11.悩みの種は置き去りにして

「ハイキングだー!」

「だー……」

「どうして……」


 テンション高めの神戸に対して、俺と星島さんはため息をついてしまった。事前に知らされていたのは動きやすい服装で、ということだけ。明らかにインドアの俺と星島さんと一緒に山登り。というか、女の子的に山登りでいいの?

 それに加えて、俺はここ数日配信者のシオリのことばかり考えてしまっているので、神戸とちゃんと会話できているのか少し不安になる。


「……ごめん、やっぱり嫌だった?」

「いや、ごめん。神戸が言い出したんだし行きたいところも神戸が決めてくれって言ったのは俺だよ」

「でも、ユキせんせーと星島さんが行きたいところとかちゃんと考えるべきだったなって」

「知り合って一ヶ月もしてないんだからそんなもんわかるわけないし、ほんとに気にしないで。むしろ俺の方こそ、ちょっと嫌な感じだった。悪い」

「えっ、えっ? ユキせんせーとは一ヶ月じゃなくない? 中学のとき含めて三年ちょいだよね?」

「えっ」


 意外にも中学が同じなことは覚えていたらしい。「そんときからずっと頭よかったよねー」と笑う神戸に、俺は少し驚いてしまった。

 それでも関わり始めたのは高二になってからなのは変わりないので、お互いのことをそんなに知らないのは当然だ。


「ちなみになんだけど、二人はどこが好き?」

「家」

「家ですね」

「家、かぁ……それは、うん。行けないね!」

「燈がいるときだったら来てもいいけど」

「えっ」

「えっ、えっ、えっ? いいの!?」


 神戸だけでなく、星島さんにも驚いた顔をされた。うちにはなにも特別なものはないから、遊びに来ても何もないのだが。紅葉と遊んでもらおう。


「行きたい!」

「わ、わたしもちょっと行ってみたいです……!」

「燈の部屋とかは本人に聞かないと駄目だけどほんとに来たいの?」


 まあ、二人が来たいと言うなら別に来てもらっても構わない。主に紅葉と遊んでもらうことになると思うけど。

 少し会話が明るくなったので、そのまま歩き始めることにした。星島さんも神戸と出かけるのは嫌ではないようで、次第に表情が柔らかくなっていった。


「あ、そうだ! 上まで行ったら写真撮ろ!」

「写真、ですか」

「あー……」


 シオリだけでなく、ナナホシの投稿ももちろん確認してきた。写真だけでなく、普段の投稿も。それを見た感じだと、好きなものを撮るときは自分が撮りたいという気持ちがあるらしい。

 もし星島さんが俺と神戸をその『好きなもの』の枠組みに入れてくれるのだとしたら、その写真は星島さんが撮りたいのではないだろうか。


「星島さんに撮ってもらってもいい?」

「先輩……!」

「えっ? あ、そっか! 星島さん写真撮るの上手なんだよね!」

「あ、えっと。素敵と思ってもらえるかはわかりませんけど。思い出で残す写真は自分で撮りたいです」

「思い出にしてくれるんだぁ……! うん、うん! 星島さんが撮って!」


 神戸は嬉しそうに笑った。相性が合うかどうか不安だったが、こうして楽しく話をしているくらいには仲良くなれているらしい


「あ、でもSNSにアップするのはなしでお願いします」

「うっ、あ、そっかぁ……」

「えっと、代わりと言ってはなんですが。わたしのカメラで神戸先輩を撮っても良いですか? 先輩のインフタにあげるようの」

「えっ、いいのっ!?」

「はいっ!」


 SNSの中でも写真なんかの共有が強く陽キャの巣窟のあるイメージのあるインフタだが、神戸はもちろんやっているようだ。今日はよく喋る神戸だが、星島さんも仲良くなろうとしてくれているのが伝わってくる。


