』と友梨が言ってしまったことがあり、それ以来友梨のブラコンネタが若干定着しつつあった。そういう話をする度にアイドルらしい話ではなくなっていたが、元々燈たちはアイドルらしい活動をしていたわけではないらしい。
「まあ、お兄ちゃん大好きなのはガチなのだけどさ。アイドルとしてキャラ作りするより、わりと素のわたしのままで話した方が人気出ちゃって。最近は『スパタマってアイドルなの?』ってのもよく見るし。事務所側もかわいさとかよりちょっと歌と演技とかにシフトしていってるし」
「とりあえず、俺の話をするのはセーフなわけだ」
「うん。一応動画はマネージャーに確認してもらうけどね」
早速夏葉はマネージャーに確認を取っていたらしく、撮った動画のトリミングをしていた。俺の位置からは聞こえなかったが、夏葉もなにか声を入れていたらしい。
「あ、待ってお兄ちゃんまだリザルト画面だからピースして! 手だけ前出して。こっち、こう! こっちもこっちも!」
燈に言われた通りにピースを作って手を前に出すと、その隣に自分の手を並べて写真を撮った。
「これくらいなら大丈夫?」
「いいよ」
「やったっ! 結乃さんに確認する!」
すぐにLINKを開いた燈は、自分のマネージャーに対してのメッセージを高速で打った。
「ところで二人とももう一プレイできるけど、どうするつもり?」
「俺はもういいかな」
「えー? じゃあ夏葉姉」
「そうなると思った。わたしも友梨のパート踊ってみる」
なぜ自分のパートを踊らないのか、と思っていると夏葉がスマホの画面を見せてきた。『せっかくなら夏葉も友梨さんパートをやってみては?』とメッセージが送られていた。
「撮影だけ任せてもいい?」
「それくらいなら」
「よっし許可もらったから後でお兄ちゃんとデートって投稿しとこ」
「よく燃えそうな言い方すんな」
その後投稿した友梨の踊る夏葉パートと夏葉の踊る友梨パートはどちらも半日で二万いいねがついた。友梨の『なんかお兄ちゃんに負けた』という投稿はただリザルト画面に友梨とその兄のピースが映っているだけなのに五万いいねを軽く超えた。『ノーミスなのお兄さんの愛を感じる』だの『仲良さそう。シスコンかな?』だの言われていたが、燈が楽しそうなので放っておくことにした。
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