「えっ、えっじゃあさ! わたしの友達ってことで星島さんのアカウント紹介していい?」

「えっと、はい。それくらいなら。友達……?」

「後輩ってしちゃうとわたしより年下だってバレちゃうし。友達友達!」

「そういうことでしたら、友達、ですっ!」


 少しだけ神戸のインフタが気になったので、検索をかけてみる。俺のアカウントは全く機能していないが、一年ほど前に友梨の更新を見ようとして作ったままにしてあった。

 名前で検索をかけても出てこない。代わりに『シオリ』と検索すると、すぐにアカウントが見つかった。


「ん……?」

「どしたの?」

「いや、神戸のアカウントで紹介したらシオリが神戸って……あ」

「あー……知ってたんだ」

「ちがっ、昨日たまたま夏葉に聞いただけで!」


 ちゃんと話すつもりだったけど、咄嗟に誤魔化してしまった。神戸はなんとも言えない顔をして、星島さんは首を傾げていた。


「いやいや、いいんだよっ! ただ、どうしても隠すみたいになっちゃったのが申し訳なくて! 本音言うと、ちゃんとユキせんせーには自分の口から言いたかったってゆーか」

「なおさらごめん。そういうのは全然気にしないから」

「あーん! ほんとに優しい! そゆとこ好き!」

「あ、あの! わたしは前から知ってて……その、知ってることを黙っていてすみませんでした!」

「えっ、えっ、えっ! 大丈夫だよっ!?」


 これ以上は謝り合いになってしまうので、三人とも謝るのはやめにした。代わりに俺が「よかったらシオリのこと教えてくれないか」と尋ねると、嬉しそうに口を開いてくれた。


「歩きながらにしよ。ちょっと恥ずかしいや」

「ち、ちょっと恥ずかしいですけどわたしの活動も先輩にちょっと聞いてほしいです」

「あ、それ聞きたい! えっ、えーっ! じゃあじゃあ、ユキせんせーのことも教えてよ!」

「俺は話せることなんもない」

「わたしも先輩のお話聞きたいです……!」

「二人みたいな話は出てこないぞほんとに」


 俺の話よりも燈や夏葉の話をした方がきっと楽しい。でも、今この二人が聞きたいのは『友梨の兄でも、夏葉の幼馴染みでもない俺の話』なように聞こえた。俺には何も特別な話なんかないが、二人が話してくれるなら、そして聞きたいと言ってくれるなら少し考えてみよう。

 思い出すように神戸は口を開いた。


「シオリは、高校入試のときにつらくてほんとに愚痴聞いてほしかっただけなんだよね。それが思ったよりみんな応援してくれてさ。女の子はコスメとか喋るだけの配信も来てくれて。男の人も『彼女へのプレゼント迷ってます』とか質問に来てくれて。もうそれが嬉しくって」

「素敵ですっ!」

「すごいと思う」

「ほ、ほんとに……? でもわたし、ユキせんせーと違ってちゃんと勉強して受かったわけじゃないし、ほんとに試験前に入れただけだから今すっごくバカだし」


 正直なところ、神戸はそれほど頭が良くないのはこの数日でわかった。やり方を考えるのが苦手なのだ。だから、一度理解すれば同じような問題は解くことができるが、そこから少しひねると解けない。

 そんな神戸が、少なくとも最初は一人でがんばろうとしたのだろう。それでも一人じゃ難しくて、自分で居場所を作った。それがシオリだと言うのなら、それは心からすごいことだと思える。


「ずっと燈ちゃんを守ってきたユキせんせーには、逃げてるって思われると思ったんだけど」

「逃げてる?」

「そう思ってただけ! 聞いてくれてありがとっ!」


 むしろ、神戸のやったことは俺が逃げたことだ。自分が居心地のよい場所を自分から作りにいくなんて、俺にはできそうもない。


「わたしは終わり! 次は星島さんかな?」

「あ、はいっ! と言っても、それほど明るい話ではありませんが」

「つらいなら話さなくても大丈夫だよ」

「大丈夫です。話します」


 星島さんは「わたしが話したいので」と笑った。俺と神戸は歩く速度を少し遅めて、星島さんの話を聞くことにした。

 いくつかのシールとキーホルダーが付いているカメラを大切そうに抱えて、星島さんは話を始めた。


「明石先輩は知ってるかもしれませんが、わたしは一年程前に両親を亡くしました。立ち直れたかと言われたら、今もまだ微妙です」


 両親を亡くしていることは楓さんから聞いていた。ずっと明るく話しているからもう平気なものかと勝手に思っていたが、やっぱりまだ無理をしているらしい。

 そんな話でも、星島さんはなんとか笑顔のまま話を続けた。


「わたしはずっと写真が好きで。だから、両親がいなくなっても写真は撮り続けました。でも、それが周囲からは気味悪く見えたようで。わたしに嫌な言葉をかけてきた人は、そのうち写真まで馬鹿にするようになって」

「なにそれひっど! わたしそういうの嫌だなぁ……」

「ありがとうございます。神戸先輩にそう言ってもらえただけでも嬉しいです」


 その人のことが嫌いなら嫌いでいい。ただ、その人の関わるものを否定していい理由にはならないと思う。そう思っても、おそらく俺も同じことをしてしまっているので何も言えなかった。


「それでも誰かに必要とされたかったんです。褒めてほしかったんです。だからわたしは、ナナホシは、大好きなものを共有することにしたんです。いろんな人が褒めてくれて、友梨ちゃんがわたしを見つけてくれて。今はとても楽しいです」

「なんか、似てるね。わたしたち」

「ちょっと思ってました」


 二人とも、自分で居場所を作ったというところは同じだ。神戸は居心地の良い場所を、星島さんは自分が必要とされる場所を。形は違えど、二人のしたことは俺の目にはすごいことに見えた。


「ユキせんせーの話、聞かせてくれる?」

「大した話はないけど、それでもよければ」

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